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向日葵の墓 宰相アルドベリク②

 王弟リカルド様の死はアルテーシア様の運命を変えた。


 実はリカルド様が亡くなるまでは、この国の王太子はジュリアスではなく彼だったのだ。


 表向きはジュリアスが未だ年若い事を理由にしていたが、実際は違った。


 エラルド前陛下はとある事情から次の国王を弟リカルド様に継がせようと考えておられたのだ。


 ところがリカルド様が亡くなった事により、ジュリアス以外の選択肢がなくなった。


 陛下は考えた末、アルテーシア様の輿入れを妹であるシルヴィア様に打診した。こうしてこの国に嫁いで来られたのがアルテーシア様だった。


 だから逆なのだ。アルテーシア様の輿入れはジルハイムからの要請で叶ったものではない。寧ろロマーナ側が願ったものだった。だが、エラルド様はその事実をジュリアスには伝えなかった。そのある理由と言うのがジュリアスの出生に関わる問題だったからだ。


 そのためジュリアスは、アルテーシア様の輿入れをジルハイムからのゴリ押しによるものだと勘違いしてしまった。


 その結果、エラルド前陛下が亡くなると、彼は直ぐにイヴァンナを側妃として召し上げたのだ。


 彼女が側妃としてジュリアスに召し上げられてからと言うもの、彼はイヴァンナを寵愛し、今では彼女の言いなり、まるで傀儡だ。


 そうなると王宮に仕える者達の中にも忖度が働く。どちらの妃に従うのが自分達にとって利益になるのか、2人の妃を値踏みするのだ。


 ましてイヴァンナはジュリアスの幼い頃からの婚約者で、養女とはいえこの国の筆頭公爵家の令嬢だ。対してアルテーシア様はジルハイムから嫁いで来た異国の王女。王宮に仕える者達にとってどちらに親近感が湧くかと問われれば、間違いなく皆がイヴァンナと答えるだろう。


 彼女は幼い頃より王宮で王太子妃教育を受けていた。その何年にも渡る努力が、いきなり現れたぽっとでの異国の王女に奪われたのだ。


 王宮に仕える者達の中では、最初からイヴァンナに同情する声が大きかった。


 それに加え市囲でのあの噂だ。


 天災のため、愛する人との仲を引き裂かれた悲劇の公女、イヴァンナ…。


 アルテーシア様はいつの間にか、まるで悪役の様に蔑まれ、徐々に王宮内で孤立していった。


 そんな王妃様の処遇を憂いたのが私の伯母、前王妃ミカエラだった。伯母もまた、以前王宮内の心無い噂に苦しめられた事があった。私は伯母から、王妃様を常に気に掛けてあげて欲しいと依頼され、その過程でエリスに出会った。


 初めてエリスを見た私は、彼女の余りにも美しい所作に目を奪われた。聞けば侯爵家の令嬢だと言う。納得したと同時に疑問に思った。


 確かに王女に仕える侍女には貴族家出身の令嬢が多い。だが、侯爵家の令嬢ともなれば王族に嫁いでも可笑しくは無い立場だ。まして、それ程の高位貴族の令嬢が侍女として異国まで王女に着いてくるなんて、私の知る限り聞いた事が無かった。


「私の兄はアルテーシア様の婚約者だったんです。でも王妃様の祖国のためと兄はアルテーシア様を諦めました。だからそんな兄に代わり、私が必ずアルテーシア様をお守りすると兄と約束したんです」


 エリスは決意の籠もった瞳を私に向けると、そう教えてくれた。


 確かにジルハイムの王女であるアルテーシア様に婚約者がいなかったはずはない。考えてみれば当然の事だ。だが彼女は母であるシルヴィア様の祖国のため、愛する人と別れこの国に嫁いで来たのだ。


 それなのにこの国は、アルテーシア様とエリスを殺した。


 2人は王宮内で蔑まれ、失意のうちに亡くなった。どれ程、無念だっただろう。


 そう説得すると、私の復讐に手を貸すことに伯母は漸く頷いてくれた。


 シルベールとイヴァンナ…。


 私はあの2人が何の罰も受けないなんて、絶対に許せない。本当はこの国で、この国の法で2人を裁きたかった。だから私は賭けに出た。イヴァンナに籠絡されている陛下も、アルテーシア様が亡くなった今なら目を覚ましてくれるかも知れないと…。


 私は一縷の望みを賭け、彼の前で真実を明らかにしたのだ。だが私はその賭けに敗れた。


 ジュリアスは保身に走り、あの2人を裁くつもりは無い。私は、手にした証拠をシルヴィア様に託す事に決めた。


 この国が裁かないのなら、ジルハイムによって裁いて貰う他はない。


 それが国に対する裏切り行為だと分かったうえで、先程私はアルテーシア様とエリス、君たちの死を知らせる書簡をジルハイムに向けて送った。だが、私の行動は既にシルベール達に目をつけられている。だから、伯母を説得し、今までに私が集めた証拠をシルヴィア様に送って貰う事にした。


 伯母なら姪の死を悼む手紙をシルヴィア様に送ったと言えば可笑しくはないだろう…。


 まして伯母は王太后。流石にシルベールと言えど、王太后の送る私信を検める事は出来ないはずだ。


 伯母からの手紙を受け取ったシルヴィア様がどう動かれるか、私には分からない。だが1つだけ言える事は、これから私は当分の間、その対応に追われる事になるだろう。


 だから暫くは君に会いに此処に来れないと思う。いや、君の兄上や王妃様の父上は、彼らの行いを分かっていながら、君達を守れなかった私の事も許さないかも知れない…。


 私はそれでも仕方がないと思っている。全てを受け入れる覚悟は出来ているんだ。


 だけどもし許されて私の命があったならば、また、此処に…君に会いにくるよ。それまで待っていてくれ。


 私はエリスの墓にひまわりの花を置いた。彼女が好きだと言っていた花だ。


 『ひまわりの花言葉は貴方だけを見つめています…。アルテーシア様がこの国に輿入れされる時、兄が別れ際に送った花なんです』


 最後に会った時、君が教えてくれた…。


 そして…


『兄とアルテーシア様はみんなから羨まれる程、本当に仲睦まじい婚約者同志だったんですよ。こんなに辛い目に遭う位なら、兄は諦めなければ良かったのよ。王妃様を攫って逃げれば良かったの。ねえ、アルドベリク様。どうして助けて貰った人が助けてくれた人を苦しめるの…? それって理不尽じゃない?』


 君はそう言って怒りながら、王妃様を思って涙を流していた。


 ひまわりは真っ直ぐに光だけを目指して咲く花。


 アルテーシア様についてこの国に来てから、君は必死に彼女に寄り添い、彼女を守ろうとしていた。前向きで真っ直ぐでひまわりの花の様な人だと私は思った。


 君のお兄さんは例え遠く離れていても、貴方を見守っていると伝えたかったのかも知れないね。


 あれからひまわりの花言葉について調べてみたよ。


 花には送る本数にも意味があるんだね。


 9本のひまわりはずっと側にいて欲しい。


 そして12本のひまわりの意味は私の妻になって下さい…。


 ひまわりは相手に思いを伝える花でもあるんだ。


 私はね、エリス。


 今となってはお聞きすることは叶わないが、せめてアルテーシア様もこのひまわりの花言葉を知って居られたら良かったのにと願ってしまう。


 アルテーシア様に仕える君に、王宮の者達からの風当たりはきつかった。でも、どんなに辛い目に遭って涙を流しても、アルテーシア様の前ではそれを悟られない様にと何時も君は笑っていたね。


 なかなか言い出せなかったけれど、私はそんな君の事が本当に好きだったよ。


 私はエリスの墓にそう報告すると、その場を後にした。


 彼女の墓の前に言い出せなかった12本のひまわりを残して…。



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