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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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土は生きている

試験農園は、城の裏手にあった。


 整えられた石畳の先に、いかにも“貴族の見せ物”といった畑が広がっている。

 だが、近づいた瞬間に分かった。


(……見た目だけだ。中身が、完全に死んでる)


 葉は青いが、張りがない。

 ところどころに斑点。

 茎は細く、根が弱い。


 俺は屈み込み、土を一握りすくって鼻に近づけた。


「……塩だな」


「塩、ですか?」


 リリアンヌが、少し首をかしげる。


「ええ。水と一緒に、少しずつ溜まっていく。

 人間で言えば、血管が詰まるみたいなものです」


 離れた場所から、貴族たちの嘲笑が聞こえる。


「土の匂いを嗅いで、何が分かるというのだ」


「魔法で癒せば済む話だろうに」


 だが、俺は聞こえないふりをして続けた。


「それと、菌。

 水のやりすぎで、根が呼吸できていません」


 その言葉に、ヴァルガスが一歩前に出た。


「で?

 それを“三日で”どうにかすると言ったな」


 俺は立ち上がり、静かに答えた。


「まず、“治す”のをやめます」


「……は?」


「“整え直す”んです。

 土を、生き返らせる」


 貴族たちがざわつく。


 俺はまず、畑の一角を指差した。


「ここ、半分だけ借ります。

 残りは、好きに魔法で癒してください」


 ヴァルガスは、鼻で笑った。


「いいだろう。

 見せ物としては、ちょうどいい」


 その瞬間、俺は心の中で小さく呟いた。


(よし、実験には最高の条件だ)



---


 一日目。


 俺がやったことは、驚くほど地味だった。


 まず、水を止める。

 徹底的に止める。


「え、水やりしないんですか!?」


 農園の管理人が、血相を変える。


「はい。今は“溺れてる”状態なので」


 次に、石灰を薄く撒く。


 土の表面が、ほんのり白くなる程度。


「塩を中和して、菌の動きを抑えます」


「白い粉を撒いただけで、何が変わるというのだ」


 ヴァルガスの声には、隠しもしない嘲りが混じっていた。


 そして最後に――

 踏み固められすぎた土を、浅く崩す。


「根が息できる“隙間”を作ります」


 それだけ。


 魔法も使わない。

 派手なこともしない。


 ただの、下地作り。


 その日の終わり、貴族たちは一斉に笑った。


「何も起きなかったな」


「卑しい土いじりとは、こんなものか」


 ヴァルガスも、満足そうに頷いた。


「明日、何も変わらなければ――

 お前の負けだ」



---


 二日目の朝。


 俺は、農園に入った瞬間、確信した。


(……来た)


 土の匂いが、変わっていた。

 昨日までの、詰まったような重たい匂いじゃない。

 ほんのわずかに、“生きた土”の匂いが混じっている。


 葉を指で弾く。


 昨日より、わずかに反発がある。


「……あ?」


 管理人が、目を見開いた。


「葉が……少し、持ち上がってる……?」


 そこへ、ヴァルガスたちが現れた。


「くだらん。

 その程度で回復したとは言わせんぞ」


「ええ。まだです」


 俺は即答した。


「回復の“準備”が始まっただけです」


 その日、俺は“昨日と同じ作業”を繰り返した。

 水は与えない。

 追い石灰。

 軽い耕し。


 相変わらず、地味だ。


「結局、何がしたいのかさっぱり分からんな」


 誰かが言った。


 だが、三日目の朝。


 空気が、変わった。


 はっきりと――

 葉の色が、違う。


 くすんだ青緑から、

 光を弾くような深い緑へ。


「……おい」


「……なんだ、これは」


 貴族たちのざわめきが、徐々に静まり返っていく。


 俺は、ヴァルガスの前に立った。


「ここから先は、“結果”が見えます」


 そして、宣言した。


「この半分は、助かります。

 あなた方が魔法で癒した残り半分は――

 正直、持ちません」


 ヴァルガスが、顔を歪める。


「……言い切ったな」


 夕方。


 現実が、はっきりと分かれた。


 俺の管理した区画――

 葉は立ち、茎は太くなり、病斑の広がりが止まっている。


 一方、魔法だけで癒された区画――

 見た目は一時的に回復したが、根腐れが進み、

 再び萎れ始めていた。


「……なぜだ」


 ヴァルガスが、低く呟いた。


 俺は、ゆっくりと言葉を選んだ。


「魔法は、症状を消します。

 でも――原因は、消さない」


 土を一つ、手に取る。


「いいですか。

 土はただの地面じゃありません」


 そして、はっきりと言った。


「これは、生きているんです」


 誰も、笑わなかった。


 リリアンヌだけが、静かに息を呑んでいた。


 この日、初めて――

 “卑しい土いじり”は、

 “否定できない現実”になった。



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― 新着の感想 ―
対処療法じゃどうにもならないしね……
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