96 仲のいい皆で
次の日、僕は打ち上げに行くのを戸惑っていた。
(葉阿戸と気まずいしなー、やめとくか)
♪
ケータイに着信が来た。
竹刀からだ。
『打ち上げ、早く来いよ、家庭教師なんて嘘だろ? 焼肉クイーンで待ってるからな』
『今、僕、葉阿戸に会うの気まずい』
『はーちゃんは風邪で休みだとよ』
『じゃあ行く』
『言い出しっぺがこないんじゃなー。いちに代わるよ」
『楽しいけど、たいが来たほうがもっと楽しいから。早くきなね』
『うん』
電話を切った僕は自分の感情がわからなくなっていた。
(葉阿戸、まだ怒ってるかな? 葉阿戸の家に明日姉さん、まだいるのかな?)
そして焼肉屋まで自転車でたどり着いた。
「たい! こっちこっち」
いちの声に僕は目を向けた。
焼肉屋で10数人が陣取っている。
ネギ塩牛タンやハラミなど焼かれていた。
僕は目立たないように、端っこに座った。
「ありがとう、いち」
「どういたしまして」
「じゃんじゃん焼いてこうぜ」
満がお肉を網いっぱいにのせていく。
「食べ切れる分だけにしろよ」
「いいんだよ、たいも来たんだし。すみません、ライス大盛りで」
「食えるかな?」
「よく来たな。葉阿戸様と公の場でイチャイチャしやがって。お前のそのだらしない身体こそ焼かれて食べられるのがちょうどいいだろ?」
モンが毒づく。
「なんだよ? ひがんでるのか?」
「私に喧嘩売るのか?」
「まあまあ! せっかく楽しい会にしたいって葉阿戸さんが言ってたんだから喧嘩するのは本意でないと思うよ」
「葉阿戸様もこんな青二才によくキスできたな」
「それは葉阿戸であって葉阿戸じゃないんだよ」
「だから、喧嘩禁止!」
「ライスお待たせしました」
「ありがとうございます」
僕はライスと肉を食べ始めた。
お肉は口の中で踊るように、肉汁が閉じ込めてあった。
ガツガツ。
僕は気がつけば最後のひと口になっていた。
「なんかウケる話ない?」
「葉阿戸様と蟻音たいが付き合ってることほど面白いことはないだろう?」
「モンがムカつくから帰るね」
僕は米一粒も残さず食べきって立ち上がった。
「なんだよ、モンと喧嘩しに来たのかよ?」
「そうじゃないけど、はいお金」
僕は竹刀に2000円を渡して店外に出た。
「2組に分かれて王様ゲームしようぜ」
竹刀は僕の視界の隅で明るく喋りだした。
「野郎だけでするのつまらないだろ?」
「そうでもないよ、ね、いち?」
「さて、今日も勉強するか」
僕はトボトボと帰っていった。
(体育祭はリレーがあるから、頑張ろう。部活動リレーもなかなか手を抜けないな)
家につくと、2階に上がり服を着替えて、気合のハチマキを巻いた。得意の数学から勉強し始めると、そう億劫でもない。2時間ほど勉強して外へ走りに行く。
タッタッタッ!
駅近くの公園まで走りながら向かい、つくと、自販機からコーラを買った。ベンチに座りながら飲む。
「ふー疲れるな」
「何してんだよ? たい」
「ええ! 茂丸かー、あーびっくりした」
「葉阿戸かと思った? 残念、茂丸でした〜」
「僕は体育祭に向けて走ってるんだよ。あんたは?」
「俺もそんなところ」
「茂丸も足速いもんな。競争でもするか?」
「受けて勃つ……♡ 負けたらなにか言う事一つきけよ?」
「ここから、僕の家までな。よーいドン!」
僕は助走をつけて走り出した。
茂丸はノロノロとランニングする。某小説のようにランニング状態で足を止めているかのようだ。
それはまさにうさぎとかめだ。
僕は力を抜くことなく走っていく。しかし途中、僕は勝ちを見越して、休憩のために近所の公園のベンチに座った。
ブーブー。
メールだ。茂丸からだ。
『園恋茂丸、確保! 残り1名』
『遊んでんじゃねえよ。早く家まで走ってこいよ』
『あのさ、葉阿戸のこと怒ってないの?』
「あ! そういえば、後夜祭で葉阿戸をゲットしたって話だったな」と僕は開いた口が塞がらなかった。
『とりあえず、僕の家に来い』
『着いてるよ。お前こそ公園で休憩してんじゃねえよ』
『なんで僕の位置が分かるんだ? さては明日姉さんが絡んでいるのか?』
『大正解』
「大正解」
公園の入口に赤いルークスが止まった。窓が開いて1人の美少女が髪をなびかせた。
「茂丸ならあーしの車で君の家にバビューンしたよ」
「それはずるじゃ?」
「葉阿戸から聞いたけど、君ら本気で付き合ってるんだねぇ。あんな事があっても」
明日多里少の言葉は僕の胸に突き刺さる。
(どの事を言っているんだろう。どうしよう、心当たりが多すぎる)
「あの、僕、帰ります」
「そーか、じゃーな」
明日多里少は手を挙げ、窓が開いたまま、車を発進させた。
「葉阿戸!?」
僕は後部座席に葉阿戸と思しき人物が一瞬、見えた。もう放心状態で家に帰った。
「よう、たい。言う事聞くんだろ? 俺と明日姉さんのこと許してくれよ」
「それは2つの願い事じゃないのか?」
「あー、細けえことはいいだろ?」
「許すから。帰ってくれ」
僕は1人になって考えたかった。葉阿戸のことを。
「やったー」
茂丸はいつも通り、ニカッと笑うと、全速力で僕の家から走り去った。
「なんなんだよ、はあ」
僕はため息がちに家に上がった。
「たいちゃん、お帰り」
「ただいま」
「さっき茂丸君が、これを」
「え?」
僕が受け取ったのはハートの形をしたロケットペンダントだ。中を開くと僕と葉阿戸の浴衣の写真があった。
「明日姉さんでもない、葉阿戸だ……」
「1日早いけど、誕生日おめでとう、たい」
「明日、僕の、誕生日だ」
僕は自分の誕生日をすっかり忘れていた。
♪
電話がかかってきた。
着信音がワンコールで切れた。
「また、茂丸のやつ? え? 葉阿戸」
僕のケータイにかかってきたのは葉阿戸からの着信だった。
「かけなさいよ」
「母さんは黙ってて」
僕は2階に上がり、ケータイを手に取った。
プルルル、プルルル、プルルル!
『もしもし』
『葉阿戸? たいだけど。えっと』
僕は言葉に詰まる。
『明日、放課後あいてる?』
『うん、別に用事はないよ』
『駅近くの喫茶店で勉強でもしない?』
『する! 助かるー』
『じゃあ、明日放課後になー』
葉阿戸は笑っているのが言葉でわかるほど上機嫌だった。
「あ、ありがとう」
僕は電話の切られたケータイを耳の側からなかなか離せなかった。