侯爵セオドリク・ウィルターン③
「王妃様はリカルド様御一家とアルテーシア様。俺はアルテーシア様とエリス。共に愛する人を失った者同士です。王妃様、どうでしょう? 俺と協力して共に敵を打ちませんか? それを生きる為の糧には出来ませんか?」
その日、俺はシルヴィア様にそう持ちかけた。
今から8ヶ月程前、ユリウス陛下から突然、登城せよとの呼び出しを受けた俺は、そこでアルテーシア様とエリスの死を告げられた。
俄には信じられず、目の前が真っ暗になり呆然とその場に立ち尽くす俺に陛下は続けた。
「ロマーナ国から表向きに公表された2人の死因は、感染病に羅漢した事による病死だそうだ」
血の気が引くとは正にこの事を言うのだろうか………。頭がぼーっとして何も考えられず体がふらついた。
それに気付かれたのだろう。
「すまぬ。王妃も知らせを受けて倒れてな。ただ、お前にどうしてもこれだけは渡して欲しいと頼まれた。アルテーシアが亡くなった時、倒れた彼女の側に落ちていたそうだ」
そう言って陛下から受け取ったのは押し花で作った栞だった。
押し花とは言っても、それはちゃんとした一輪の花ではない。ひまわりの花びらで作った栞だ。
恐らくひまわりは大きな花だから、栞には出来なかったのだろう。だからアルテーシアは、ひまわりの花びらを押し花にして、それで栞を作り、肌身離さず持っていてくれたのだ。
「あ…嗚呼…ああああー」
その栞を見た瞬間、漸く我に帰った俺は、もう自分の気持ちが抑えきれなくなり、陛下の御前だと言う事を顧みる余裕すら無く、嗚咽を漏らし泣き崩れた。
ひまわりはアルテーシアがロマーナへと出立する日、俺が最後に彼女に送った花だったからだ……。
今から3年前、俺は突然両陛下から王宮に呼び出された。その場で俺はアルテーシアとの婚約の解消を告げられた。
『理由をお聞かせ願えますか?』
そう言い募る俺に両陛下は、彼女は母であるシルヴィア様の祖国ロマーナに王妃として嫁ぐことになったのだと教えられた。当然俺が納得なんて出来るはずはなかった。
『何故です⁉ 俺は彼女を愛してる。彼女だって俺を思ってくれているはずです。それなのに何故婚約を解消しなければいけないのですか⁉』
俺は不敬にも両陛下に食って掛かった。
『済まない。政略結婚は王家に生まれたものの定めなのだ。アルテーシアもすでに納得していることだ』
『そんな……。理由をお教えください。何故今になっていきなり政略結婚の話が持ち上がるのですか? 私には納得できません!』
だがこの婚約解消は俺にとってこれから起きる悪夢のような出来事の始まりに過ぎなかったのだ。
何故ならそれから2年。今度は彼女の死と妹の死をこんな形で知る事になってしまったのだから……。
彼女達の死を知りひとしきり涙を流したあと、漸く少し自分を取り戻した俺は、そこでやっと、先程の陛下の仰った言葉の意味に気付いた。
「表向き? では、実際には違うのですか!?」
「ああ…」
陛下は首肯した。
「その後直ぐに、王妃の元へ義姉である、彼の国の王太后ミカエラ様から手紙が届いたそうだ。その手紙にはロマーナの宰相が集めたアルテーシアの死の真相が、証人達の証言と共に添えられていた。」
「え? 何故宰相が?」
俺は不敬にも、陛下に向かって聞き返してしまった。
宰相と言えば内政を司る、国にとっては重要人物だ。その様な役職にあるものが、国が公に行った公表を覆すなんて、国を裏切ったにも等しい行為だった。本当に信頼出来る情報なのか? そう思った。
俺の言葉の意図に気付かれたのだろう。
「彼はミカエラ様の甥に当たる。王妃が言うには、彼は信頼出来る人物だそうだ」
陛下がそうお答え下さった。
「それで、その手紙に記されたアルテーシア様の本当の死因は何だったんですか?」
俺は怪訝に思いながらも尋ねた。
陛下はそんな俺を見据えながら、悔しそうに血が流れるのではないかと思うほどに強く拳を握り締め答えた。
「……餓死だ…そうだ」
それは腹の奥から絞り出す様な低い声だった。
その陛下の声を聞いただけで、陛下の無念さが伝わってくる様な…そんな声だった。
だがそれでも俺は、確認せずにはいられなかった。
「…餓死…? アルテーシア様はロマーナの王妃として嫁がれたのですよね? それは一体どう言う事ですか…?」
怒りで声が震える。何処の世界に王妃が餓死する様な国がある!?
俺は叫び出したい気持ちを必死に抑えた。
陛下だって娘が亡くなったんだ。泣きたいし叫びたい気持ちは同じだろう。
だが、その後にアルテーシア様が死に至った経緯と、エリスが亡くなった本当の理由を陛下から聞いた俺は、絶対にシルベールとイヴァンナを許さないと心に誓った。
きっとそれはシルヴィア様も同じだったろう。彼女もまた愛する娘を殺された。そして宰相からの手紙には更に続きがあったそうだ。それは王妃様の弟一家もまた、事故に見せかけて殺されていたと言うものだ。
陛下は言葉を繋ぐ。
「だがな、セオドリク。私はその2人だけでは無く、国王ジュリアスの事はもっと許せないのだよ。アルテーシアの腹には彼の子が宿っていたんだ。それなのに彼はアルテーシアの死因を隠蔽した。保身の為にな」
アルテーシアが子を宿していた……。
俺は息を飲んだ。それは彼女が最も望んでいた事だったから。
その為に彼女は俺と別れ、ロマーナ国王に嫁いだのだ。
ロマーナに王家の血を取り戻すために…。
お腹に子を宿しながら、彼女はどんな思いを抱いて死んでいったのか……。
苦しかっただろう……。
辛かっただろう……。
その時のアルテーシアの思いを考えるだけで、俺はまた涙が滲んだ。
エリスにしたってそうだ。彼女は国を離れる時アルテーシアを必ず守ると約束した。その約束を果たせないままその命を失ったのだ。
責任感の強い妹のことだ。どれだけ悔しい思いを抱いたまま亡くなったのか。
考えただけで心が打ちひしがれた。
そんな俺の姿を見た陛下は頭を抱えた。
「お前には本当に申し訳ない事をした……。シルヴィアも知らせを聞いて心を痛めてな。食事すら満足にとれないんだ……」
陛下からそう聞いた俺はシルヴィア様に会いに行った。彼女はベッドに横になっていたが、俺を見ると悲しそうに目を細め起き上がった。
「ごめんなさい。こんな事になるくらいなら、貴方達を一緒にしてあげたら良かった。私が王家の血なんて言うくだらない物に拘らなければ……。あの子にも貴方にも本当に申し訳ない事をしたわ……。あの子の命より大切なものなど無かったのに………」
シルヴィア様はそう言って泣き崩れた。
その時俺は彼女に言ったのだ。
共に敵を取りましょうと……。
******
目の前を馬車が通る。シルベールとイヴァンナを乗せた馬車だ。
私はカイルと、この日の為にとシルヴィア様が遣わせてくれた、ジルハイムの選りすぐりの精鋭の騎士達と共に馬車の前に踊り出た。
そして御者や護衛に向かって叫んだ。
「命が惜しくばここから直ぐに立ち去れ!!」と…。




