国王ジュリアス④
「…い…いえ。それを命じたのは…シルベール公爵様です。王妃様が直ぐに子を授かれば、イヴァンナ様が陛下の元に側妃として迎え入れられる事がなくなるからと…。ですが、イヴァンナ様が側妃になられた後もそれは続きました。そのうち、王妃様付きの侍女がそれに気付き、自ら王妃様の食ベ物を調達してくるようになったのです」
王妃付きの侍女? あの階段から落ちて死んだと言う侍女か…?
「……だから、王妃は懐妊したんだな……」
俺がそう訊ねると、侍女長は震えながら「そう思います」と言ってこくこくと頷いた。
「……もしかして、だからか? だから侍女は死んだのか? では……その侍女は……」
俺の頭のにある疑惑が浮かんだ。王妃付きの侍女は事故などではなく、そのせいで殺されたのではないかと……。
……まさか人殺しまでするはずはないと否定する気持ちと、だがあまりにも侍女の死がイヴァンナにとって都合が良過ぎるではないか言う疑念が俺の頭の中を駆け巡る。
すると、俺の思考を遮る様に侍女長が突然声を上げ、頭を床に擦り付けた。
「申し訳ございません。申し訳ございません」
彼女は何度も何度も頭を床に擦りつけ謝り続けた。その侍女長の行動は俺の中に芽生えた疑念を肯定したも同じだった。
王妃が余りにも哀れで涙が出た。
信頼していた侍女が死んだ。もしかしたら自分のせいで殺されたのかも知れない……。王妃はそう考えたはずだ。
以前、食事に避妊薬を盛られていた事を知っていた王妃は、きっとこのパンの中にも何らかの薬物が入っていると思ったのだろう。
だから彼女はパンを食べなかった。
どんなに腹が減っても、自分の中に宿った子を守るために……。
その結果、餓死した。
反対にイヴァンナとシルベールにとってはどちらにしても答えは同じだ。王妃がパンを食べれば腹の子はいなくなる。パンを食べなければ王妃はいずれ死ぬ。どちらにしても邪魔な腹の子はいなくなる。いや、彼らは寧ろ王妃が死んだ方が都合が良かったのかも知れない。
我が国は、ジルハイムからの支援で立ち直りつつはあるが、まだまだ復興の途中だ。国力は未だジルハイムには遠く及ばない。
そしてジルハイムが我が国を支援している事は、周辺国には周知の事実だ。その恩ある国の王女を餓死させたなど、絶対に知られる訳にはいかない。こんな事が知れたら、ジルハイムは愚か周辺国をも敵に回す。だから俺は国を守るため、どんな事があっても王妃の死因を隠し通すだろう。
彼らはそう見越したのだろう。
そして残念な事に彼らの思惑通り、こうなってしまっては俺にはそうするしか他に道は無かった…。
アルドベリクはイヴァンナの事を狡猾な女だと言った。漸くその意味が分かった。
くそっ! 王宮には沢山の人がいるのに、何故誰も王妃を助けようとはしなかった!
俺は言いようのない怒りに体を震わせながら叫んだ。
「こんな事が知れたらこの国は終わりだ! いいか? 王妃は病死だ。そう発表する! お前達も命が惜しくば余計な事は何も話すな! いいか、絶対にだ! 分かったな!?」
俺のこの決断がシルベールやイヴァンナを更に付け上がらせる事は分かっていた。だが、そうするしか他に道は無かったのだ。
「待って下さい、陛下! それは、この事実を隠蔽すると言う意味ですか? では陛下は、シルベール公爵やイヴァンナ様を裁くつもりはないと…?」
アルドベリクが焦った様に身を乗り出して、俺に確認した。
「何度も言わせるな! 筆頭公爵と側妃を裁くとなればそれ相応の理由が必要だ! だが王妃は病死したのだ! ならば彼らには処分する理由がない!」
「ですがっ! 侍女はどうするのです? 今回の件では王妃様付きの侍女も亡くなっているのですよ⁉︎」
アルドベリクが俺に向かって声を荒げた。この男がこれほど感情を露わにするなんて初めての事だ。それほどに王妃の死は、この国にとって深刻な問題なのだろう。
だが、だからこそこの件は決してジルハイムに知られてはならない。噂として広がる事さえ避けなければ……。
「貸せ!」
そう考えた俺はアルドベリクが腰から下げていたサーベルを抜き取り、俺の前に跪く侍女長を切った。
「……っ! なんと言う事を‼︎」
アルドベリクが驚きの声を上げる。
反対に侍女長は、声を上げる間もなく血を流し床に転がった。見せしめだった。
いくら命じられたとは言え、この女が王妃に直接手を下したも同然だ。俺に迷いはなかった。
「ひっ!」
そこにいた者達は皆、言葉を失い息を飲んだ。
「王妃は感染症で死んだ。だからその世話をしていた侍女と侍女長も残念ながらその病が移り、共に亡くなった。いいな? もし余計な事を喋ってみろ。病に罹患した人間は更に増えるぞ!」
俺はこの場にいた者達に、言外にもし今回の事を口にすれば命は無いと伝えた。
これで誰もこの話を口外する事はないだろう。
「この女を片付けておけ!」
俺は最後にそう言い放つと王妃の部屋を後にした。
だから俺は知るはずも無かった。
「愚かな…。やはりお前は、破滅への道を選ぶのだな…」
去って行く俺の背中に向かって、アルドベリクがそう呟いた事に…。