この土は、俺のものだ
市場から戻った翌日、俺はリリアンヌに呼ばれて領主の執務棟へ向かった。酪農の件が落ち着いたとはいえ、良い予感はまったくしない。
扉を開けると、ヴァルガスが机に肘をつき、こちらを見下ろしていた。
「……例の牛ども、立ったそうだな」
「はい。生き残った分は、順調に回復しています」
短い沈黙のあと、彼は一枚の羊皮紙をこちらに滑らせた。
「褒美だ。受け取れ」
羊皮紙には、領都の外れにある荒地の地図と領主印が押されていた。
「……土地、ですか?」
「石と雑草しかないが……“管理”を任せる。好きに使え」
言葉とは裏腹に、実質的には俺個人に与えられた土地だ。
「……どうして俺に?」
「成果を出す者には次を任せる。それだけだ」
リリアンヌが小さく驚いたように言う。
「兄上、本気なのですね……」
「気が変わらんうちに行け。耕せるものなら耕してみせろ」
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昼過ぎ、俺たちはその土地に立っていた。見渡す限りの石混じりの地面。乾いた風が吹けば砂埃が舞う。
「……すごい場所ですね」
「ええ。期待どおり、最悪です」
俺はしゃがみこみ、土を一握りすくった。指の間からさらさらと落ちる乾いた土。
(栄養は薄い。水も遠い。でも——背負っているものが何もない“まっさらな土”だ)
リリアンヌが心配そうに聞く。
「……ここ、本当に畑になるのですか?」
「なります。“他人の畑”じゃない。ここは……俺の畑です」
その言葉を口にしたとき、胸の奥がわずかに震えた。
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夕方、鍬を入れてみる。がつん、と鈍い音が返る。
「……固い」
「兄上の土地でも容赦はありませんね」
「土地の扱いはいつも気まぐれですよ。根気よくいきます」
もう一度鍬を振ると、少しだけ土が割れ、石が顔を出した。
(いいな。借り物じゃない土地は、どれだけ苦労しても自分の責任だ)
「……なんだか楽しそうですね」
「ええ。“逃げ場がない環境”って、案外悪くないです」
リリアンヌはふっと笑った。
「農業家らしい感想です」
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日が沈むころには、まだ荒れ果てているものの、わずかに切れ目の入った地面が広がっていた。人の手が入った証が、そこにはあった。
(ここからだ。焼いて、耕して、水を引いて、種を撒く)
俺は深く息を吐き、この土地を見渡した。
「……よし。この土地で、次の勝負を始める」
リリアンヌが静かに頷いた——そのときだった。
「……あの!」
不意に背後から少年の声が響いた。
振り返ると、薄汚れた外套の小柄な少年が、緊張した顔で立っていた。痩せてはいるが、目に宿る光は強い。
「……ここ、畑にするんだよね?」
「ええ。これから耕していく場所です」
少年は拳を握りしめ、一歩踏み出した。
「……だったら、俺も一緒に“作らせて”ほしい。畑を……作りたい。働くから」
その声音には、生きるための必死さが混じっていた。
俺はしゃがみ、目線を合わせる。
「理由を聞いてもいいか?」
「……畑、全部ダメになった。でも、土だけはまだ“生きてる匂い”がした。俺、分かるんだ。だから……ここで畑を作りたい」
(……土の匂いを“生きてる”と感じる子か)
才能か直感かはまだ分からないが、確かに何かを持っている。
「名前は?」
「……レオン」
短い答え。だがその名には、揺るぎない芯があった。
「……よし。レオン。一緒に畑を作ろう」
レオンの目が大きく開き、そしてゆっくりと光を宿した。
こうして、まだ何も芽吹いていない荒野は——
思いがけない“最初の仲間”を迎えることになった。




