90 浴衣と桜と
次の日。
「おはよう、葉阿戸、コスプレ何にするんだ?」
朝の挨拶もそこそこに、教室で葉阿戸に話しかけた。
「おはよう。お楽しみにね」
「そういうとこ、可愛い!」
「当たり前だろう」
葉阿戸は腰に膝掛けを巻くと、ズボンとトランクスを脱いだ。
「朝の衣類回収でも、葉阿戸の下半身裸、見れないのかよ」
「何、期待してんだよ」
「おい、蟻音たい、どうにかして葉阿戸様の裸見ようってんじゃないだろうな。変態か?」
モンに小馬鹿にされる形で言われた。
「モン、しばくよ?」
葉阿戸がにこやかに言うとモンは汗を拭いながら、頭を垂れる。
「僕は別に、そんな事思ってないしー、な、いち?」
「いち君、同意したら毎授業中、鼻くそ飛ばしますよ?」
モンはいちを見やった。
「ええ!?」
「いち、大丈夫、葉阿戸の言うことなら何でも聞くから、同意しなさい」
「いや、うちを巻き込まないでよ」
キンコンカンコーン。
今日も1日が始まった。
1時限目は英語の授業だ。
和矢は英語で自己紹介をした。
僕は少し心に響いた。部活動が始まるまで、うわの空だった。
(こんなにかっこいいんだ、僕もこうなりたい)
◇
そして放課後。
「今日は小悪魔コス」
葉阿戸は頭に触覚を生やして、お腹がちらりと見える黒い衣装に身を包んでいる。おしりから黒い尻尾が生えているようだ。
パチパチパチパチ
皆は静かに拍手した。
「めちゃくちゃ可愛い」
僕は葉阿戸の手を握った。
「まあな〜。今日も外には行かなくていいですか?」
葉阿戸は伊祖に断りをいれる。
「もったいないけど日余さんの言うとおりでいいよ」
「蟻音君、写真撮るから離れて」
「あ、はい」
僕は部長に従った。
「あの、今度のコスなんですけど、たいも一緒でもいいですか? 浴衣で」
「え? まあ、いいけど」
伊祖は頷く。
「待って! 僕もやるの?」
「いいじゃん、俺とたいの仲だし」
「えー、まあ、そう言われると何も言えないけど」
「コンセプトは浴衣デートって感じで」
葉阿戸は上目遣いで僕を見る。
「小悪魔め」
「ん? 何?」
「いや、別に」
その日は僕は終始、胸がドキドキしていた。
◇
次の日。
葉阿戸は図書委員を志願していると、志願者が急増した。
「そんじゃあ、蟻音ー、決めろー!」
「pkみたいに言わないでください。なんで僕に」
「いいからー」
橋本は本気で僕に決めさせようとしてくる。
誰を選べばいいかわからない。クラスのほぼ全員が手を挙げている。
その時、目があった。
「じゃあ、如月君で!」
「たい、分かってるじゃん」と満。
「「「黄色なら仕方ない」」」
クラスの皆はリーダーシップのある黄色で良さそうだ。
僕は葉阿戸の顔色をうかがう。
(あの子、根は優しそうだったし、いっか)
葉阿戸はなんとも思っていなさそうだった。
「「「図書委員は日余と如月でオーケーー! まだまだ決める委員会はあるぞー」」」
「はあ」
僕は小さくため息をついた。
◇
約1週間後の木曜日。
葉阿戸は水色に花びらの浴衣姿で白い扇を持っている。もちろん女装済みだ。
僕は男物の黒い浴衣を着ていた。
そして、校内を歩くこととなった。
「足袋だと歩きにくいな」と葉阿戸は僕の腕の袖を掴む。下駄をゆっくり持ち上げる。
「ゆっくりでいいよ」
僕はロボットのように動く。
「2人共、視線頂戴!」
部長はいつも通りだが、写真部の皆は嫉妬深そうに僕を睨んでいる。何人かはそのへんに落ちている空き缶を蹴っている。ちなみに茂丸はケータイに夢中だ。
葉阿戸は僕の腹をつつく。
「表情固いよ」
「だって、モデルなんて初めてだから」
「これ終わったら、ご褒美あげる」
「うおおおおお! 頑張ろう、僕と葉阿戸!」
僕は葉阿戸のご褒美を期待して顔を上げる。余裕が出てきた。
「そうこなくっちゃ!」
葉阿戸は優雅に扇いでいる。
「僕達の事、言おうよ」
「やめといたほうがいい。命狙われるよ」
「そっか」
僕は葉阿戸のきれいな顔を盗み見る。
「綺麗だなー」
「へ? ああ、桜が散ってて綺麗だね」
葉阿戸は僕にそう言う。
僕は修正するのが恥ずかしくなった。
外では葉桜が沢山生えている。
葉阿戸の頭に桜の花びらがのった。
「ちょっと止まって」
僕は葉阿戸の頭から桜の花びらをとった。
葉阿戸はびっくりしたように目を見開いた。
「あ、ありがとう」
「はい、おいでー。ありがとうのチューは?」
「馬鹿じゃねえの? ここでそんな事してみろ。アーチェリー部にドタマ貫かれるぞ。野球部からボールがヒットしてドタマかち割られるぞ」
「写真も拡散されそうだな」
「そうだよな」
「ご褒美、先にもらっちゃ悪いしね」
「ああ、そのことなんだけど」
葉阿戸は何かを言おうと口を開いたときだった。
ポツン、ポツン。
「やべ、雨だ!」
「葉阿戸、カッパあるのか?」
「いや、ないから」
「帰りは僕の母さんに頼むか? 明日も送ってもらえれば」
僕らは校舎内に早歩きで入った。
ザーーーー!
葉阿戸はリュックをゴソゴソと探っている。
「はい、ご褒美」
「ん? 何このレンガ?」
「チョコレートのパウンドケーキだよ! 調理実習で作ったんだ」
葉阿戸はドヤ顔で僕にケーキを差し出した。ひび割れたレンガのようだった。
「美味しい美味しい、ごほん、水、水」
僕はとにかく甘ったるいケーキを食べる。水っ気がない。まるで大きなクッキーのようだった。
「美味くなかった?」
「美味しいよー」
僕は必死に食らいついた。
「ところで、1人で作ったのか?」
「班の皆が干渉してくるから、俺に好きなようにやらせろって言ったらこうなった」
「そうだ、食べてみ? 自分の腕が分かるよ」
「失敬して」
葉阿戸は僕のかじって食べているケーキのところをかじった。
「そ、それは間接きっっっすってやつなのでは?」
「変じゃないな、普通に美味しいな」
葉阿戸は唇を舐めている。
「葉阿戸は……まったく、可愛いなあ」
僕は葉阿戸の料理のセンスを知ってほしかったが、何故か分かってもらえなかった。言うにも言えない。結局、残りの全部、涙目で食べ終えた。
「葉阿戸、体調悪いのか?」
「良いよ、なんで?」
「それなら良いんだけど。あのパウンドケーキっていうか、その焼き方というか」
「そうそう、帰ったらヤキの散歩しないとな」
「お、おお」
僕は少し身を引いた。そして、ケータイを手にした。
『もしもし、母さん? 悪いんだけど、来てくれない? 雨で帰れそうもなくて。葉阿戸もいるよ』
『少し待ってて、着いたら連絡する』
電話はブチンと切れた。
「じゃあ着替えるか」
僕は葉阿戸の反対を向いて着替えた。しかし葉阿戸のほうをチラ見した。
色っぽく脱いでいる。
「葉阿戸」
僕は服のはだけた葉阿戸を抱きすくめる。
「だーもう、襲ってくんな!」
バシン!
葉阿戸にビンタされた。
きつい一撃だった。
「ごめん」
「向こう向いとけ。次着替えてる俺を覗いたら……分かってるな?」
「はい、さーせん」
僕は素直に言うことを聞いた。
コンコン。
少し経って、ドアがノックされた。
「着替えたかね? 2人共」
伊祖の声がした。
「「はい」」
僕は安心して葉阿戸を見た。
化粧を落とした葉阿戸は、妙にかっこよかった。
「今日は帰れる? 乗せてこうか?」
「母に電話して、僕らは送り迎えしてもらいます」
「それじゃ気を付けてな」
伊祖は僕らが視聴覚準備室から出ると、電気を消して、鍵をかけた。
浴衣はハンガーに干した。
後でハート隊がフォトスタジオに返すらしい。
「今日の1枚を決めよう」
「あれ? 茂丸はどこ行きました?」
僕は茂丸の姿が見えないので聞いた。
「雷がなる前に帰るって言っていたよ」
「そうですか。家が近いんだから待っててくれてもいいのに」
「まあまあ、茂丸のことは置いといて。1枚目の写真がいい人! 2枚目〜〜〜〜」
部長が皆に聞いて、3枚目の僕らに決まった。
「それでは、皆気をつけて帰るように!」
写真部の皆は解散した。
「茂丸、心ここにあらずって感じだったな」
「明日姉さんがソクバッキーなんだろうね」
「あーね」
その日、僕らは母に車を運転してもらい無事に帰ることができた。