黒衣の王太后 ミカエラ③
「彼のその言葉は、まるで彼の子を授かる事が出来なかったわたくしを責めているようだったわ」
わたくしは俯いて視線を落とした。
「陛下は何故その様な事を態々、伯母上に仰ったのでしょうね」
アルドベリクがわたくしに問いかける。
「さぁ、イーニアが王宮に来てからと言うもの、わたくし達は完全にすれ違ってしまったわ。あの頃のエラルドが何を考えていたかなんて、わたくしには分からないわ」
今日はアルテーシアの葬儀の日だった。
突然妻と子を一度に亡くす事になったジュリアスは、荼毘に伏されるアルテーシアの棺をただ茫然と見守っていた。イヴァンナとシルベールの姿は葬儀には無かった。わたくしは流石に彼らは参列を辞退したのだと思っていた。ところが、アルドベリクは首を振った。彼らは真っ先に葬儀への参列を希望したらしい。
「筆頭公爵と側妃が王妃の葬儀に参列しないなどあり得ない」
彼らはそう言い張ったそうだ。
何処まで厚顔無恥なのか……。
わたくしはそんな二人に辟易した。
だがジュリアスがそんな2人の葬儀への参列を許さなかったらしい。彼は散々騒ぐ2人に最後は怒りを込めて叫んだそうだ。
「2人の参列など、アルテーシアは望んでいない」と。
わたくしはアルドベリクからその話を聞いて本の少しだけ嬉しかった。その言葉が彼のアルテーシアへの愛情から出た言葉だと信じたからだ。
わたくしは葬儀からの帰り道、自分の住む離宮へとアルドベリクを誘った。
彼は祖国に婚約者がいたアルテーシアが、何故ジュリアスの元へ嫁ぐ事になったのか、詳しい事情は聞かされてはいなかった。
何故ならそれは、王家の根幹を揺るがす重大な秘密だったからだ。
だが、聡い彼はその理由になんとなくは気付いていた様だった。
アルテーシアが亡くなった。アルドベリクの愛したエリスも彼らによって殺された。そして今度はリカルド一家の死さえシルベールによる謀略だったと知ったわたくしは、もう彼に隠し事は出来ないと思った。
アルドベリクの既に知っている事、知らなかった事。
何故こんな悲劇が起きてしまったのか……。わたくしはこれまでの経緯を洗いざらいアルドベリクに話して聞かせようと思った。
アルドベリクは婚約者とエリス。愛した女性を2人も失ったのた。
彼は私の話をただ黙って聞いていた。
「子を授かってからエラルドは更にイーニアを溺愛したわ。彼にはもう、わたくしなんて見えてはいなかった」
それでもわたくしはどうしても、イーニアにお腹の子がエラルドの子だなんて信じられなかった。
案の定、イーニアの懐妊が分かった時、1度は歓びに湧き立った王宮は、時間が経つにつれ冷静さを取り戻し、皆がわたくしと同じ様にその不自然さに気付いていった。
エラルドには過去、わたくしの他に側妃が2人いたのだ。
実は彼女達は、最初から決められていた2年という期間が終わると、別の貴族家に下賜されていた。
そして彼女達は既にこの時、それぞれが嫁ぎ先で子を産んでいたのだ。
『まだ若い彼女達を、役目が終わった後も王宮に縛りつけておくのはあまりにも不憫だ』
そう言って、エラルドが自らが決めた措置だった。だが彼が掛けたこの温情は、結果的に彼自身に現実を知らしめる結果となった。
彼女達が婚家で子を成したと言う事は、子を授からなかった原因はエラルドの方にあったのだと証明したに等しかったからだ。
彼は側妃達が子を産んだと聞かされる度に、その事実を突き付けられた。
王宮は恐ろしいところだ。
『陛下には種がないんだろう? ならば側妃様の腹の中の子は、一体誰の子だ?』
軈て王宮内では、そんな下賤な噂話があちらこちらで平然と囁かれる様になった。
それから暫くしてイーニアはジュリアスを産んだ。だがイーニアは出産で力を使い果たしてしまったのか、出産以来ずっと床に伏すようになってしまった。その結果、彼女は自分の部屋から一歩も外へ出て来れなくなってしまった。
そんな彼女にエラルドは時間の許す限り寄り添っていた。誰の目にも、彼のイーニアへの溺愛は明らかだった。そしてジュリアスがまだ3歳の頃。イーニアはエラルドとジュリアスに看取られながら静かに息を引き取った。
その後、エラルドはイーニアが命をかけて産んだジュリアスを、彼女の生まれ変わりとばかりに溺愛した。
だがこの頃、ずっと子が成せなかったわたくし達は既にリカルドを王太子と定めていた。それにイーニアの生家は力の無い伯爵家。ジュリアスは後ろ盾を持たない。
そんな時、厚かましくもしゃしゃり出て来たのがシルベールだった。
彼はイーニアの生家の寄親である事を言い訳に、ジュリアスの後ろ盾となる事を買って出た。
本当に勝手な話しだ。
イーニアが娼館に売られそうになっている時は彼女を切り捨て、エラルドに押し付けておきながら、こんな時だけは真っ先に寄親だからと手を挙げる。
だが愚かなことにエラルドはそれを歓迎した。
彼はこの時、ジュリアスを守ることに必死だったのだ。
その結果、王宮は王弟派と国王派の真っ二つに割れてしまった。
エラルドは当然の事の様にわたくしの生家スティングライトもジュリアス側に着くと思っていた。
でも、そんな事は出来るはずも無かった。
だってわたくしは分かっていた。
そこにどんなカラクリがあったかは分からない。でもこれだけははっきりと言える。
ジュリアスはエラルドの子では無い。
王家の血を引かぬ者を王になど絶対に出来ない。
だから、スティングライトはリカルド側に着いた。わたくしは直ぐに甥であるアルドベリクとリカルドの娘パトリシアの縁談を纏めた。幸いな事に二人は気があったのか本当に仲睦まじく、わたくしはそんな二人を見て目を細めた。
だがその事が結果として、わたくしとエラルドの仲を徹底的に壊す事になった。
そうなるとエラルドはシルベールを頼るしか道はない。今から考えるとわたくしがした事は悪手だったのかも知れない。エラルドはシルベールの身内や息の掛かった者達をどんどん王宮内に登用して行ったのだから……。
「そして、ジュリアスの婚約者の選定よ」
アルドベリクは視線を落とした。
此処からあのイヴァンナが登場する。
「本来なら子爵家の令嬢であるイヴァンナがあの茶会に呼ばれるはずがなかった」
「つまり、最初から出来レースだったと……」
「ええ……。その通りよ。ジュリアスはイヴァンナに母の面影を重ねたなんて言ってるけど、その時、彼はまだ10歳。それにたった3歳で母を失った彼が、母親であるイーニアを何処まで覚えていたかなんて、甚だ疑問だわ」
「……つまり思いこまされたと言うことか」
アルドベリクわたくしの言葉に頷いた。
「でも、イヴァンナを養女に迎えたシルベールはその後、王宮内での勢力を更に拡大して行った。そんな時よ。あの地震が起きたのは……」