蝶の徴の系譜
マグダエル遺跡の地下施設の一室で寝台に横たわり瞑想に耽るマリアをその金狼は見守っていた。時折その前足を器用に操り、寝台横に据え置かれた制御卓を操作していく。
マリアがこの処置に入って二日目だった。今日で彼女の、所謂”第三の目”は開き、”見えざる手”も操れるようになるだろう、と金狼は判断していた。
明日は”点火”、”復光”と”継承”を覚えてもらわなくては。”継承”が発動することなく済めばいいのだが、と金狼は希った。”継承”の発動、それはマリアが死を迎えることと同義だったからだ。
三日目。マリアに乳白色のパネルを触れさせる金狼。触った瞬間、一瞬全身を震わせたマリアを見ながら、この程度の衝撃なら充分耐えられるだろう、と金狼は冷静に考えていた。今彼女の脳内には膨大な量の知識が流入している。それはかつて金狼もベルも経験したことだった。驚きは最初の一瞬のみで、後は知識自体が自ら在るべき場所に収まっていくのだ。これが寝台処置の効果の一つなのだ。
今得た知識の中から金狼はマリアに”第三の目”の使い方を呼び出させる。それは対象を様々な角度、様々な次元から認識することを可能にする。最初は一つの粒子から始まり、更にはそれらの集合をパターンとして捉え、更にパターンの集合をパターンとして……。最終的には大きな纒まりとして一つの現象を捉えられるよう金狼はベルを導く。
金狼の導きは”見えざる手”へと進む。”第三の目”と同様、個々の粒子から始め、最後には大きな物体の操作へと成長する。
この段階までくると能力は、希えば叶う、言い表すことができるようになる。
最期に”復光”、”点火”そして”継承”へと進む。これは金狼には発現できない。この発現には”変える者”の血の情報が必要だった。十年前にここで導いたベルは”継ぐ者”の血の情報により”消灼”を発現させていた。
”継承”は決して発動させないようにしなければ、と金狼は心の底から祈る。それはマリアの不慮の死を意味するものだった。
四日目の夜、すべきことを全て完了したマリアは疑問に思っていた事を金狼にぶつけていた。
「この四日間、発現へと導いていただきましたけど、これって外に漏れないんですか。特に”点火”とか」
「ああ、俺は”点火”の範囲を制限することができる。お前が修得中、ずっと制限してたから大丈夫だ」
「なんて御都合主義な……」
「まあそう言うな。この御業といわれているものを開発したルシエラが最初から用意してたんだ。用意周到と言ってくれ」
呆れるマリアに、くすくす笑う金狼。
「金狼さんも、徴を持つんですよね。希えば叶う、を地でいってるんだし。何時気が付いて、誰が導いてくれたんですか」
「俺は……」
笑いを引っ込め、真剣な表情になった金狼は自分の前半生を語り出した。
「最初の”変える者”、ルシエラだが、彼女が御業を行使する前、俺はデトルアントの一人だった。俺は彼女の”復光”で人間に戻してもらったんだが、その時彼女に頼まれて徴を持つ者になった。金の徴のな。俺の導き手はルシエラだ」
元って何だ、今もデトルアントじゃない、とでも言うような疑問符を頭に浮べているマリアは首を捻る。
「俺は”護る者”としての役割を果すため不老化することを選んだ。この能力と施設に残るデトルアントの資料を使ってな。ただ年を取らない奴は怪しまれて当然だ。それで狼に変身してる」
神妙な顔をして聞いていたマリアが、突然閃いた新たな疑問を口にする。
「あれ、するとわたしやベルさんのような徴を持つ者はどうやって……」
「そこは、ルシエラが少し捻った。青と赤の徴は血の情報としては同じものだ。なのに区別されるといのも不思議なんだが。だから情報を二つに分けて二人の元デトルアントだった人間に与えた。この血の情報は親から第一子にだけ継がれる。そして二つが揃った者には赤の徴が現れる。この者に限り第一子と第二子に分けて継がれる」
「じゃ、青の徴はどうやって……」
「片方ずつの情報を持った両親の最初の子が双子だった場合、姉には赤の、妹には青の徴が現れる」
「えっ。ちょっと待って下さい。それじゃ、ベルさんって、わたしのお姉さんってことに、なる……」
混乱するマリア。それを見る金狼の目には後悔の色が滲む。
「百年程前の話をしよう。イザベルという赤い徴を持つ女性が今の旧イズレル市街地に誕生した。その頃の言い伝えは、今よりも正確に”変える者”の事跡を伝えていたが誤解も多く含まれていた。その一つに徴の色は変えられるというものがあったんだ。物質操作が誤まって伝えられたのだろう。
その言い伝えに深く信じ込んだイザベルはここへ押し掛けてきた。
俺では翻意させる事ができなくてね。”継ぐ者”として導けば納得するかと思ってしまったんだが。
当たり前だが、彼女は”変える者”にはなれない。
自分が特別な人間だと思い込んでたイザベルの感じた憤りはどれ程のものだったのか。彼女はその怒りのまま、この施設のデトルアントの資料を盗み出し、自身を強化兵開発者としてレナスキタへ売り込んだんだ」
突然始まった自分の祖先の話に、何てことしてるのよ、マリアは憤慨した。
「開発に成功したイザベルは三人の子をもけたんだが、その第一子と二子の子孫が君達の両親だ。イザベラは第三子に自身の憎悪を吹き込んだようだ。第三子の子孫もレナスキタに居る。テレサという名前で強化開発に携わっている。彼女もイザベラの憎悪に染められていた。
今から十七年前、君達の両親が恋人同士となった時、二人は突然姿を消した。テレサが二人に悪辣は嫌がらせをしたんだ。失踪した二人を執拗に追い掛けたテレサは十四年前、とうとう二人の隠れ家を発見し、殺害した。
俺は二人の失踪に蔭ながら協力していたんだが、失踪から一年後君達姉妹が生れた時、一つの決断をした。青の徴を持つ君は親の愛情を受けて育つ必要があると、その徴を隠し両親の元へ残した。テレサが君を殺さなかったのは徴が確認されなかったからだ。
そして、逃亡しながら双子を育てるのは難しいだろうと、ベルは孤児収容施設へと預けたんだ」
長い話を聞き終えたあと、ほうっ、と息を吐いたマリアは金狼に恐る恐る問う。
「その事は、ベル……姉さんも知ってるんですか」
「ああ、十年前に話した。今の話を聞き終えたベルは、『ラウがデトルアントに潜入しているなら、わたしはレナスキタでそうするわ』と言って徴を隠し、あの組織へ入ったんだ」
今度こそ質問する気力もなくなったマリアが、疲れたような声を出した。
「ところでラウ、どうやったらその狼の口で上手に人語が話せるの」
「希えば叶う、さ。思い通りの音を口の先に作り出してるのさ。口の動きは飾りだよ」
ぶっと吹き出すマリアは、カラカラ笑う金狼に連られ次第に大声で笑いだすだのった。
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隠れ家を無事抜け出したベルは遺跡へとひた走る。寝室に仕掛けられた監視装置には欺瞞映像を映し出すよう物理的修正を加えておいた。寝台下に開けた地下隧道まで掘った竪穴から隠れ家を抜け出した。朝にはバレるだろうが、そこから遺跡に辿り着くまで、早くて半日は掛るだろう、とベルは予想していた。半日あれば間に合う。その頃には”復光”で全てが終っている。
今日で役目が終る、その先に待つ自由に、胸を膨らませるベルだった。
ベルが遺跡内施設のその部屋の扉を開けた時、二人の大きな笑い声が溢れ出してきた。
「あら、楽しそうね。どんなお話なのかしら」
呆気に取られるベルに、ラウが笑いを残したまま答えた。
「いや、俺の人語が上手だと賞められてな」
マリアもお腹を捩りながら
「ラウったら、音声は作り出してて、口はお飾りだって真面目な顔でに言うんだもの」
それを聞いたベルは
「あら、それじゃこんな感じかしら『口の動きは飾りだよ』」
と悪乗りして口パクでラウの声真似をした。ラウの発語と全く同じ方法だった。
更に笑い転げるマリアは、息も絶え絶えに二人に宣言した。
「二人とも腹話術師になったらいいわ。くいっぱぐれ無いわ」




