【この静けさが】
幸輝と由紀は海月の病室へ向かっていた。白い廊下をしばらく歩く、エレベーターに乗り、また廊下を歩いた。
「ここだよ」
幸輝は由紀に言うと、ドアを軽くノックした。
「どうぞ」
返された声はいつもと変わらず優しく、そして儚げな雰囲気を纏っている。
スライド式のドア開けると、海月が窓から吹き抜ける風に吹かれていた。
「海月!来たよー」
由紀が嬉しそうに手を降ると、海月は由紀の姿を見たとたん、ぱあっと目を輝かせた。
「由紀!久しぶり!元気ー?」
由紀は、海月のもとへ駆け寄ると、海月の身体を気づかってか優しく抱きしめた。
「元気だよー、海月は?」
「私も元気ー」
2人が笑いあう様子を見て幸輝も自然と笑みがこぼれた。
「海月、調子はどう?」
「今日もいいよ」
「そっか、良かった」
幸輝は椅子に腰かけたとき、海月の病室のあるものに目が止まった。ミニテーブルの上に昨日までなかった花瓶。
「なあ、この花…」
幸輝が呟くと海月が花瓶のことを話し始めた。
「この花、今日お母さんがお見舞いに来て、そのときに持ってきたものなの。花はピンクのカーネーションとオレンシジウムと青色の桔梗、それからカスミソウなんだって」
「やっぱりおばさんセンスいいな」
幸輝が呟くと、由紀もうんうんと頷いた。
「ホント海月のお母さんセンスいいよね~」
「ふふっ、あとでお母さんにメールしよっと。お母さん、喜ぶだろうなぁ」
「俺、ちょっとトイレ行ってくる。由紀、海月の話相手してやってくれ」
幸輝は席を立つと病室を出ていった。由紀はふらりと窓際にいくと窓ガラスに軽く触れながら呟いた。
「ここから見える景色、きれいだね。どこまでも続いてる海が見えて…なんか、海月みたい。」
「なにそれ~?」
由紀の言葉に海月はクスクスと笑った。
「そう思ったんだもん。優しくて、儚くて、全てを包み込むような…そんな感じが海月みたいだなって」
「それって、褒めてるの?」
海月が悪戯っぽく聞くと由紀が笑顔で答えた。
「そりゃもちろん!褒めてるよ!」
そこへ丁度、トイレを済ませた幸輝が帰ってきた。
「お、幸輝。おかえり~」
「幸輝。おかえり」
由紀と海月がそれぞれ言うと幸輝もただいまと返した。
「幸輝。そういえば昨日の絵、出来たよ」
「え?海月昨日、絵描いてたの?私にも見せて見せて!」
海月の言葉に由紀は興味津々で海月に近寄った。
「ほら、これ」
そう言ってスケッチブックを机に広げた。昨日塗りかけだったクラゲはきれいに塗られており、青と紫のグラデーションが美しく、まるで本当に海の中を漂っているようだ。
「わぁ、きれい…」
あまりの美しさに由紀は思わず息を吐いた。
「ふふっ。ありがとう、由紀」
海月は照れたように笑うと、なにか思い付いたようで由紀に尋ねた。
「 由紀。もしこのクラゲ、欲しいならあげようか?」
「ホント?欲しい!欲しい!」
「え!由紀だけズルいぞ、俺も欲しい」
幸輝も欲しかったようで顔をムッとさせた。その顔がまるで子犬のようで、海月はそんな幸輝が可愛くて可愛くて仕方がなかった。
「それなら、新しく絵描いてあげる。幸輝のために描いてあげるから機嫌直して?」
「俺のために?」
「うん。幸輝のために描いてあげる。なにがいい?」
「じゃあ、星空!」
すっかりご機嫌になった幸輝を見て、海月はふふっと笑った。
「わかった。星空ね。描けたらあげるからちょっと待っててね」
由紀は軽く咳払いをすると、少し気まずそうにいい放った。
「仲がよろしいのは結構ですけど、私も居るんですけどね?」
日も落ちかけてきた頃、幸輝は時計を確認すると出していた課題などを片付け、スクールバッグに入れ始めた。それを見た由紀も、スクールバッグに荷物を入れ始めた。
「俺らそろそろ帰るな。また明日な、海月」
「また来るねー!」
2人はそう言ってスクールバッグを持ち病室を後にした。
「うん。明日ね」
海月は微笑み、軽く手を振った。その直後、海月が背中を丸め、痛みに耐える素振りをしたのを2人は知る由もなかった。
2人は病院を後にし、帰りのバスの中で話をしていた。
「あー久しぶりに海月と話せて楽しかった~」
「海月とはメールしてたんだろ?」
「んーまぁ、そうなんだけど…やっぱり直接話したくて…」
「そうか」
バスのアナウンスが流れ、停車すると由紀が立ち上がった。
「私ついたから行くね。バイバ~イ」
そう言って由紀はバスを降りていった。
「海月、今日ちょっと顔色悪かった気がする…大丈夫かな…」
幸輝がぽつりと呟いたその言葉を、夕方の静けさが呑み込んだのだった。
次回は来週に出す予定です。
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