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邂逅

 旧イズレル市街地。イズレル地区の北部にあるこの街は南にマグダエルの丘を望むかつてはイズレル地区の中心だった街だ。しかし度重なるデトルアントの侵食と人狩りによる収奪によりこの街は放棄された。この街にはもう、行くあての無い、人生を捨てた人達しか住んでいなかった。


 五日前、レシェルの街を出たマリアは渓谷を南下した後、西へと進路を変えて今日ようやくこの街へと辿りついた。

 連日の強い日差しを避けるため、旧市街地へと足を踏み入れたマリアは建物の影を求め歩いた。あいにく太陽はほぼ頭上にあり、建物の北側といえどその影は短かった。

 マリアがその入口を見付けたのはたまたまだった。その入口の先には下へ降りる階段が続いていた。これならしばらく日差しを避けて休息をとることができるだろう、と考えたマリアは周囲に人影の無いことを確認してから階段を降りていった。

 降りた先にあったのは、複数の通路が交差し、瓦礫の散乱する地下街の成れの果てだった。ざっと見た限りでは人のいる様子は窺えなかった。

 地下街の入口からは見えないけれど、あまり奥へと行かないように注意して、瓦礫の無い場所に座り込む。乾いた喉を潤すため水筒から水を飲んだ。

 マグダエルの丘までは後半日の距離だった。このまま進むか、今日はゆっくり休んで明日向おうか思案しているマリアの耳に、階段を降りてくる人の足音が聞こえてきた。静かに立ち上がったマリアは足音を立てないよう更に地下街の奥へと進む。通路が交差する所を左に折れ、階段の様子を窺うマリア。

 階段からの足音に気をとられていたマリアの背後から新たな足音が通路に響く。不安に駆られたマリアは背後の足音とは反対の方へ逃げ出す。が、その行き足を塞ぐように三つめの足音が響いて来た。

 三方向からの足音にマリアは十字路まで戻ることを余儀なくされる。取り囲もうとする意志を察したマリアは仕方無く地下街の奥へ奥へと走り出した。非力なマリアでは相手に立ち向かおうなど考えもつかなかたからだ。

 足下に転がる瓦礫を除けながら奥へと走るマリアを追うように、合流した三つの足音の主達は追い掛けてきた。

 マリアの逃走は長くは続かなかった。ここ迄の旅で疲労が溜っていたのだ。その逃げ足は次第に縺れ始め、とうとう瓦礫の一つに躓いてしまう。受身も取れず前のめりに転んでしまい身体のあちこちが擦傷だらけになってしまった。

 そんなマリアの目の前には何時の間にか四人目の男が立ち、逃げ道を塞いでいた。背後の足音の主達も彼女に追い付き、とうとう四方を囲まれてしまう。


「あなたたち、何なんですかっ。わたしに、何の用があるんですかっ」

 マリアの誰何の声に、しかし誰も反応を示さなかった。内心の恐怖を押し隠すように再びマリアは声をあげる。

「どいて下さい。あなたたちに構ってる暇は無いんです」

 精一杯の虚勢を張ったマリアだが、それも無視されてしまう。

「なんなのよっ」

と叫ぶマリアに、正面の男がようや反応したかに見えたが、それはマリアへの返答では無かった。

「使者からの指示がきた。マイク、彼女の左肩を確認しろ。レイフはそいつを取り抑えろ」

座りこんでいたマリアは背後にいた男に肩を押さえ付けられ、身動きがとれなくなってしまった。そして左にいた男が衣服の左肩の部分をナイフで切り裂き彼女の肌をあらわにしていく。

 そこには彼女の徴である、青い蝶の痣が白い肌に浮びあがっていた。正面の男は無言でそれを確認する。

「間違い無いそうだ。それ以上傷をつけずに捕獲しろとの指示だ。ゲイブやれ」

再び正面の男が仲間に命令を告げる。右側にいた四人目の男が手に持った白い布でマリアの口を塞ぎにかかろうとしたその時、レイフと呼ばれた男の背後に黒ずくめの少女の姿があぶりだされるように出現した。

「こういうことになるとは、想像してなかったわ」

 押さえ付けられているマリアの切り裂かれた衣服から覗く徴を見据えたベルは、溜息をつくように独り言ちる。気を取り直すようにマリアの正面に立つ男から順に左廻りに目を向けながら彼らの名を告げていく。彼女の脳内に入力された任務データとの比較を同時に行う。

「人狩り実行部隊の幹部ダン。その部下マイク、レイフ、ゲイブ。との事前情報はあったのだけれど。目の色が違うわね。擬態しているのかしら、デトルアントの皆様」

 一瞬、表情が揺らいだダンと呼ばれた男が平静を装った態度でベルを詰問した。

「そんな情報を得ているとは。死神部隊の方でしょうか。察するに死神ベルと呼ばれる方かと推測されますが」

「通称”死神部隊”のベルですよ」

「お答え頂きありがとうございます。我々の協力者達がいつもお世話になっているようで」

「まぁ。残り少い人間同士、仲良く死の舞踏を踊らせていただいております」

「今日は我々の相手をして頂けるのでしょうか」

「あなた方、踊り甲斐が無くてつまらないですわ。今日はそこの女の子を連れ帰るだけにしておきます」

「そう言わずにお相手して下さいよ」

 ダンと呼ばれた男が言い終る前に双方とも行動に移る。然程広くもない通路内に規則性の無い風が上下左右に吹き荒れた。

 押さえ付けられていた肩の圧力が消え、自由に動けるようになったマリアではあったが、彼女の周囲を取り巻く風の乱舞は身を晒せば切り裂かれそうな鋭さを持っていて、迂闊に動くことを躊躇わせた。

 何時迄も続くかと思われた風の乱舞が少しづつ落ち着き始める頃、マリアの目にも男達の姿が一人二人と見えるようになってきた。彼らは皆、脚の一部が抉れていた。重症を負わされて動けなくなったようだった。四人目の男が姿を現すと同時にベルの姿も目に見えるようになった。

 余韻を残す風の中で、ベルは髪を揺らしながら男達に宣告する。

「さあ、おやすみの時間よ」

 ベルは、右手に仕込まれた振動兵器により男達を一人ずつ無力化していった。

 マリアは、その生々しい殺人の模様に嘔吐感を覚えた。

「どこからどう見ても人殺しよね。言い訳では無いけれど、彼らは死んではいないわよ。明日には復活しているから。それがデトルアントの特徴なのよ」

「この人達がデトルアントなんですか。見た目は普通の人間なんだけど……」

 話にしか聞いたことの無いベルは驚きに目を瞠る。確かに彼らの動きは人間のそれでは無かったが、実際に目撃しなければ全く普通の人間と変りなかったのだ。


「聞いていたと思うけれど、一応自己紹介しておくわね。わたしはベル。今はレナスキタという狂った組織の殲滅部隊に所属しているわ。この人達デトルアントと戦っている、いいえ、彼らの侵攻を妨げることを任務としているわ。だって彼ら死なないんですもの」

うんざりした表情で語るベルは「死なない存在の殲滅が目標って頭おかしいでしょう」と自分の所属する組織を貶していた。

「あ、はい、わたしはマリアです。あの、でも、あなたも十分普通の人間じゃ無いですよね」

 思わず言ってしまってから、しまった、という表情を浮べるマリアに、にっこりと笑ってベルが応える。

「そうなのよ、死ぬということと、彼らより速く俊敏に動ける、という違いがあるだけで、わたしも十分異常だわ。わたし、というか、レナスキタの工作員は全員、身体や五感を強化されているの。走れば音速の二倍は行けるわね。

 しかも頭には微小な金属片が埋めこまれていて、行動の全て、見たもの聞いたもの全て記録されるのよ。プライバシーは無いわね。

 さっき見ていたように右手には特殊な破壊兵器も仕込まれていて、人間ではなくて、もう兵器ね」

 ベルの説明を聞くうちにマリアの心は嫌悪感で一杯になった。淡々と語るベルに対してではなく、彼女の様な存在を生み出した、彼女の所属する組織に対してだ。デトルアントという非現実的な存在の実態を知った今では、対抗手段が必要なことは理解できる。が、人をこのように変えてしまうのは人として赦されることなのか。

「でもね」

自分の想いに沈み込もうとしたマリアにベルは続ける。

「わたし、誰にも知られていない秘密があってね」

と言いながら左肩をはだけて見せる。何も無かったそこに、次第に赤い蝶の痣が浮き出てきた。はっと息を詰めるマリアは自分の左肩を手で押さえる。

「そう、あなたと色違いの痣があるのよ。しかもそれを隠す能力を持っているわ」

真剣な目をしたベルはマリアに問い掛ける。

「あなたも、あなたの能力、発現させてみないかしら」

マリアは考える迄もなく深く頷いた。それが自身のこの旅の目的を成し遂げることと悟ったからだ。

「お願いします」

「そうこなくては。そして、ラウ、居るんでしょう。隠れてないで出ていらっしゃい」

——ふたりっきりにしてやったんだが。余計なお世話だったかな

ベルの背後の四つ角の蔭から、してやったり、といった雰囲気の金狼が堂々と姿を現した。

「あなた、“護る者”なんだから知らん顔してないで一緒に来なさい。後、人語も話せるんだから横着しない」

「フフフッ、リョウカイダ、シニガミヨ」

呆気にとられるマリアは、口をパクパクさせ金狼とベルを交互に見やっている。

「マグダエルの丘にある遺跡へ行きます。そこに古代の研究所があるの。わたしはそこで力の使い方を学んだわ。マリアあなたにも同じことをしてもらいます」

 南の方を見据えながらベルはマリアに宣言した。


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