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90 浴衣と桜と

次の日。


「おはよう、葉阿戸、コスプレ何にするんだ?」


朝の挨拶もそこそこに、教室で葉阿戸に話しかけた。


「おはよう。お楽しみにね」

「そういうとこ、可愛い!」

「当たり前だろう」


葉阿戸は腰に膝掛けを巻くと、ズボンとトランクスを脱いだ。


「朝の衣類回収でも、葉阿戸の下半身裸、見れないのかよ」

「何、期待してんだよ」

「おい、蟻音たい、どうにかして葉阿戸様の裸見ようってんじゃないだろうな。変態か?」


モンに小馬鹿にされる形で言われた。


「モン、しばくよ?」


葉阿戸がにこやかに言うとモンは汗を拭いながら、頭を垂れる。


「僕は別に、そんな事思ってないしー、な、いち?」

「いち君、同意したら毎授業中、鼻くそ飛ばしますよ?」


モンはいちを見やった。


「ええ!?」

「いち、大丈夫、葉阿戸の言うことなら何でも聞くから、同意しなさい」

「いや、うちを巻き込まないでよ」


キンコンカンコーン。


今日も1日が始まった。

1時限目は英語の授業だ。

和矢は英語で自己紹介をした。

僕は少し心に響いた。部活動が始まるまで、うわの空だった。

(こんなにかっこいいんだ、僕もこうなりたい)



そして放課後。


「今日は小悪魔コス」


葉阿戸は頭に触覚を生やして、お腹がちらりと見える黒い衣装に身を包んでいる。おしりから黒い尻尾が生えているようだ。


パチパチパチパチ


皆は静かに拍手した。


「めちゃくちゃ可愛い」


僕は葉阿戸の手を握った。


「まあな〜。今日も外には行かなくていいですか?」


葉阿戸は伊祖に断りをいれる。


「もったいないけど日余さんの言うとおりでいいよ」

「蟻音君、写真撮るから離れて」

「あ、はい」


僕は部長に従った。


「あの、今度のコスなんですけど、たいも一緒でもいいですか? 浴衣で」

「え? まあ、いいけど」


伊祖は頷く。


「待って! 僕もやるの?」

「いいじゃん、俺とたいの仲だし」

「えー、まあ、そう言われると何も言えないけど」

「コンセプトは浴衣デートって感じで」


葉阿戸は上目遣いで僕を見る。


「小悪魔め」

「ん? 何?」

「いや、別に」


その日は僕は終始、胸がドキドキしていた。



次の日。


葉阿戸は図書委員を志願していると、志願者が急増した。


「そんじゃあ、蟻音ー、決めろー!」

「pkみたいに言わないでください。なんで僕に」

「いいからー」


橋本は本気で僕に決めさせようとしてくる。

誰を選べばいいかわからない。クラスのほぼ全員が手を挙げている。

その時、目があった。


「じゃあ、如月君で!」


「たい、分かってるじゃん」と満。


「「「黄色なら仕方ない」」」


クラスの皆はリーダーシップのある黄色で良さそうだ。

僕は葉阿戸の顔色をうかがう。

(あの子、根は優しそうだったし、いっか)

葉阿戸はなんとも思っていなさそうだった。


「「「図書委員は日余と如月でオーケーー! まだまだ決める委員会はあるぞー」」」

「はあ」


僕は小さくため息をついた。




約1週間後の木曜日。

葉阿戸は水色に花びらの浴衣姿で白い扇を持っている。もちろん女装済みだ。

僕は男物の黒い浴衣を着ていた。

そして、校内を歩くこととなった。


「足袋だと歩きにくいな」と葉阿戸は僕の腕の袖を掴む。下駄をゆっくり持ち上げる。


「ゆっくりでいいよ」


僕はロボットのように動く。


「2人共、視線頂戴!」


部長はいつも通りだが、写真部の皆は嫉妬深そうに僕を睨んでいる。何人かはそのへんに落ちている空き缶を蹴っている。ちなみに茂丸はケータイに夢中だ。

葉阿戸は僕の腹をつつく。


「表情固いよ」

「だって、モデルなんて初めてだから」

「これ終わったら、ご褒美あげる」

「うおおおおお! 頑張ろう、僕と葉阿戸!」


僕は葉阿戸のご褒美を期待して顔を上げる。余裕が出てきた。


「そうこなくっちゃ!」


葉阿戸は優雅に扇いでいる。


「僕達の事、言おうよ」

「やめといたほうがいい。命狙われるよ」

「そっか」


僕は葉阿戸のきれいな顔を盗み見る。


「綺麗だなー」

「へ? ああ、桜が散ってて綺麗だね」


葉阿戸は僕にそう言う。

僕は修正するのが恥ずかしくなった。

外では葉桜が沢山生えている。

葉阿戸の頭に桜の花びらがのった。


「ちょっと止まって」


僕は葉阿戸の頭から桜の花びらをとった。

葉阿戸はびっくりしたように目を見開いた。


「あ、ありがとう」

「はい、おいでー。ありがとうのチューは?」

「馬鹿じゃねえの? ここでそんな事してみろ。アーチェリー部にドタマ貫かれるぞ。野球部からボールがヒットしてドタマかち割られるぞ」

「写真も拡散されそうだな」

「そうだよな」

「ご褒美、先にもらっちゃ悪いしね」

「ああ、そのことなんだけど」


葉阿戸は何かを言おうと口を開いたときだった。

ポツン、ポツン。


「やべ、雨だ!」

「葉阿戸、カッパあるのか?」

「いや、ないから」

「帰りは僕の母さんに頼むか? 明日も送ってもらえれば」


僕らは校舎内に早歩きで入った。

ザーーーー!


葉阿戸はリュックをゴソゴソと探っている。


「はい、ご褒美」

「ん? 何このレンガ?」

「チョコレートのパウンドケーキだよ! 調理実習で作ったんだ」


葉阿戸はドヤ顔で僕にケーキを差し出した。ひび割れたレンガのようだった。


「美味しい美味しい、ごほん、水、水」


僕はとにかく甘ったるいケーキを食べる。水っ気がない。まるで大きなクッキーのようだった。


「美味くなかった?」

「美味しいよー」


僕は必死に食らいついた。


「ところで、1人で作ったのか?」

「班の皆が干渉してくるから、俺に好きなようにやらせろって言ったらこうなった」

「そうだ、食べてみ? 自分の腕が分かるよ」

「失敬して」


葉阿戸は僕のかじって食べているケーキのところをかじった。


「そ、それは間接きっっっすってやつなのでは?」

「変じゃないな、普通に美味しいな」


葉阿戸は唇を舐めている。


「葉阿戸は……まったく、可愛いなあ」


僕は葉阿戸の料理のセンスを知ってほしかったが、何故か分かってもらえなかった。言うにも言えない。結局、残りの全部、涙目で食べ終えた。


「葉阿戸、体調悪いのか?」

「良いよ、なんで?」

「それなら良いんだけど。あのパウンドケーキっていうか、その焼き方というか」

「そうそう、帰ったらヤキの散歩しないとな」

「お、おお」


僕は少し身を引いた。そして、ケータイを手にした。


『もしもし、母さん? 悪いんだけど、来てくれない? 雨で帰れそうもなくて。葉阿戸もいるよ』

『少し待ってて、着いたら連絡する』


電話はブチンと切れた。


「じゃあ着替えるか」


僕は葉阿戸の反対を向いて着替えた。しかし葉阿戸のほうをチラ見した。

色っぽく脱いでいる。


「葉阿戸」


僕は服のはだけた葉阿戸を抱きすくめる。


「だーもう、襲ってくんな!」


バシン!


葉阿戸にビンタされた。

きつい一撃だった。


「ごめん」

「向こう向いとけ。次着替えてる俺を覗いたら……分かってるな?」

「はい、さーせん」


僕は素直に言うことを聞いた。


コンコン。


少し経って、ドアがノックされた。


「着替えたかね? 2人共」


伊祖の声がした。


「「はい」」


僕は安心して葉阿戸を見た。

化粧を落とした葉阿戸は、妙にかっこよかった。


「今日は帰れる? 乗せてこうか?」

「母に電話して、僕らは送り迎えしてもらいます」

「それじゃ気を付けてな」


伊祖は僕らが視聴覚準備室から出ると、電気を消して、鍵をかけた。

浴衣はハンガーに干した。

後でハート隊がフォトスタジオに返すらしい。


「今日の1枚を決めよう」

「あれ? 茂丸はどこ行きました?」


僕は茂丸の姿が見えないので聞いた。


「雷がなる前に帰るって言っていたよ」

「そうですか。家が近いんだから待っててくれてもいいのに」

「まあまあ、茂丸のことは置いといて。1枚目の写真がいい人! 2枚目〜〜〜〜」


部長が皆に聞いて、3枚目の僕らに決まった。


「それでは、皆気をつけて帰るように!」


写真部の皆は解散した。


「茂丸、心ここにあらずって感じだったな」

「明日姉さんがソクバッキーなんだろうね」

「あーね」


その日、僕らは母に車を運転してもらい無事に帰ることができた。


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