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真実 側妃イヴァンナ⑤

 小屋の外に出た私は、日の光が眩しくて瞼を閉じた。その後ゆっくりと瞼を開くと、青々と茂った木々が目に飛び込んで来た。


 そう言えば、此処が森の中だった事を思い出す。


 風が心地よく吹いていた。その風でゆらゆらと葉を揺らす木々の青をとても美しいと感じた。


 此処に来る前はそんな事、考えた事も無かった。そもそも王宮内に植えられている木々を見上げた事すらなかったのだ。


 でも王都へ戻ったら私は処刑を待つまでの間、恐らく牢に入れられるのだろう。


 そうなればまた、何も無い薄暗い部屋での生活が待っている。


 今、私が感じている光の眩しさも、風の心地よさももう感じる事は出来ないだろう。


 そう考えるとそれが、とても貴重なものの様に思えた。


 この場所は私と言う人間を変えた。


 私は馬車に乗り込む前に、1歩立ち止まり周りの景色を眺めた。


 もう二度と見る事も訪れる事もないこの場所を、しっかりと目に焼き付けておく様に……。


 驚いた事に小屋の前には2台の馬車が停められていた。


 どうやら私と義父は、別々の馬車で王都を目指す様だ。


 てっきり義父と同じ馬車に乗せられるのだと思っていた私は、少しだけほっとした。


 私の首を締め上げた時の義父は明らかに常軌を逸していた。あの時、カイザードが助けてくれていなければ、今頃私はどうなっていたか分からない。


 それ程に追い詰めらた今の義父は恐ろしかった。


 本音を言えばもう義父とは一緒に居たくなかった。


 でも、ほっとしたのも束の間。


 私と同じ馬車に乗り込んで来たのは、カイザードではなく、あの男だった。


 然もこの馬車に私の他に乗り込んだのは彼だけ。


 つまり私は、王都までこの男とたった2人きりで過ごさなければならないと言う事だ。 


 彼は私の前の席に足を組んで腰掛けた。


 この人が王妃様の愛した人……。私は彼を見つめた。目の前に座る王妃様の愛した男は、今も私に殺意の籠もった目を向け、それを隠そうともしていない。


 だが、今なら分かる。私は彼から愛する人をあんな残酷な方法で奪ったのだ。彼が私を憎むのは当たり前の事だった。


 詫びなければと……そう思った。でも、明らかに私に対して憎しみの感情を向けるこの人にどう話を切り出せば良いのか分からない。


「何だ? さっきから俺の事をジロジロ見て。そんなに俺が物珍しいか?」


 戸惑い逡巡していた私に、以外にも彼の方から話し掛けて来た。


 私は目の前に座る男に頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」


「申し訳ありませんだと? 随分と浅い謝罪だな。だが、まぁ良い。お前のそれは一体、何に対する謝罪だ?」


 彼は更に不機嫌そうに顔を歪めた。


「……貴方にとって王妃様がどれ程大切な存在だったのか、カイザード様にお聞きして知りました。私は自身のつまらない嫉妬心と保身ののために、貴方の大切な人を殺めてしまいました。自分自身が経験してみてやっと分かりました。私は本当に愚かでした。どんなに謝罪しても、もう取り返しがつかない事は分かっています。お願いです……。貴方が私を許さない事は分かっています。でも、私には謝る事しか、他に貴方に出来る事はないのです。だから……だから……お願いします……。せめて謝らせて下さい……。申し訳ありませんでした……」


 私は何度も何度も頭を下げて詫びた。途中、申し訳なさに涙が出て来た。だが、そんな私を見て彼は腕を組んで先程より更に険しい表情を浮かべた。


「……それだけか?」


「……っ!」


 彼の放つ怒りを含んだ声音に、次の言葉が出て来ない。すると彼は苛ついた様に、もう1度私に問いかけた。


「何を驚いた顔をしている? 俺は、お前が謝罪しなければならない相手はアルテーシアだけかと聞いている?」


「あっ……」


 声が漏れた。


「気付いたか? カイルが言った様に、以前より少しはマトモになっている様だな。ああ、そうだよ。今回の件でお前が殺したのはアルテーシアだけではない。少なくともお前は、この件で彼女以外に、後2人の女性の命を奪った。1人はアルテーシア付きの侍女。そしてもう1人は侍女長だ。お前の口からは、その2人に対する謝罪も懺悔も一切出て来ていない!」


 彼はそう言って声を荒げた。


「なぁ、お前は知っているか? 侍女長の生家の伯爵家の領地は、5年前の地震で甚大な被害を受けた。その時に手を差し伸べたのがシルベールだ。それ以来彼女の生家は、シルベールには逆らえなくなった。侍女長もまた然りだ。だから、彼女はお前の命に逆らう事なく従い続けた。その結果、事を隠蔽しようとしたジュリアスによって見せしめの様に斬り捨てられた」


 侍女長にそんな事情があったなんて知りもしなかった。興味もなかった。あの頃の私は、彼女の事はただ自分の言う事を何でもよく聞く便利な道具位にしか思っていなかった。


 「ふっ。その顔は……。彼女の事など考えた事もなかったか? だがな、誰かの命が失われればその裏には必ず、嘆き、悲しむ者達がいるんだ。例えそれがお前にとっては取るに足りないと、考える事さえしなかった者達だったとしてもな!」


 彼はそう言って私を真っ直ぐに見据えた。


「ついでに教えてやるよ。お前は何故、此処へ来てからシルベールがだんまりを決め込んでいたか分かるか?」


 私は戸惑いながらも首を横に振った。


「……いえ、分かりません」


 すると彼は大きくため息を1つ吐いた。


「あの男はな、人の弱みに漬け込んで相手を巧みに操り、自分の意に沿わない相手を始末させていたんだ。ほら、お前も考えてみろ。覚えがあるだろう? だから、自分が何も話さなければ証拠なんて何も無いと鷹を括っていたんだよ。実際にあの男は自分の手を何も汚していないんだからな」


 《あの女は援助を餌にお前からジュリアスを奪った悪女だ》


 《そうか……。なかなか子が出来ぬか? それは困ったな。それではお前の立場がないでは無いか。やむおえない。ではジュリアスの代わりに私が其方に子を授けようではないか……》


 《あの女が子を孕んだ。あの女は邪魔だ……。始末しなければお前の立場が危うい》


 お前から奪った。


 お前の立場が危うい。


 義父の言葉が頭の中に甦える。


 そうか……。義父は私のためだと言いながら、私の中に芽生えた恐怖心や嫉妬心を煽り、私を自分の意のままに操っていたんだ。


「だがな、お前達が逃げた後、ジュリアスは侍女長の生家の身分を剥奪した。アルテーシアを殺めた実行犯の生家としてな。その結果、守る物を失った伯爵家はついに白状したよ。王弟一家の事故の裏に隠された真実をな」


「裏に隠された真実……。ではあれは事故では無かったのですか?」


 私は彼の言葉に目を見開いた。


 その頃、私はまだジュリアスの婚約者として、王宮で妃教育を受けていた。


 だからあの時の事ははっきりと覚えている。


 それこそ、王宮中がひっくり返る様な騒ぎだった。


 何しろ王弟リカルド様は当時王太子の立場におられたのだから。然も、その事故で王弟ご一家は全て亡くなったのだから当然の事だろう。


「ああ、さっき俺は侍女長の生家の伯爵家は、あの地震で甚太な被害を受けたと話しただろう? 事故の時、王弟リカルド様が視察に向かっていたのがその伯爵家の領地だった…」



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