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真実 側妃イヴァンナ⑥

「なぁ、お前はこの話を聞いておかしいと思わなかったか? シルベールはジルハイムにビラを撒かれてさえ、支援金の支払いを断るような男だ。そのシルベールが何故、伯爵家にだけは手を差し伸べたのか……」


 言われてみれば確かにそうだった。


 私は彼の言葉にこくりと頷いた。


「実はな、シルベールが伯爵家に支援したのには理由があった。伯爵の妻はリカルド様の奥方と貴族学院の同級生で親しい間柄だったそうだ。奴は始めからそれを調べあげていた。それだけではない。侍女長が侍女として王宮に上がっていることもその頃には既に知っていたんだ。つまり最初から伯爵家を利用する気で支援したって事だ」


「最初から利用するつもりで……」


 私は愕然とした。人の不幸でさえも自分が権力を得るためには利用する事を厭わない。


 義父の恐ろしさを改めて感じた。


「ああ、そうだ。震災のせいで心を痛めた妻が、会いたがっている。もし許されるのなら、相談に乗ってやってくれないかとでも言われれば、リカルド様だって断れないだろう? シルベールはな、人の心情を巧みに利用したんだよ」


その後続けられた彼の話は信じられないものだった。シルベールに命じられた伯爵は、呼び出したリカルド様一家の食事に睡眠薬を混ぜ、眠ったご一家を馬車に乗せた。


 そして翌朝伯爵はリカルド様一家の末路を知った。馬車は落石事故に遭い、リカルド様一家は亡くなった。


 私はこの話を聞いて、義父の恐ろしさに体が震えた。


「恐らく実際に手を下したのは金で雇ったその道のプロだろう。馬車の上に石を落とし、落石事故に見せかけるなんて、まともな人間には出来ないからな」


 確かにそうだ。エラルド陛下はこのリカルド様一家の死に疑いの目を向け、詳しく調べるよう指示されたと聞いていた。


 でも、どれだけ調べも何も出て来なかったのだ。だからリカルド様一家の死は事故として処理された。


「お前の事も同じだ。お前はイーニアの姪だ。ジュリアスは幼くして母親を失った。そんな彼に奴はお前が母方の従兄妹だと告げ、お前の容姿がイーニアに似ていると囁いた。そうすれば亡き母への恋慕からジュリアスがお前に興味を持つのは当然だ。その結果、シルベールはまんまとジュリアスの婚約者にお前を据える事に成功した。お前はその出自ゆえ、奴に利用されたんだよ」


 そして私をジュリアスの婚約者に据えた義父は、何としてもジュリアスを王位につけたかった。だがそれにはリカルド様ご一家が邪魔だった。


 だから伯爵を操り、リカルド様一家を事故に見せかけて殺めたのか……。


「ま……まさか……そんな……」


 そんな言葉しか口からは出て来ない。それ程に、この話は私にとって衝撃的だった。


 私は知らない内に、その義父の野心の片棒を担いでいたのだ。


「結局、リカルド様一家の死がアルテーシアの運命を変えた。何しろそのせいで王家の血を1滴も持たないジュリアスが国王の座に収まったんだからな」


 彼はそう説明してくれたが、私は彼の話しを聞きながらも、ふと疑問に思った。


 この人は私の事をとても憎んでいるはずだ。


 現に今も彼の私を見る瞳はとても冷たい。きっと本当は私の顔なんて見たくもないし、話だってしたくもないはずだ。


 それなのにどうして……。


「ん? どうかしたか?」


 私の戸惑いに気付いたのか、彼は私に問いかけた。


「いえ……あの……先程からどうしてそんな大切な話を私にして下さるのかなと思って…」


「何だ? 俺に話し掛けられのは不服か?」


 私が恐る恐る答えると、彼は苛ついた様な表情を浮かべながらそう言った。


「いえ、そんな事は決してありません。だだ…貴方は私の事が憎いでしょう?」


 何故こんな当たり前の事を、本人に面と向かって聞いてしまったのか…? 彼からどんな答えを求めていたのか…? 


 つい、本当につい口を突いて出てしまったのだ。


 でも、彼から放たれたのは当たり前の答えだった。


「憎い? 憎いなんて簡単なものじゃない。今すぐにでもこの手で八つ裂きにしてやりたい位だよ」


 彼はまた、私に射殺さんばかりの眼差しを向けた。


「……っ!」


 でも彼の次の言葉で、何故彼が私にこんな話をしてくれるのかの謎が解けた。


「だがな、カイザードに頼まれたんだ…。彼はお前をずっと気に掛けていたよ」


「……カイザードさんが……ですが?」


 駄賃だとパンをくれた時の、私に向けてくれた笑顔を思い出す。目の前の男の言葉を聞いて、こんな私を気に掛けてくれた人がいた事が嬉しかった。


「ああ、お前はシルベールに言ったんだろう? 何も知らないまま死んでいくのは嫌だと。だからカイザードは、これから死出の道を歩むお前に、責めてもの花向けとして真実を教えてやって欲しいと俺に向かって頭を下げた。そうでなければ、俺は今、この馬車にすら乗ってはいないさ」


 そうか……。


 あの時やっぱりカイザードさんは、私とシルベールの会話を聞いていたんだ。


 だから、私のためにこの人に頭を……。


 カイザードさんの思いやりに触れ、私は彼に貰ったハンカチを手に握り締めた。目の前の男は続ける。


「俺はカイザードもまた、俺たちと同じ様にシルベールに運命を翻弄された仲間だと思っている。だからカイザードの願いを聞き入れてやりたかった。前にも話したと思うが、アイツはいきなり攫われ、あの何もない部屋で何年もの間、ずっと閉じ込められていた。あんな場所に何年もだ。勿論、お前達の様に食事を与えられていない訳ではなかった。だが、それはイーニアを従わせるための人質として、アイツを生かしておかなければならなかったからだ。その証拠に、アイツには逃げられない様に常に見張りが付いていたらしい。そしてイーニアが死ぬと、アイツは森の中に置き去りにされた。獣達の餌として、跡形もなく、アイツと言う存在をこの世から消し去るために……な」


 私があの部屋にいたのはほんの数日の間だ。それでも、何もないあの部屋にいるのは、息が詰まりそうで本当に辛かった。


 そんな所にいきなり攫われ何年も監禁されていた。


 然もそれは、愛する人を自分を使って脅す為。


 それを知ったカイザードさんの気持ちを考えるだけで、胸が締め付けられる様な思いがした。


「カイザードは言ったよ。あの小屋の中で、自分の唯一の心の支えがイーニアだったと。彼女にもう一度会いたい。ただその思いだけで、彼はあの何もない虚無な時間を耐え抜いたんだと。だから森に置き去りにされた後も、彼は必死に獣達と戦った。そうして命からがら逃げて、彼は2人が暮らした家を目指したそうだ。だが、そこに辿り着く前に、カイザードはイーニアの死を知った。それもそうだろう。イーニアはエラルド陛下の寵妃だったんだ。王子を産んだ彼女の死は、当時、市囲でもかなりの話題になっていたらしいからな」


 そんな……。命からがらやっとの事で助かった彼を待っていたのは、愛した女性の死だなんて……。

 

 私はあまりの事に息を飲んだ。


「アイツは其れを知った時、これから先、何の為に生きれば良いの分からなくなったと言ったよ。だが、そのうち思ったそうだ。何故、自分達のささやかな幸せが壊されなければならなかったのか、その理由が知りたいと。だからお前にも死ぬ前に真実を教えてやって欲しい……。そうカイザードは言ったよ」


『なぁ、何故イーニアだったんだ。教えてくれよ』


 カイザードさんはシルベールにそう詰め寄っていた。


「それで…本当の理由は分かったんですか?」


 私は縋る様な気持ちで彼に問いかけた。


「ああ、分かったよ。その理由は俺からカイザードに伝えた。」


 彼は私にも事のあらましを教えてくれた。


 それが全ての元凶だったからと。


 前国王エラルド陛下と王妃ミカエラ様は非常に仲睦まじいご夫婦だったが子に恵まれなかった。仕方なく陛下は周りの勧めもあり側妃を娶った。


 だが、側妃との間にも子を成す事が出来ない。


 すると周りは、陛下は子が成せぬ体なのではないかと訝しむようになった。陛下は確かめたかったのだ。原因は本当に自分なのかと。


 何故なら王妃ミカエラ様は、子が出来ぬせいでずっと石女だと揶揄されて来た。彼女はその周りからの心ない中傷に耐え続け、挙句、自分は側妃を迎えた。


 陛下は、ミカエラ様が仕方のない事だと気丈に振る舞ってはいたが、その実、陰で涙を流していた事を知っておられた。


 これが最後。3度目の正直。陛下は第二側妃を迎える事が決まった時、そう仰ったらしい。


 そんな陛下にシルベールが囁いた。


 『それならば子を産んだ経験のある女性を娶られてはどうですか。そうすれば真実がはっきりするでしょう』


 陛下はシルベールのその言葉に頷いてしまった。彼もまた真実が知りたかった1人だったのだ。そうして選ばれたのか第二側妃アイシス様だった


「そんな……。血統を重んじる王家に嫁ぐには、純潔である事が求められるはずです。側妃とは言え王家に嫁ぐのです。身元は徹底的に調べられる筈です」


 私もジュリアスに嫁ぐ時調べられた。


「ああ、そうだ。だからシルベールは新たな人間を作り上げたんだよ。戸籍を操作してな」


「戸籍を操作……」


 私は彼の話をとても信じられない思いで聞いていた。





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