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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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腐った畑と最初の一歩

コガネ村で一夜を明かした俺は、朝から強烈な現実に叩き起こされた。


「……めちゃくちゃ寒い」


 毛布の代わりに渡されたのは、藁を縫い合わせただけの敷物。

 寝返りを打つたび、背中に小石の感触がゴリゴリ当たる。


(くっ……研究室の仮眠室が恋しい……)


 外に出ると、すでに村人たちが畑に出ていた。

 痩せた背中。重そうな鍬。

 正直、農業というより“苦行”に近い光景だった。


 昨日見た畑がどうしても気になり、俺は一人で村の畑へ向かった。


「……やっぱり、ひどいな」


 葉は縮れ、色は黄と黒が混じっている。

 根元を軽く掘ると、湿りすぎた土が嫌な音を立てて崩れた。


(連作障害+根腐れ+病原菌の温床コンボか……)


 村長が後ろから声をかけてきた。


「どうだ。やはり無理そうか?」


「正直に言います。今のままじゃ、何を植えてもまた枯れます」


 村長の顔が、さらに曇った。


「……そうか」


 その背中があまりに小さく見えて、俺は思わず続けていた。


「でも、土は死んでません。“瀕死”なだけです」


「……なんじゃと?」


「餌をやれば、ちゃんと生き返ります。今のこの土は、腹ペコなだけです」


 村長は完全に意味が分からない、という顔をしていた。


 そこへ、村人の一人が口を挟んだ。


「若いの! 昨日から何をブツブツ言っとる!

 肥料ならもう何度も撒いとるわ!」


「それ、たぶん“肥料”じゃなくて“塩分”とか“灰”ですよね?」


 村人がギクリとした。


「……なんで分かる」


「土が固まってる。微生物がほぼ死んでます。

 これ、土が栄養過多で逆に壊れてる状態です」


 その場の全員が、完全に沈黙した。


(あ、これ……完全に異世界語だ)


 俺は頭を掻いた。


「簡単に言うとですね。

 この土、栄養の“形”が悪すぎて、作物が食べられない状態なんです」


「……食べられない?」


「だから、“食べやすい餌”を作ってやる必要があります」


 村人の一人が、半信半疑で聞いた。


「それが……昨日言ってた“たいひ”か?」


「はい。堆肥です」


 俺は近くに落ちていた枯れ草を拾い上げた。


「枯れ草、家畜の糞、生ゴミ。これを混ぜて、積んで、寝かせる。

 それだけで、土のごはんになります」


「……ただのゴミの山じゃないか」


「はい。最高のゴミの山です」


 誰かが吹き出し、笑いが連鎖した。


「こいつ、正気か?」


「でもよ、今さら何をしたって一緒だ」


「試すだけ試してみるか」


 こうして、人生初の異世界堆肥作りが始まった。


 村の外れに、即席の堆肥場を作る。

 枯れ草、藁、家畜の糞、生ゴミ。

 積み上げるたび、とんでもない臭いが立ちこめる。


「くっさ!!!」


「うわあああ!!」


「若いの! これは本当に大丈夫なのか!?」


「微生物が喜んでる証拠です!」


「分からん!!!」


 俺も正直、涙目だった。


(研究室なら換気完璧なのに……)


 汗と臭いにまみれながら、俺は必死で説明を続ける。


「これが発酵して、熱を持って、分解されて、

 それで初めて、土が“生き返る”んです!」


「……土が生き返る、か」


 村長が、堆肥の山をじっと見つめた。


「分かった。やってみよう。

 この村は、もう失うものがない」


 その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなった。


 夕方、俺は完全に灰になっていた。


「……腰が……」


 そのとき、村の子供が俺に近づいてきた。


「ねえお兄ちゃん。これで畑、元気になるの?」


「すぐには無理。でも、ちゃんと世話すれば、絶対に応えてくれる」


「ふーん……土って、生きてるんだね」


 その一言が、やけに胸に残った。


 夜、俺は藁の上で天井を見つめながら、小さく呟いた。


「チートはない。魔法もない。

 でも……土はある」


 臭いは最悪。

 腰は痛い。

 前途は絶望的。


 それでも――


(悪くないな、異世界農業)


 俺は、少しだけ笑って、目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
堆肥の匂いって臭いけど、同時にどこか安心させてくれるよね。なんか、『ここから命が始まる』みたいな感慨深さがあるというやらなんというか……
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