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87 バレンタインデー

時は流れて、バレンタイン当日。

僕はチョコを作るべく、材料を手に家庭科室へ入る。早朝だからか、人はまばらだ。葉阿戸とも約束しているが、僕は1人で作ったチョコをあげたかった。


「おい、蟻音」

「ひゃい!」


急に名前が呼ばれてギクッとした。山田に背後をとられていた。


「冷蔵庫使うなら、マスキングテープ貼っておけよ」


山田は僕にマスキングテープの切れ端を渡してくる。


「火柱上げたり物壊したりしなければ、自由に使っていいからな」

「あ、ありがとうございます」


僕はチョコを前に家で練習したように、切り刻んで、湯煎した。水で溶いた粉ゼラチンを混ぜて溶かす。砂糖と牛乳を加えて滑らかになるまで混ぜる。ボウルの底を氷水に当てながら、とろみがつくまで混ぜる。容器に流し入れ、ラップして冷蔵室に入れて固める。

見当がつくだろうが、完成形はチョコプリンだ。

僕の予想通り、1年3組の人はいない。そのうちに、洗い物を済ます。

(急なドッキリに葉阿戸に喜んでもらえるだろうか)

僕はドキドキしながら、教室の前に立った。


「たい、おはよう」


居合わせたいちも教室に入室するようだ。


「おはよう、いち」

「たい、実はこれ――」


ドン!

いちが教室から出てくる竹刀とぶつかった。


「わあ!」

「わりい、いち、なんかチョコの匂いがするな」

「犬かよ、まあクラス全員に配る予定だったけど。はい、ハッピーバレンタイン」


いちは小さな包みを手提げバッグから取り出して、竹刀と僕にくれた。

僕はそのチョコを女神からの授かりものだと錯覚した。

アルミカップに入ったチョコが5つ入っている。

すぐに竹刀はぱくついた。


「美味え! ありがとう、いち」

「へへへ、どういたしまして?」


いちは嬉しそうに笑うと、クラスに居る皆にチョコを渡し始めた。


「「「記念すべき、1個目、ありがとう」」」

「やれやれ。ありがとうな、いち」


僕はいちに群がる男子たちから一歩引く。


「どういたしまして。朝礼、始まるよ」


いちは下半身裸になり、着席した。


キンコンカンコーン。


がらら


「皆おはようー、今日はバレンタインデーやでー。えー、特に言うことはないからー、衣類を持ってくるようにー」


橋本はズボンとトランクスを集めさせて教室から出ていった。

今日も変わりなく、授業が始まる。

そして放課後、家庭科室にて。


「葉阿戸、今日はチョコクッキー作るんだろ?」


僕は材料を準備した、葉阿戸に問う。


「うん、改まってどうした?」


葉阿戸はただならぬオーラを放っている。それはかわいいエプロンを付けているからだ。

僕は冷蔵庫を開き、固まった2つのプリンを台の上においた。


「これは、チョコのプリンだ」

「実はもう作っていました! だから、今日は僕、見るだけで、葉阿戸の手料理を食べたいな?」

「そういう事か、てか俺さ、料理下手なんだけどなー」

「いいよいいよ、ノープロブレム!」

「仕方ないなあ」


葉阿戸は1人で材料を揃えると、チョコクッキーを作り始めた。


バン!

ボン!

シュイイン


ありえない程激しい擬音が眼の前で起こった。


「葉阿戸、アルミホイルはレンジに使用しちゃだめだよ! 火が出るよ?」


僕は失敗しそうな葉阿戸にアシストして機転を利かせる。

葉阿戸はクッキーの作り方をようやく見た。


「ふうん、クッキングペーパーか……、ねえねえ君達、クッキングペーパー余ってない?」

「葉阿戸さん、ありますよ」

「わああ、ありがとう」


葉阿戸は横の台でクッキーを焼いている男子からクッキングペーパーを巻き上げる。


「いえいえ、いえいえ」


周りの男子の視線が集中する。

そんな葉阿戸はマイペースにクッキーを焼く。

僕らは焼いてる間に、僕の作ったチョコプリンを食べることにした。

もぐもぐ。

なかなかとろけるような口溶けだ。


「美味い美味い」

「良かったー」

「朝早くからありがとう」

「いいえーん」

「来年は同じクラスになれるかな?」

「そうだ、先生に賄賂(チョコ)を送っておこう」

「まだプリンあるの?」

「あるんだな、これが……、ん? あれは洲瑠夜君だ」


僕はここから一番遠くの台で何故かチャーハンを中華鍋で振って作っている。

チャッチャッチャ!


「他の人ばっか見るなよ」


葉阿戸は僕の頭を掴んだ。


「わかった、わかった。案外、独占欲強いな」

「君のせいだよ」


クッキーが焼けるまでそう時間はかからず、完成した。

チン!

葉阿戸は鍋つかみでクッキーの鉄板を出した。

熱そうだったのでしばらく冷ます。その間に洗い物を済ませる。


「なにこれ、木炭?」


チョコの焦げる匂いが充満している。見た目は木の材木に見える。


「クッキーだよ、えい」


葉阿戸はチョコの入ったクッキーを僕の口に入れる。


「果たしてどう? 味は」

「いや……しょっぱいし、ベタな間違いするなよ。砂糖が塩になってるよ!」

「ええ? ……そんな事、ホントだ、塩っぺー!」

「な」

「うえーん、シクシク、せっかく作ったのに俺のミスで食べれないよー」


演技がかったへこたれるポーズをする葉阿戸。


「「「あの、俺達に味見させてください」」」


家庭科室の皆が殺到した。


「美味いですよ」

「俺も食う!」

「あたしも」

「俺も」


山田がいつの間にやら、葉阿戸の作ったクッキーを食している。


「まあまあイケるな」


洲瑠夜はチャーハンを周りの人に振る舞いつつ、葉阿戸の作ったクッキーをゴリゴリというすごい咀嚼音で食べている。


「あの、僕ら向かうところがあるんで」


僕らは家庭科室を出た。

次にたどり着いたのは職員室。

橋本はパソコンを操作している。

僕らはプリンを橋本に渡しに入室した。


「「失礼します」」

「お前らどうしたー?」

「実はこれ」


僕はチョコプリンをスプーンと一緒に橋本に手渡した。

橋本の机にはいちの配ったらしきチョコがあった。


「ありがとー、葉阿戸の手作りかー」

「えっと」

「はいそうです、葉阿戸と僕を来年同じクラスに入れてくれたら、また来年も渡しますからそこんところよろしくお願いします」


僕は一礼すると、葉阿戸の手を鷲掴み、振り返る。

葉阿戸も僕の後に続き、一礼して、職員室を出た。


「はー緊張した」

「僕もだよ」

「さあ帰ろうか?」

「うん」


僕らはまだ寒い世界を温かい気持ちで歩いていった。




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