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宰相アルドベリク③

 ジルハイム及び周辺国からの支援の打ち切り。


 その書簡を受け取った私は、ロマーナ王国の王家、貴族、そして国民。その全てに対するジルハイムの復讐が始まったのだと思った。


 これからこの国は混乱に陥るだろう。


 だが、この国で裁けぬのならジルハイムによる裁きを……。そう望んだのは誰あろうこの私だ。


 宰相と言う高い地位にありながら、何も出来ず、何も止められなかったこの無力な私なのだ…。


 ジュリアスへの報告を終えた私は、その足で今日起こった出来事の顛末を伝えるため、伯母の住む離宮へと向かった。


 そう……そう……と時折声を出し、相槌を打ちながら私の話を聞いていた伯母は、ユリウス陛下がばら撒いたと言うビラに目を通すと、悲しそうに眉を寄せた。


「ユリウス様は余程悔しかったのね。やり返すだなんて」


「やり返す…」


 訝しむ私に叔母は話を続けた。


「だってそうでしょう? アルテーシアへの噂を利用して、支援を打ち切る為の理由にしたのよ? 根も葉もない噂を流された事への意趣返しをしたの。その上で態々シルベールの家名を書いた」


 伯母はそう言って瞳を伏せた。


 根も葉もない噂。


 確かにそうだった。アルテーシア様の輿入れが、支援と引き換えにジルハイムから押し付けられたものだなんて…。そんな話にはどう考えても無理がある。


 地震が起きたのは5年前。


 反してアルテーシア様の輿入れは僅か2年前の出来事だ。その頃にはロマーナは既にジルハイムからの支援を受けていた。


 そんなこと、少し考えれば分かった事だ。それなのにこの国の民達は何も考えずにその噂を額面通り受け取り、アルテーシア様を悪女だと貶めた。


 腹立たしいのは当事者であるジュリアスでさえ、噂を間に受け、彼女との婚姻は支援国からの要請により断れないものだったなどと言う始末だ。


 彼にそう信じ込ませた人間は分かっている。


「ではあの噂話もシルベールによって意図的にばら撒かれたものだったと?」


 私の問いに伯母は頷いた。


「だってそうでしょう? 本来なら他国から王女を娶って僅か1年で側妃を娶るなんて考えられない事だわ。ましてアルテーシアは支援している側の王女よ。本来ならそんな事、絶対に出来ないし、するべきではない。実際に反対する貴族も多数いたわ。だからシルベールは噂を流して世論に後押しさせたの。これは民意なのだと」


 ではアルテーシア様が輿入れされた2年前には何があったのか? 


 エラルド様が病に倒れられ、ジュリアスが国王の座に着いた。それがこの婚姻が結ばれた本当の理由だ。


 王家の血を引かぬ者が王位に就いた。


 死を間近にしたエラルド様は、漸く自分の犯した過ちに気付いたのだろう。


 シルヴィア様に救いを求めた。シルヴィア様もまた、その事に心を痛めておられた。


 彼女は悔やんでいた。あの時、自分が温情などかけず、ジュリアスに真実を告げ王家より追放していたら……と。


 シルヴィア様が地震災害の支援の話し合いに我が国を訪れられた時、この国には当時王太子だった王弟殿下がいた。その息子ジェラルド様もいた。そしてパトリシア…。彼女がいた。


 シルヴィア様とて、まさかこんな事になるとは思ってもいなかっただろう。


 そして今度は兄であるエラルド様が病に倒れた。然も余命1年の宣告を受けていると言う…。


 兄からの要請を受けたシルヴィア様は、やむ終えずアルテーシア様をロマーナに輿入れさせたのだ。


 祖国に愛する人がいた彼女に…。


 シルヴィア様とてどれ程辛かっただろう。大切な娘に愛する人との別れを告げなければならないなんて…。


 国によって愛する人と引き裂かれたのは、イヴァンナではなく寧ろアルテーシア様の方だった。


 奪われてしまった王家の血を、再び取り戻す為に…。


 ジュリアスとの間に子を儲け、その子を次の王とする為に…。


 そしてもう1つ。王として余りにも未熟なジュリアスを支える為に…。


 そう……。彼女とジュリアスの婚姻は全てこの国ロマーナのために結ばれたものだった。


 大切な母の祖国のためにアルテーシア様は泣く泣くこの国に嫁いで来たのだ。


 それがジルハイムの王女として産まれた自分の定めだと感情を抑え込んで……。


 それなのに彼女は疎まれて殺された。


 今回の事で、王弟リカルド様一家の事故死も、実はシルベールに寄って仕組まれたものだと言う事が分かった。


 シルヴィア様は愛する娘だけではなく、愛する弟一家をも失ったのだ。


 同じ様に、愛する人を2度失った私には分かる。


 許せない……。


 許せるはずが無いのだ。


「シルベールはどう出るでしょう。あの男が本当に国民に支援などするのでしょうか?」


問いかけた私に伯母は首を振った。


「恐らくはしないでしょう。忘れもしないわ。5年前の震災の時、貴方も分かるでしょうけれど、地震ですもの。当然被害の大きかった地域も有れば、殆ど被害を受けなかっ地域もあったの。シルベールの領地は比較的被害の少ない地域に属していたわ。エラルドは、そんな被害の小さかった地域に領地を持つ貴族達から支援金を募った。そしたらシルベールは何て言ったと思う? 『貴族によって支援金を出す者と出さない者がいるなんて不公平だ。大体、被害の大きい小さいを何処で測るのか? 我が領の被害が小さいなどと、一体誰が何の基準で決めたのだ!』そう言って支援金の支払いを拒否したの…」


「ですが、今回は義理とは言え娘は陛下の側妃です。然もビラに名前まで書かれているんですよ?」


「いえ。それでも彼は何らかの言い訳を考えるでしょうね。彼はそう言う男よ。でも、恐らくシルヴィアは其れを承知の上で、あのビラに家名を書いたのだと思うわ。彼女の憎しみはただシルベールとイヴァンナを捉えて処刑するだけでは収まらないのでしょう。あえて二人を民達の前に引きずり出し、彼らが利用した民達の怒りを浴びる事で復讐しようとしている。その為に今は民達の怒りを煽っているのよ」


「では毒杯ではなく斬首……」


そう呟いた私に叔母は頷いた。


「ええ……。恐らくは……」


伯母はそう言って私に1通の手紙を差し出した。


「昨日シルヴィアから届いたの。貴方宛よ」


 そう言って…。


 ******


 物流が止められたこの国には、本当に何も入っては来なくなった。


 物流が止まれば生産も止まる。物を作る為の材料が入って来なくなるからだ。


 ロマーナは失業した者達で溢れ返った。


 直ぐに教会や図書館といった施設を開放した。失業により住む場所を失った人達を保護するためだ。


 だが、食料はそうはいかない。使っても無くならない建物とは違い、食料は食べればなくなる。国からはどんどん食料がなくなり、価格の高騰は深刻な状況だった。


 だが、失業者達にそんな金があるはずも無い。彼らは飢えに苦しんだ。


 私は震災の時と同じく、そんな民達を救うため、貴族達に支援金の支払いを募った。


 そんな中、トラマール領では明らかに異国人だと分かる若い男が炊き出しを行なっていた。


 聞けば彼の元にはまだ、祖国より食べ物が届けられているそうだ。


 軈て彼の作る炊き出しには、長い行列が出来る様になっていた…。


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