それぞれの道 公爵セオドリク・ウィルターン⑧
「セオドリク。幸いシルベール領での貴方の領民達からの評価は高い。ずっと親交を深めてきたんですもの。当たり前よね? でも今、シルベールがあんな事になって領民たちはみんな、不安を抱いているはずよ。だから貴方、シルベールの領地を治めてみる気はない? 貴方が領主になるのならきっと領民たちも安心するはずよ」
俺は炊き出しを通して知り合った領民たちの顔を思い浮かべた。
すると今度は、シルヴィア様の隣に座るミカエラ様が口を開いた。
「それからアルドベリク、貴方は私の反対を押し切ってジルハイムに真実を伝えたのよ。それにより、貴方はこの国の民を巻き込んだの。その責任は貴方自身が取らなければいけないのではなくて? それに例えシルヴィア様がお産みになった王子だとしても、ジルハイム出身の新たな王には、貴族や民からの反発もあるでしょう。まして民達は、ジュリアスが王位を退く本当の理由を知らされていないのです。先程シルヴィア様が仰っていた様に、このままではシリウス様もアルテーシアの2の前になってしまうかもしれない。それならば今度こそ、シリウス様をどんな事があっても守り抜く。それが貴方の責務ではないの? アルテーシアやエリスを守れなかったと嘆くのは簡単。愛する人の墓を守って生きていきたい。それも反対はしません。でもね。全ての職を退きたい……。それはただの責任逃れなのではなくて?」
ミカエラ様は諭す様にアルドベリクにそう語りかけると、今度は俺に視線を移した。
「セオドリク様、貴方もそうです。貴方はシルベールの領民達を煽って暴動を起こさせた。それならば、収拾してあの領を元の平穏な状態に戻すのは、煽った貴方の責務ではないのですか? このまま彼らを放り出すのなら、貴方はただ自分の目的の為に領民たちを利用しただけになってしまいます。それでは余りにも領民たちに対し、無責任ではないのですか?」
そして…
「シリウス様にはこの国に心から頼れる者はいません。でも、今回の事で分かったでしょう? 上に立つ者が誤った判断を下せば、それだけで国は簡単に揺らぎ、それに寄って苦しむ人が出るのです。だったら、これからこの国の王となるシリウス様が、決して間違った判断を下さない様に貴方達大人2人が力を合わせて、まだ年若いシリウス様をお支えしてはくれないかしら? それは貴方達の新たな生きる糧にはならない?」
俺たちを真っ直ぐに見据え、ミカエラ様はそう話を締め括った。
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あの時は暫く考えたいと即答を避けた俺だったが、結局、この国でシリウス様をお支えする事に決めた。
それから暫くしてシルベールとイヴァンナの処刑が終わった後、俺は彼女にその報告がしたいと言ったアルドベリクから、エリスの墓へと誘われた。きっと彼も自分の中で答えを出したのだろう。
「ジュリアスの助命を議会に認めさせたらしいな」
エリスの墓へと向かう馬車の中、俺はアルドベリクに問いかけた。
「ええ、イヴァンナからの最期の願いでした。自分が悪事に手を染めたのは自業自得。でも、ジュリアスは何も知らなかった謂わば犠牲者だと彼女は言いました。実際にはジュリアスは事を隠蔽する為に侍女長の命を奪っています。ですがその反面、侍女長は彼から妻と子を奪った実行犯でもあります。難しい所でしたが何とか幽閉で議会を通しました。ただ、私が地位を失えば彼の命もどうなるか分からないと言う、不安定なものですが…」
彼は俺の問いにそう説明した。俺はアルドベリクのその言葉で彼が宰相として、シリウス様をお支えする決意を固めたのだと悟った。
「だが、君がイヴァンナの願いを叶えるなんてな。彼女の事を恨んでいたんだろう?」
「ええ、勿論です。許す事は一生出来ないでしょう。ですが、私は今回の事で彼女の生い立ちを調べました。ただほんの少しイーニアに容姿が似ていた。ただそれだけで、彼女は幼少期、実の母親と祖母から虐げられて育った。もう2度とあんな生活には戻りたくない…。その思いが、彼女の人格形成に大きな影響を与えていた事は紛れもない事実でしょう。現に彼女は処刑前、深く反省の態度を見せていた。だから1つ位、彼女の願いを聞いてやろうと思ったのです。強いて言うならば最期の花向けですよ」
最期の花向け。
俺もイヴァンナにそう言って、彼女の願いを叶えた。案外、俺とアルドベリクは似ているのかも知れない。
だからなのか……? エリスが彼を好きになったのは……。俺は馬車に揺られながらそんな事を考えていた。
「私への恨みや憎しみがもし貴方様の生きる糧になるのならば、私の事を永遠に恨み続けて下さい。イヴァンナは俺に最期にそう言ったよ。だが、恨みを糧にはしたくない。そう考えると、シリウス様をお支えする事の方がずっと生きる糧には相応しいと思ったよ」
俺はアルドベリクに伝えた。
「恨み続けて下さい……。そうですか……」
アルドベリクは頷きながら、視線を落とした。
イヴァンナとジュリアスは従兄妹同士だった。もし、違う出会い方をしていたら、2人は今も互いに笑い合っていたのかも知れない。
そう考えると、ミカエラ様の仰った言葉の重みを感じた。
「上に立つ者が誤った判断を下せば、それだけで国は簡単に揺らぎ、それに寄って苦しむ人が出るのです…か」
すると、前に座るアルドベリクもまた、俺と同じ事を考えたのかそう呟いた。
やはり俺たちは似ている様だ。
「ジュリアスの幽閉されている塔に見張りの騎士を雇いました。彼は命を狙われる恐れもありますので…」
「そうか……。そうだな……」
俺が頷くと彼は告げた。
「その騎士の名はカイザード・ロッシと言います。腕の立つ騎士です。天国のイヴァンナもきっと安心する事でしょう」と…。
暫くすると馬車が止まった。
「ここにエリスが眠っています。セオドリク様が来てくださって彼女も喜んでいるでしょう。私も良く貴方の話を彼女から聞きました。向日葵は兄がアルテーシア様の輿入れに当たり、彼女に送った花だと。そう彼女は教えてくれました。向日葵は自分も大好きな花だと…。彼女はそう言っていました」
アルドベリクに教えられ馬車の扉を開いた先には、一面の向日葵畑が広がっていた。
これにて完結です。最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。