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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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胃の中の真実

切り開かれた腹部から立ち上る匂いは、

 血の生臭さとは少し違っていた。


 甘ったるく、

 鼻の奥にまとわりつくような――

 腐敗と毒が混じった匂い。


 俺は、無言で胃の中身を布の上に取り分けた。


 黒ずんだ草。

 どろりと溶けた繊維。

 異様な粘り。


(……普通の反芻胃の内容じゃない)


 リリアンヌが、喉を押さえながら問いかける。


「……これが、牛の中に……?」


「はい。

 本来なら、もっと乾いていて、

 もっと草の形が残っています」


 俺は、指先で少量をつまみ、光にかざした。


「でもこれは、

 分解される前に、腐ってる」


 管理責任者が、震える声で言う。


「腐る……?

 草は、乾かして保存していたはずだ……!」


「“乾いたつもり”になっていただけです」


 俺は、静かに言った。


「乾いたのは、外側だけ。

 中は――湿ったままだった」


 周囲の何人かが、はっと顔を上げた。


「……そんな、馬鹿な」


「干したぞ!

 確かに、天日に並べて……!」


「ええ。

 でも、“天気”は管理していません」


 俺は、牛舎の奥に積まれた飼料の山を指差した。


「昼は晴れて、

 夜は霧が出る。

 この土地の気候じゃ、

 表面だけ乾いて、中は確実に蒸れます」


 そして、言い切った。


「この中で、

 毒を出すカビが育った」


 ざわり、と空気が揺れた。


「……毒……?」


「草が、毒に……?」


 俺は、さらに腸の一部を取り出す。


 ただれ、

 ところどころが黒く変色し、

 内側から溶けている。


「胃で作られた毒が、

 腸を焼き、

 血に入り、

 全身を巡った」


 俺は、顔を上げた。


「だから――

 倒れるのが、急すぎたんです」


 ヴァルガスが、低い声で言った。


「……ならば、

 なぜ、昨日まで無事だった?」


 俺は、水桶の方へ視線を向けた。


「“引き金”は、

 おそらく、水です」


 歩いて、水桶の表面を指でなぞる。

 薄く、油のような膜が揺れた。


「この水、

 上流で、何か混ざっていますね」


「……魔導区画がある」


 誰かが、ぽつりと呟いた。


「魔石の洗浄水を、

 川に流している……」


 俺は、小さく息を吐いた。


「毒のある飼料。

 そこに、汚れた水」


 一つ、指を立てる。


「どちらか片方なら、

 牛は耐えます」


 二つ、指を立てる。


「でも、

 両方が重なったら――耐えられない」


 牛舎は、しんと静まり返った。


 誰かが、震える声で言った。


「……じゃあ、

 俺たちが……」


 俺は、首を横に振る。


「故意じゃない。

 だから、罪じゃない」


 ただし――


「無知は、命を殺します」


 その言葉に、

 何人もの大人が、俯いた。


 リリアンヌが、静かに言う。


「……では、

 助かる牛と、助からない牛が、

 いるのですね」


 俺は、はっきりと頷いた。


「毒の回り方が浅い個体は、

 腸を休ませれば戻ります」


 そして、続けた。


「でも、

 内臓まで焼けきった牛は――

 ……助かりません」


 牛舎の奥で、誰かが嗚咽を漏らした。


 俺は、歯を食いしばって言う。


「だから、

 ここからは――選別です」


 冷たい言葉だと、自分でも分かっている。


「今日、この場で――

 生かす牛と、

 見送る牛を、分けます」


 リリアンヌの手が、わずかに震えた。


「……それが、

 畜産、なのですね」


 俺は、頷いた。


「はい」


 そして、小さく言った。


「……命を、数える仕事です」


 その瞬間、

 牛舎の扉の向こうから、

 弱々しい――だが確かに“生きている”鳴き声が聞こえた。


「……まだ、生きてるのも、いる」


 誰かが言う。


 俺は、前を向いた。


「――間に合います」


 ここからが、本当の勝負だ。


 腐った飼料を、すべて捨てる。

 水源を、今すぐ遮断する。

 腸を休ませる“回復用の餌”を作る。


(……三日で、

 どこまで戻せるか)


 俺は、静かに拳を握った。


 次は――

 “環境そのもの”を、治す番だ。


胃の中の真実

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剣と魔法の世界でも、公害はあるんだね……
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