表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/36

彼女の死 公爵セオドリク・ウィルターン⑥

イヴァンナの処刑が執行される日、俺は朝からイヴァンナが囚われている地下牢を訪れた。


「今日の午後、お前の処刑が執行される事が決まったよ」


 別にそんな事を態々教えに来る必要なんてなかった。ただアルテーシアとエリスを殺めたこの女が、それを聞いて最後にどんな顔をするのか見届けたいと思ったのだ。


「そうですか……。お知らせ頂きありがとうございます」


 意外にもイヴァンナは顔色一つ変える事なく、そう言って頷いただけだった。彼女のその姿を見た俺は、彼女はとうに自分の死を受け入れていたのだと気付いた。そう言えば彼女は馬車の中でも終始俺に向かい、謝罪の言葉を繰り返していた。


『それでも私は貴方に、謝る事しか出来ないのです』と……。


 馬車の中で彼女は、伯母イーニアに容姿が似ていたせいで、幼い頃から母と祖母に疎まれて育ったと言っていた。時には暴力を振るわれた事もあったそうだ。


 そんな彼女をシルベールは養女として公爵家に向かい入れた。勿論彼女の生い立ちを利用し、自分の意のままに操る為だったが、虐げられていたイヴァンナからしてみれば、それは天からの助けの様に感じられたことだろう。


 だから彼女は、シルベールから与えられた役割を必死になってこなした。妃教育も優秀だったと聞く。


 もし、シルベールが王弟一家を殺害したりしなければ、彼女はきっとジュリアスの妻となり、王子妃として幸せな未来を築いていたかも知れない。


 そう考えれば彼女もまた、シルベールの野心の犠牲者だ。


 俺にとってイヴァンナと言う女は、八つ裂きにしても足りないほどの憎い相手だ。


 だが、シルベールによって幸せを壊さたと言う意味では、俺たちは似た者同士なのかも知れない。


 だからだろうか? つい親切心から言ってしまった。


「もし、誰かに何か言い残したいことがあるなら、俺がことづかってやる」


彼女は、そんな俺に驚いたようにに目を見開くと、軈て俺の前に1枚の古ぼけたハンカチを差し出した。


 「これは……?」


俺はイヴァンナに問いかけた。


 「カイザードさんにお借りした物なのですが、洗う事も出来なくてずっと持っていたんです。でもそのハンカチ、刺繍が施されてあるし、かなり古い物だと思うんです」


 そう言われて見てみると、確かにカイと刺繍が施してある。


「とてもカイザードさんにとって大切な物だと思うんです。もしかしたらその刺繍、伯母が刺したものなのかも知れません。だから、カイザードさんは肌身離さず持っていたのではないかと思ったのです。洗って返せなくて本当に申し訳ないのですが、セオドリク様が声を掛けて下さったのも何かの運命かもしれません。もしセオドリク様がカイザードさんに会う機会があれば、お返ししては頂けませんか? それと、優しくして頂いてありがとうございました。貴方のおかげで人として死ねますと……そうわたしが言っていたとお伝え願えませんか?」


 彼女は縋る様に俺にそう願った。


「……分かった…。約束する。必ず返しておくよ」


 すると、俺のこの答えを聞いたイヴァンナは花が綻ぶ様に嬉しそうに笑った。


 そして、ありがとうございます…宜しくお願いします……と何度も何度も俺に礼を告げた。


 この日、彼女の口からは、俺やアルテーシア、エリスに対する謝罪の言葉は全く出ては来なかった。


 その代わり、彼女は最期に言った。


「では、私は立派に役目を果たして参りますね。そして、私への恨みや憎しみがもし貴方様の生きる糧になるのならば、私の事を永遠に恨み続けて下さい。そして貴方は絶対に生きて下さい。今日は知らせに来て下さり、本当にありがとうございました。最期に貴方にお会い出来て本当に嬉しかった……」


彼女は最後まで気丈に振る舞っていたが、俺にこの言葉を告げた時だけは目にうっすらと涙を浮かべた。


 その時俺は、アルドベリクから以前聞いた話を思い出した。彼が公爵邸を尋ねたとき、使用人達は皆、彼女を優しい人だと言った。だが、彼女はジュリアスとの婚約を解消される。ジュリアスの元へアルテーシアが嫁いで来ることが決まったからだ。


 その結果、彼女は公爵家での立場をなくした。


『今まで彼女に優しかった公爵家のご家族は皆、手の平を返した様に彼女に冷たくなりました。その頃のイヴァンナ様はいつも、子爵家に返されるかも知れないと怯えておられました。その頃からです。彼女が変わってしまったのは……。彼女は全てにおいて極端に保身に走る様になった。そして、側妃とし陛下に嫁がれてからの彼女は、その寵愛を盾にそれまでとは違い、全ての人に対し、尊大に振る舞う様になっていかれました』


俺は彼女が憎い。


 だが、もしイーニアに似ていなければ……。子爵家で虐げられていなければ……。何よりシルベールと出会っていなければ……。


 そのどれか一つのピースでも外れていたならば、きっとイヴァンナはこんな悲劇的な最後を迎える事はなかったのにと思わずにはいられなかった。

 

 結局、彼女は俺が部屋を出て扉を閉めるまでの間、ずっと、頭を下げ続けていた。


 彼女の最後の言葉は恐らく、彼女の死後復讐という生きる糧を失う俺を案じての事なのだろう。


「永遠に恨み続けて下さい……。そして絶対に生きて下さい……」か。


 牢を出た俺は扉を背に1人呟いた。


 その日の午後、中央広場に連れて来られたイヴァンナはシルベールと同じ様に手を後ろで縛られ、足には枷がつけられていた。


 集まった民衆はシルベールの時よりも更に増えている。


 それもそのはず。


 ジルハイムが処刑に先立ち発表したイヴァンナの罪は、王妃とその侍女を殺めたこと。


 特に国王の子を宿した王妃を、保身のため食事も与えず餓死させた事が伝えられると、民衆達の怒りは頂点に達した。


 民衆達はイヴァンナが処刑場に姿を見せると、一斉に罵声を浴びせかけた。


「この悪女!」


「人でなし!」


「娘が餓死させられたんだ! ジルハイムが怒るのも無理はないよ! 全部アンタのせいじゃないか!」


「お腹に子供がいた王妃様に食事も与えないなんて人間のする事かい!?」


「おまけに薬まで盛っていたそうじゃないか!」


「うちの子達はあんたのせいで満足にご飯も食べられなかったんだ!」


 震災のため愛する人と引き離された悲劇の公女……。


 国民からそう同情され、持ち上げられた公女の姿はもうどこにも無かった。処刑場に集まった民達は皆、イヴァンナを悪女だと罵った。


 先程のシルベールの時と違う事は、彼女の周りを兵達が取り囲んでいるにも関わらず、小石や物が投げつけられている事だ。ジルハイムの怒りの原因が、王女を殺めた彼女にあると皆から思われているからだろう。


 それに加え、お腹に子を宿したアルテーシアを餓死という残酷な方法で殺めた事がそれに輪をかけた。


 人と言うのは勝手なものだ。全ての元凶は私欲に走り、国を自分の思い通りに動かそうとしたシルベールだ。そんな彼は最期まで己の罪を悔いる事なく、ただ命乞いだけに終始したと聞いた。反対にイヴァンナは全ての罪を背負い、自分の死を受け入れた。


 それでも民衆はシルベールより彼女を悪だと言う。それは自分達が味わった苦しみの原因が彼女だと認識しているからに他ならない。


「こら! お前達やめろ! あ! こら! やめないか!!」


 兵達がいくら止めても、民達は次々に物を投げつける。


 ついには、イヴァンナの額に石が当たった。足の枷を外された彼女は額から血を流しながらも、民衆から放たれる罵詈雑言の中を断頭台へ向かって真っ直ぐに歩んで行く。


 そして断頭台に辿り着くと、自分をここまで守ってくれた兵達に頭を下げて礼を述べた。


「私の為に痛い思いをさせてすみませんでした」と……。


 彼女の首が断頭台に固定された。


 刑の執行を告げるのは今回もジュリアスだ。


 彼は震えながら手を上げたが、次の言葉を発する事が出来ないでいた。


 ジュリアスがイヴァンナを見つめる。


「早くやれー!」


 なかなか執行の言葉を発しないジュリアスに、民衆達から非難の声が湧き上がった。


 すると、イヴァンナはジュリアスに向かって微笑み掛け、次の瞬間、瞳を閉じた。


 イヴァンナのその仕草を見たジュリアスは諦めた様に頷いた。


 そして…。


「これより…王妃とその侍女、そして王妃の腹に宿った子を殺めた大罪人イヴァンナの処刑を執り行う!」


 震える声で叫んだジュリアスは、先程から上げ続けていた手を漸く振り下した。


「ウォー」


 次の瞬間、先程のシルベールの時よりも遥かに大きな歓声が上がった。


 こうして、稀代の悪女イヴァンナは、その短い一生に幕を下ろした。















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ