89 2年3組
土日を挟んで月曜日。
自己紹介タイムがやってきた。
僕は前の席の腰に膝掛けを巻いている葉阿戸に続いて、話し出さなくてはならなかった。葉阿戸がバイオリニストのインフルエンサーということが頭にこびりついた。しかも、僕で最後の1人だ。
「僕の名前は蟻音たいです。趣味はゲームです。1年次は学級委員長を努めていました、よろしくお願いします」
「たー君、ドMなこと言わないでいいのー?」
「野次を飛ばさないでください。ドMじゃありません。僕は嵌められたんです」
「ハメたんじゃなくてー?」
「ああ、もう、うるさいな」
「はい、蟻音、減点〜」
「からかわないでください」
「じゃあ、全員自己紹介したなー、学級委員と委員長、推薦あるかー?」
「はい、学級委員は倉子君で委員長は蟻音君がいいです」
誰かよくわからない前の席の人がそう言うと、皆は僕らを穴が開きそうになるほど見つめた。
「「「同意です!」」」
葉阿戸の声は僕らを皆から見て、より一層引き立てた。
「じゃあ決まりだー、委員決めはまた明日なー。それでは世界史探求の授業を始める」
橋本はいきなり授業を始めだす。
僕らは焦りつつ、新しい物に囲まれながら、ノートを開く。
僕は板書しながらふと思う。
(この便座も誰かが長い間、使っていたんだろうな)
ブリリリ。
「むむむ」
満の声と排出音がする。
「小運ー、静かにー。じゃあチャイムが鳴るまで自習ー」
橋本は鼻をつまんで、教室から出ていった。
放出されたうんこはとても臭い。
「はっしー、逃げたな?」
「ふざけんなよ、ウンコマン、臭えよ」
「ごめん」
満はいつもと少し様子が違う。いつものおちゃらけた感じがしない。
流石にクラス替え初期だからか?
「学級委員長、どうにかしろよ」
「そういえば、1年の頃にもらった消臭スプレーがまだあったはず」
僕は前の席の葉阿戸に缶のスプレーを回らせる。
「はい、ナイスぅー」
「ありがとう」
僕の前の、さらに斜め前の席の満は照れ隠しにうつむく。
「もらいうんこしそうだ!」
「オレも」
「わいも」
「おいおい、スプレーが足りないぞ?」
すでに出来上がっている一軍の男子達がはしゃぐ。
「あのなあ、動物園じゃないんだから騒ぐんじゃねえよ」
葉阿戸が言うと皆は顔を見合わせ黙った。
「「「葉阿戸さん、すいませんでした!」」」
「許してください、スミマセン!」
そして、前の席の男子たちが平謝りした。
僕は葉阿戸の膝掛けを合法でとれないかと考えていた。
(転ぶふりしてとるか? いや、ミスったら殺されるな。いちの隣、モンだし……)
「謝らなくていいから。静かにして」
「黙ってうんこしろや」
竹刀が葉阿戸の威を借りて調子づく。
ショーー!
クラスの何人かが排尿した。
それからは、各自、次の授業の予習をしたり、おしゃべりをしたり時間の流れを楽しんだ。
◇
放課後。
「明日からまた部活か」
明日は火曜日。
僕は葉阿戸のまた何らかのコスチュームが見れるのかと鼻をのばす。
そんなときだった。
「なんか、1年3組のあるトイレが詰まったらしいぞ?」
「変なものでも流したのか?」
「知らねえ、見に行こうぜ」
そう話しているのは、高身長のリーゼントの男子だ。
声のトーンで、さっき僕らを推薦した人だとわかる。
(確か名前は如月黄色だったはず)
「僕も見に行こうかな。葉阿戸、いち、先に帰っていていいよ」
「俺も気になる! 一緒に行こう」
「そう言われたんじゃ、うちも行かないと」
「黄色君、俺達も一緒に行っていい?」
「か、勝手にしろよ」
ツンデレのようにそっぽを向くと歩き出す。
そうしてついた、2階の一番奥の1年3組。
僕は動悸がした。
(いちに気づかれる!)
トイレが詰まっていたのは王子の席の便座だった。山田の持つスッポン、いわゆるラバーカップで便座から茶色の塊が出てきた。
「うんこじゃないな、なんだこれは?」
「すみません! 僕が粘土を流したんです」
「粘土?」
いちの眉が動く。
「おい、蟻音、それは本当か? 何のためにしたんだ?」
山田につめられる。
「些加君とクラスメートが喧嘩をして、うんこが臭くなかったら勝敗が決るゲームをしたんです。例えるなら僕が人狼のようなものです」
僕は鼻を詰まらせながら喋る。
「うちにも相談してくれればよかったのに」
いちはそっと僕に寄り添う。
「このことは内密にしてください」
葉阿戸は口の前に人差し指を持っていく。
「分かった。箝口令を敷く! 全員何も見なかったことで。もし言いふらしたら、無視虫蒸しケーキを食わせる!」
山田は葉阿戸には甘いようだ。
僕は前にいちに山田が勃起していたのを思い出す。
(可愛い子、最強説あるな)
「あの、無視虫蒸しケーキってなんですか?」
「虫の入った蒸しケーキを皆に無視されながら食すことだ。分かったら、さっさと散れ!」
山田がゴミ袋に粘土で作られた糞を入れた。
「帰ろうか」
「うん」
僕らは言葉少なめに帰っていった。