表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

守ってあげたい

掲載日:2025/11/30




夜の電話が切れる音が、妙に胸に残った。


「ごめん、今ちょっと……」

瑠璃の声はいつもより少し震えていた。


何かを隠しているような、誰かに怯えているような——そんな感じ。


翌日、湊は心配になって瑠璃の部屋へ向かった。

ドアの前で足が止まった。内側から、彼女の声ではない“誰か”の低い囁きが聞こえた気がしたからだ。


「……あの人には、まだ……」

瑠璃の声。

そのあと、返事のようなもの。


湊は鼓動が早くなるのを感じながらノブを回した。

扉の向こうにいたのは、驚いた顔の瑠璃ひとり。


「誰か来てた?」

「え? 誰もいないよ……ほんとにどうしたの?」


焦りでも誤魔化しでもなく、純粋に心配そうな顔だった。

その“普通さ”が逆に胸をざわつかせた。


——俺がおかしいのか?

いや、聞いたんだ。確かに声を。


湊の不安が消えないまま、数日が過ぎた。


気持ちを切り替えようと、彼女の同僚に何気なく話を振ったときだ。


「最近、瑠璃って変わってない?」

「え? あの子はいつも通りよ。真面目で優しいし」


返事があまりにも滑らかすぎて、台本でもあるのかと思ったほどだった。

友人の凛太に同じことを聞いても、返ってきたのはやはり同じ調子。


「お前さ、疑いすぎ。瑠璃ちゃんは普通の子だよ」


普通。

普通。

普通。


全員が同じ言葉を使う。

そのたび湊の胸には、不安とは別の冷たいものが沈んでいった。


そんなある午後、瑠璃を偶然カフェで見つけた。

向かいの席には誰もいないのに、彼女はひそひそと話し続けていた。


「……でも、私はまだ……うん、わかってる」


湊は思わず駆け寄った。


「瑠璃、誰と?」

「え? ひとりだけど?」


ひどく当たり前の顔だった。

なのに湊の胸はきゅっと締め付けられた。

——怖い。

彼女が遠くへ行ってしまう気がする。


その夜、スマホに彼女からメッセージが届いた。


「助けて」

「来ないで」

「私、もう無理」


湊は慌てて返信しようとした。

しかし次の瞬間、すべてのメッセージが消えた。


誤操作ではない。

送信履歴ごと跡形もなく。


胸の奥に冷たい汗が広がる。

何が起きている? 彼女の周りで誰かが——

いや、それとも彼女自身が何かに追い詰められている……?


真相を確かめたかった。

怖かったけれど、放っておけなかった。


夜の瑠璃の部屋。カーテンは閉め切られ、人の気配は薄いのに、空気だけが妙に重かった。


テーブルの上には、二人ぶんのカップ。

最近ここに来ていないはずの湊のものまで。


「瑠璃……誰かいるの?」

「湊……あなたには、見えないよ」


その一言が胸に深く刺さった。

彼女は怯えているようで、でもどこか悟ったようでもあった。


「何を隠してるんだよ……俺に言えないの?」

「……ごめんね。どうやって言えばいいのか、ずっとわからなかったの」


泣きそうな声だった。


その翌朝、湊は倒れた。

原因不明のめまいと混乱。

病院の白い天井が、やけに遠かった。


医師がカルテを閉じる音が響く。


「湊さん。あなたの“恋人”ですが……落ち着いて聞いてください」

ゆっくりと渡された紙には、見覚えのある名前があった。


——死亡診断書。

——瑠璃。

——三年前。


意味が理解できない。


「は……何言ってるんですか。昨日、会って……話して……」

湊の声が震えた。


医師は静かに言った。


「昨日、あなたがいた部屋には誰もいませんでした。

あなたが話しかけていたのは……空間です」


 


視界が滲む。

呼吸が苦しい。

どうしてそんな嘘を——


「彼女の死を受け入れられず、記憶を再構築してしまったんです。

周囲の人が“瑠璃さんは普通だ”と言ったのは、あなたを刺激しないためでした」


全部、湊を守るための優しい嘘だった。


瑠璃がおかしくなったと思っていたのは——

彼女が何かを隠していると思ったのは——

周りがグルになっていると感じたのは——


全部、湊の側の認識が歪んでいたから。


ただ、愛する人が消えた世界が、

湊には耐えられなかっただけだった。


夜が来る。

病室の端に、ふと影が揺れた。


窓辺に立つ瑠璃が、静かに微笑んでいた。


「湊……もう、いいんだよ」


その声は、手の届かないところへ溶けていった。


湊はただ、涙を落としながら名前を呼んだ。


彼女は優しい。

ずっと優しかった。

だからこそ、湊は手放せなかったのだ。


消えた部屋の空気に、

まだ微かに彼女の気配が残っているような気がした……



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ