炎の夜
日はすでに西へ傾き、荒野は赤く染まっていた。風は弱く、湿り気も残っている。火を入れるには、これ以上ない条件だった。
俺たちは、あらかじめ掘っておいた浅い溝の内側に、枯れ草と木片を並べていく。
「……本当に、火を入れるのですね」
リリアンヌの声は静かだが、わずかに硬い。
「はい。
ここから先は、戻れません」
彼女は小さく頷き、それ以上は何も言わなかった。
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レオンは、少し離れた場所で荒野を見つめていた。まるで、何かの気配を確かめるように。
「……風、こっちには来ない」
「分かるのか?」
「……うん。
火、逃げない」
俺は深く息を吸った。
「よし。
始めるぞ」
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松明の先に、火を移す。
ぱち、と乾いた音がして、小さな炎が生まれた。
「……!」
リリアンヌが、思わず一歩だけ後ずさる。
俺は、決めた線の内側へ、ゆっくりと火を落とした。
じゅ、という鈍い音とともに、枯れ草が赤く染まる。炎は一気に広がらず、地を這うようにゆっくりと進んだ。
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最初は、静かな火だった。
だが、少しずつ、熱が増していく。雑草が、古い根が、乾いた表土が、音を立てて崩れていく。
ぱち、ぱち、と小さな爆ぜる音が重なり、やがて荒野は赤い帯に包まれた。
「……すごい……」
リリアンヌは、息を詰めたまま、炎から目を離せずにいる。
レオンは、その光景をまっすぐに見つめていた。
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突然、風向きがわずかに変わった。
炎が、一瞬だけ勢いを増す。
「……来る!」
俺は叫び、用意していた湿った土を、溝の外側へ一気に投げた。
レオンもすぐに動き、桶の水を火の縁へ叩きつける。
じゅうう、と白い蒸気が立ち上り、火は再び地を這う速さへと戻った。
リリアンヌは、両手で口元を押さえたまま、必死に状況を追っている。
「……止まった……?」
「はい。
この線の内側だけです」
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やがて、燃えるものはすべて燃え尽きた。
赤かった荒野は、ゆっくりと色を失い、やがて黒い大地だけが残る。
熱を帯びた空気が、夜の冷たさに押されて揺れた。
「……全部、なくなった……」
リリアンヌが、呟くように言った。
「ええ。
でも――“なくなった”から、始められます」
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レオンが、そっと黒い地面に近づいた。まだ温かい灰を、指先ですくい上げる。
「……匂い、変わった」
「どう変わった?」
「……あったかい。
昨日より、ずっと」
俺は、その言葉を聞いて、小さく息を吐いた。
「……成功です」
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夜空には、星がひとつ、またひとつと浮かび始めていた。
黒い大地は、何も育っていない。だが、その表面には、確かに“終わり”の匂いと、“始まり”の気配が同時に漂っている。
俺は、荒野の中央に立ち、静かに言った。
「……これで、やっと“スタートライン”です」
リリアンヌは、燃え尽きた土地を見つめながら、小さく頷いた。
「……壊したのに、不思議と……怖くないです」
レオンは、黒い土を見下ろしたまま、ぽつりと呟いた。
「……土、起きた」




