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罪と罰 側妃イヴァンナ②

結局、カイザードを襲った事で、私達は3日ぶりの貴重なパンを失った。


 次のパンが運ばれて来るのは、また3日後だ。私は目の前が真っ暗になった。既にお腹が減って限界だった。


 薄暗い蝋燭の火だけが灯るこの部屋には、本当に何もなかった。眠る為の2つのベッドと、この簡素な部屋にはそぐわない少し大き目のテーブル。ただそれだけ。座る為の椅子さえないのだ。時間を潰す為の物が何もないこの部屋にいると、時間が酷く長く感じ、私達が此処に来てからどれだけの日が経っているのか、今が朝なのか夜なのかすら見当も付かない。


 そんな中でただひたすら、次のパンを待ち侘びた。


 カイザードが話をする時間はたっぷりとあると言った義父だが、此処に連れて来られてからはとても不機嫌で、私が何を聞いても答えてはくれない。


 ただ、義父が何も答えないのは恐らく、彼らの言った事が全て事実だからなのだろう。


 兎に角、このままでは私達は間違い無くいずれ死んでしまう。そんな死と隣合わせの生活をしているのだ。義父が不機嫌なのも仕方がないと思い、私は聞く事を諦めた。


 それから暫く経った頃、この部屋に来てからずっと感じていた空腹感をあまり感じなくなってきた。


 その代わり、何をするのも億劫になり、手足が冷たいと感じる様になった。私は、その冷たさを凌ぐため、極力ベッドの上で寝て過ごす様になっていた。


 パンはまだなのか?


 何度も叫び出したい衝動に駆られた。自分がどうにかなりそうだった。


 どれ位の時間が経ったのか。暫くして漸く扉が開いてカイザードが部屋に入って来た。やっと3日が経った様だ。


 手には前回と同じ様にパンの置かれたトレーを持っている。


 彼はそれをテーブルの上に置いて、私を見て声を掛けた。


「布団を被っているが寒いのか?」


「…いえ。ただ手足が少し冷たく感じて…」


 私がそう答えると、彼は少し瞳を伏せ眉を寄せた。


「次はまた3日後だ。慌てずゆっくりと味わって食え。水をしっかりと飲むんだぞ」


 だが、カイザードはそれだけ告げると、また部屋から出て行った。


 私が重い体を奮い起こし、ベッドから出てパンを取りに行こうとした時だ。


 義父が私を突き飛ばし、トレーごとパンを奪った。


「え? 義父様、そのパン、1つは私の…「うるさい!!」」


 そう言い募ろうとした私を、義父は怒鳴り付けた。


「元はと言えばお前が王妃を殺したからだろう! 私はお前の巻き添えになっただけだ! 食い物が無いんだ! これは2つとも私の物だ! お前はそこで寝ていれば良いだろう!!」


 そんな…。


 そんな…。


 ただでさえ6日ぶりの食べ物なのだ。


 次はまた3日後。ダメだ。このまま何も食べなければ、死んでしまう。それだけははっきりと分かった。


 絶対にパンを取り戻さなければ!


「お願い…。お願い…。返して…。それが無いと私…」


 私はふらふらと義父に手を伸ばす。


 すると義父はまた私を払い除け、徐に床に座ると目の前で2つのパンを鷲掴みにし、むしゃむしゃと食べ始めた。


「あ……私のパン……」


 私は絶望し、その場にへたり込む。


「どうだ! これでパンは私の胃の中だ。もう取り戻す事は出来まい!」


 義父がそう言って歪な笑みを浮かべたその時だ。


「うっ…!」


 急に義父が胸を押さえ、苦しみ出した。


「え? 義父様、義父様! 大丈夫ですか!」


 驚いた私は義父に呼びかけた。


 だが義父は私に答える素振りもなく、苦しみながら倒れ込む様に床に蹲うずくった。


 ただ事では無いと思った私は、必死に助けを求めた。


「カイザードさん! カイザードさん! お願い! 助けて!!」


 私はありったけの声を張り上げ、彼の名を呼んだ。


 その叫び声が聞こえたのだろう。


 カイザードが勢いよく扉を開き部屋に入って来た。


 トレーに乗った2枚の皿。その前で苦しそうに蹲る義父を見て、カイザードには直ぐに状況が飲み込めたのだろう。義父の喉に手を入れ、無理やりパンを吐き出させた。


 ひとしきりパンを吐き出させると、義父は少し楽になったのか、その場に力なく倒れ込み、そのまま気を失った。義父のその様子を見ていた私にある疑念が思い浮かんだ。


「暫くこうして寝かせておけば大丈夫だろう」


 シルベールの様子を見たカイザードが、ほっとした様な笑みを浮かべた。そんな彼を私は睨み付けた。


「……もしかして、パンに毒を塗ったのですか?」


 私がそう問いただすと、彼は顔に怒りの表情を浮かべた。


「心外だ。お前達を此処へ連れて来た時、もう1人の男が告げたはずだがな。俺たちは優しいから薬は盛らないと…」


「では、何故義父はこんなに苦しんでいるんですか?」


 それでも、私はどうしても納得出来ずに彼を問い詰めた。たった3日に1度だけのパンでさえ安心して食べる事が出来ないなんて…。そう思ってハッとした。私は王妃様に同じ事をしたのだと。


「そうか…。分からないか? そうだろうな。苦労知らずのお嬢様だからな。だから王妃様にもあんな酷い仕打ちが出来たんだろうよ」


 彼もまた私を鋭い目で見つめた。そして「だったら教えてやるよ」と言って話し始めた。


「いいか? お前達は何日も何も食べてはいない。すると、胃は活動を止め萎縮する。その男はな、そんな休眠状態の胃に、いきなり食べ物を無理やり流し込んだんだ。その結果、胃が耐えきれず拒絶反応を起こしたんだよ」


「拒絶反応…?」


「ああ、そうだ。だから俺は声を掛けたはずだ。慌てずゆっくりと食べろとな。折角のお前からの質問だ。ついでに教えてやるよ。お前達の末路をな」


「末路…?」


 私は彼の言葉に衝撃を受け、ただ彼の話す言葉を繰り返すばかりだ。


「長い間、栄養を取らなければ体は低血糖状態になる。その結果、体中に栄養が行き渡らず末端の手や足に冷えを感じる。恐らくお前は既にその段階に入っている」


「あ…」


 思わず声が漏れた。だからカイザードは私に聞いたんだ。寒いのか…って。


「その後は体が衰え、どんどん衰弱していく。だが、頭ではしっかりと理解しているんだよ。自分が着実に死に向かっている事をな。怖い…。恐ろしいなんてものじゃない。同じ死ぬにしても毒杯なんてものの方が、よっぽどマシだろうよ。何せ怖いのは飲み干す前の一瞬だ。だが、餓死は違う。期間が長い。何日もの間、自分の死と向き合う事になる。だがら食い物が無くなると、戦場では同士食いなんてのが起こるんだ。普通の神経じゃ出来ない。恐怖で可笑しくなってるんだよ」


 思わず息を飲んだ。私はこれからの数日をこの部屋でただ死を待つためだけに生きる。怖くて体がガタガタ震えた。


「だからその男はお前のパンを取った。こんな状況下ではよくある話だ。力のある者がない者から搾取する。だが結果的にお前達はまた、今日のパンを失った。人が水だけで生きられる時間は約3週間と言われているらしい。男女差や筋肉量によっても違うらしいが、まぁ、側妃として美しい体型を保ち、侍女達に傅かれ何から何まで他人にやって貰っていた体力もないお前が、何処まで持つか甚だ疑問だな。実際に王妃様は、食事を取らなくなって10日前後で亡くなったらしいしな。ただ彼女は信頼していた侍女が亡くなった心労と、それ以前から悪阻が酷く、体が弱っていたのも死期を早めた原因だそうだかな」


「10日……」


 私は3日毎のパンを既に2回失っている。次にパンが来るのは、此処へ来てから9日後と言うことになる。


 次のパンが来る時、私はどうなっているの?


 彼の言う通りなら、胃の機能が止まった状態でその時私は、パンを食べる事が出来るのだろうか?


 すると、私の思考を読み取ったかの様にカイザードが笑った。


「なぁ、聞いて良いか? お前は嫉妬に駆られて王妃様を殺めたんだろう? その結果、こんな事になった。今、彼女と同じ立場に立ってみて、お前は彼女を殺めた事に後悔はしていないか?」


「……」 


 彼からの質問に私は言葉を失った。


 後悔……。している。あまり前ではないか! 


 だがどんなに泣いても、喚いても、もう取り返しはつかない…。つかないのだ。


「…まぁ、良いだろう。お前に1つ教えてやるよ。亡くなった王妃様の側には、向日葵の花弁を押し花にした栞が落ちていたそうだ」


「向日葵…ですか?」


「ああ、向日葵は愛を告げる花だそうだ。つまり王妃様は、死を待つまでの間、誰かを思いながら死んでいったと言う事だよ。だが、それはジュリアスじゃない。同じ状況にいて、お前は彼女が自分を蔑ろにし、他の女に現を抜かして自分に見向きもしないような男を思いながら死んで行ったと思うか?」


「え?」


私は目を見開いた。


「彼女にも愛する人がいたんだよ」







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