第5話 にんげんへいき
私が目を覚ましたのは、見知らぬ部屋のベッドの上だった。
そして隣には、リュカが眠っていた。
ちなみに服は着ている。
「いやああっ!?」
反射的に悲鳴を上げて、私は彼を突き飛ばしてしまった。
その声と衝撃で、リュカも目を覚ましたらしい。
「いてて……。あっ、アマヤ、起きたんだね!」
「ま、待って、リュカ、こここ、これはどういうこと!?」
私は布団を自分の方に手繰り寄せて身を隠しつつ、真っ赤になりながらリュカに問いかける。いくら田舎の孤児院出身娘でも、年頃の男女がベッドに共に入る意味くらいは分かる。
――それは、私だっていつかはリュカと、と思っていたけれど。
でも、こんな急展開なんて聞いていない!
慌てふためく私を見て、リュカもおろおろとしながら弁解を始めた。
「どういうって――あ、いや、誤解だ、アマヤ!」
「誤解って何よ! ここまでして責任取らないつもり?」
「責任って何!? アマヤ、とにかく落ち着いて!! 病み上がりなんだから!」
リュカに背を擦られて、深呼吸した私はようやく少しだけ平静を取り戻した。
「……で、私は今、どこにいるの?」
「ここは祈弓兵の養護施設だよ」
「養護施設?」
「そう、戦いで消耗したアマヤたち祈弓兵が治療を受けたり休息するところ」
「戦い……そっか、私」
リュカの言葉で、気を失う前の記憶がよみがえってきた。
私は祈弓兵として華々しい初陣をあげて、多くの敵を打ち倒し、沢山の味方を救ったのだ。
「ふふふ、私、凄かったでしょう、リュカ!」
私が改めて胸を張りながらそう言うと、リュカは優しく微笑んでくれた。
「うん、とても凄かった。それに、綺麗だった」
「綺麗?」
「ああ。白い光に包まれて、神さまか、天使みたいに見えた」
リュカの言葉に、私の頬が熱くなる。
全身に呪印が刻まれて、醜い姿になってしまったと思っていたけれど。
たった一人、リュカが綺麗だと言ってくれるなら、もうそれで構わないと思えた。
「あ、ありがとう……。それで、どうして、同じベッドに?」
「それは、これが治療になるからだよ」
「治療?」
リュカが少し言い難そうに、それでも意を決したように話し始めた。
「儀式の日に神官が言っていただろう? アマヤの魂を安定させなくちゃいけないって。祈弓兵は力を使うたびに、今回みたいに苦しい思いをするみたいなんだ。でも、俺が触れることで、それが癒されるらしい」
「そういえば、言っていたような。その、役目は、リュカだけのものなの?」
「うん。アマヤにとっての癒し手……護衛官は、儀式の後に最初に触れた俺になるみたいで、他に代わりはきかないんだって」
「ううん……なるほど?」
私が曖昧な記憶を思い出そうとしている様子を見て、不満があると勘違いしたのか、リュカが困ったように眉を下げた。
「ごめん、アマヤ。君は嫌かもしれないけど、傷つく君をそのままにはできない。だから、これからも俺は」
「えっ、い、嫌じゃないよ!!」
リュカの言葉に、私は身を乗り出して答える。
「嫌じゃないよ、リュカなら! さっきは、突然で驚いちゃっただけ」
「アマヤ……」
私はそっと、リュカの手を握った。
「それに私が頑張れば、その分リュカに、ぎゅってして貰えるんでしょう? ご褒美じゃない。私、たくさん頑張れるよ」
微笑む私を、リュカが抱きしめる。
「ご褒美じゃなくても、沢山ぎゅってするよ。俺が、そうしたいんだ。いい?」
「……うん」
こうして無事に回復した私は、リュカと連れ立って与えられていた個室を後にする。
彼は施設を退出する手続きをしてくると、管理室へ向かっていった。
リュカを廊下で待っていると、私と同じ白い髪をした少女とすれ違う。
彼女は少し使い込まれた白い制服を着ていた。
先輩の祈弓兵だろう。
「こんにちは」
「あら、貴女は新人?」
「は、はいっ。分かりますか?」
「分かるわよ。元気そうだもの」
「え、それはどういう――」
私の言葉に答えるより前に、少女は窓際に立って手招きした。
それに応えるように私が歩み寄って窓から中庭を眺めると、そこには車いすに乗った白髪の少女がいた。
彼女は虚ろな目をして、震える指先で祈りの形をとっている。
「あれが末期ね。もう、あと数発撃てば終わりかしら」
「末期……?」
冷たい言葉に、背筋がぞくりと凍る気がした。
「あっちはまだ動けそうね。あと十発はいけそう」
彼女の言葉に視線を動かすと、足を引きずりながら歩く、別の白髪の少女がいた。
「そ、そんな……。末期を過ぎると、どうなるんですか」
声を震わせる私に、彼女はくすりと笑う。
「あら、それを聞くの? 想像がつかないものかしら」
「……っ!」
私の心は絶望に震えた。
身体が動かなくなって、歩くことすらできなくなって、行き付く先なんて――。
「あ、貴女は、貴女は元気そうじゃないですか!」
中庭にいる祈弓兵たちと違って、目の前の相手は元気そうに見えた。
縋るように叫ぶ私に、彼女は美しく目を細める。
「私? 私はね――護衛官に捨てられたの」
「すてられた?」
「そう、だから祈弓を使っても、もう回復が出来ないの。これじゃ、通常戦闘では使い物にならないから、最終兵器としてここで死ぬ日を待っているって訳」
「……そん、な」
祈弓を使った後、私は確かに倒れて意識を失ってしまった。
リュカが抱きしめてそれを回復してくれたみたいだけど……。
――もし、その役目である護衛官が逃げてしまったら、祈弓兵はどうなるの?
彼女は『最終兵器』と言っていた。
つまり強大な敵が現れた時に、回復手段も無しに祈弓を使って、そのまま死んでいく運命だということ?
「貴女、随分と護衛官と仲が良さそうだったわね。でも、気を付けなさい?」
「リュカは、リュカはそんなこと!」
「分からないわよ。だって、ねえ」
彼女の唇が、微笑んだまま凍りついたように見えた。
その瞬間、窓の外の風すら止まった気がした。
「私たちは、もう人間じゃないのだから」




