86 復帰
次の日
病院に行き、吐き気止めを処方してもらった。インフルエンザではなかった。ストレス性による胃腸炎と診断された。吐き気と胃もたれに悩まされた。食欲はあるが、食べれるものはない。ゼリー飲料を少しずつ飲んでいるが、それも吐いてしまう。
ブーブー。
僕はケータイのメールの音がうるさいのでマナーモードにした。
(そういえばタクシーの粗相代返さないと)
「母さん2万くれない? タクシー汚したから葉阿戸に払わないと」
僕は母が2階に来たついでに話す。
「もう払っといたよ」
「あ、そうなんだ、ありがとう」
「下におかゆがあるから、後、お風呂も沸かしてあるよ」
「ありがと」
数日が同じ調子に続いた。
2月になって体調不良は落ち着いてきた。
僕は勉強がついていけるか不安だった。
「この土日で巻き返すぞ!」
僕は片っ端から勉強し始めた。
「わからないところはいちに聞くとして、いや、数学は聞けないな。しかたない、王子に聞くか」
僕はケータイを久々に開いた。ケータイを落としそうになった。色んな人から心配しているメールが入っていた。そして、いちがノートの写真を送ってくれている。
僕は胸が熱くなった。そして王子に数学をメールで聞く。待ってる間に(ノートを写そう)と思った。ルーズリーフを取り出した。
少しずつ、焦らず、真剣に。
日曜日も体調不良がぶり返さないように早寝早起き朝ごはんを徹底した。
しかし、勉強はイマイチ捗らず、挽回できていなかった。
◇
次の日
いちの家まで早朝にも関わらず、待ち伏せる。
「にゃにゃ、ピピ、行ってきます」
いちの声がして玄関が開いた。
返事はなく、よくよく家を見ると車もない。
「おはよう、いち」
「ええ!? ……たい? ちょっとやめてよ、もう! 不審者かと思った」
「人を不審者に扱わないでくれ」
「何してるの、人の家の前で」
「いちにお礼を言おうと思って、サプライズ!」
「いつから居たの?」
「6時から待ってた」
「今、6時49分だけど、暇じゃなかった?」
いちはジト目でこちらの様子をうかがっている。
「勉強してたから大丈夫」
「道路を黒板代わりにして石で方程式書くなよ。子どもか!」
いちに言われた通り、道路に数字の羅列が書かれている。
僕は机がないとノートを開くことができない質なのだ。
「とにかく学校に行こう、また、葉阿戸さんに誤解される」
いちは庭に停めてある自転車にまたがった。
「それはそうと、葉阿戸に誤解を解いてくれてありがとな」
「たいは体調治ったみたいだね、良かった」
「ノートもありがと」
「いえいえ、普通のことをしたまでだよ。実際、不登校の子達にも送ってるから」
「優しいな、あんた」
「あんたじゃないよ、もう」
僕らは他愛もない話をしながら学校に着く。
教室に入ると時計の針は7時を回った。
誰も来ていない様子だ。
「茂丸も珍しくいないね」
「そんなに遭遇率高いのか?」
「うん、たいがいいるよ。俺のケツを見てください! とか言いながら、下、脱いで見せてくる。ケツ毛の生えた汚いケツをね」
いちは言いながらロッカーにジャージなどを入れていく。
「ふふふ」
僕は想像力を働かせて、笑いが止めれなかった。
「猫と鶏は元気?」
「うん、鶏は卵生むし助かってる」
「交尾しなくてもできるからなあ」
「俺の話?」
茂丸が普通に教室に入ってきた。
「は、もう終わった」
「昨夜、交尾してて朝遅くなっちゃった」
「は? キモすぎ。だから茂丸の話してないから、会話ドロボー」
「その緑の首輪は何?」
いちが目ざとく見つけて、自分の首を叩く。
「明日姉さんだな。浣腸したのか?」
「よくわかったな、5分は耐えたぞ。お前は2分くらいしかもたなかったそうだが」
茂丸は首元を触る。
浣腸させて首輪をつけさせる、明日多里少の常套手段だ。
僕は心の底からこれからの茂丸を不憫に思った。
(聞くも耐え難いものがある)
「それでな、彼女の身体を」
「もういいでしょう!」
僕はズボンとトランクスを脱いで、便座に座った。そして、ワイヤレスイヤホンで爆音で音楽を流し始める。勉強をする。
皆は不思議そうに僕を見た。
教室はどんどん人口過多になる。活気が溢れてきた。
キンコンカンコーン。
橋本は音も立てずに入室した。
僕はイヤホンをとった。
「おはようー。今日の出席は……なんだー、蟻音もう良くなったのかー?」
橋本は僕のカンスト値を超える嫌味を言う。
「おかげさまで」
僕は笑って、心のなかで罵倒した。
(このどS、ど変態野郎が! 詫び石よこせ!)
「今日は2月3日ー、俺の誕生日だー。祭りだー祭りだー、祝えー祝えー、今夜は無礼講ー」
橋本は腕を下から上にあげて、ガニ股で喜んでいるポーズをしている。
時が止まったかのようにシーンとした。
「のろいが解けたよ〜っ! サンキュー!! おれいに コレ あげる! じゃねえんだよ! 朝礼をやってください」
僕は誰も突っ込む人がいなくて仕方なく茶々入れる。
「今日もいつも通りだー、特に連絡はないー。が、しかし、14日まで家庭科室が開放されているー、1つもチョコもらえない陰キャに救済措置だー、友チョコだか、ホモチョコだか作っていいぞー」
「先生はもらえるのー?」
「薄月は敬語を話せー、もちろんだー、かのぴからもらえるぞ〜。皆のチョコを貰ってやってもいいぞー」
橋本の無気力な話し方は皆を苛つかせた。
「はーいー、ズボンとトランクスを持って来いー!」
橋本は皆の羨ましさと憎しみのこもった目を気にせず、衣類を集めさせる。そして、無音で出ていった。
「振ーられろ! 振ーられろ! 別れさせ屋雇うか?」
竹刀は目がキマっている。
「やめとけ、バレたら怖い。減点されるぞ?」
僕は竹刀を戒める。
キンコンカンコーン。
がらら。
数学の先生が入ってきた。
そして数学の授業が始まった。
1日はすぐに終わった。
僕は帰り道スーパーに寄った。チョコレートなどを買う。試作品を作るつもりだ。
(バレンタインデーが終われば、すぐに期末テストだ。これは忙しい)
◇
次の日。
部活動で葉阿戸は黒い猫耳をつけていた。服は学ランのままだ。
「今日は低クオリティーだな」
「たい、大丈夫だった?」
「しばしの間、胃腸炎でなー」
僕が話し出すと、部長は僕の腕をひいた。
「被写体に近づきすぎ」
「ああ、スミマセン」
僕らはカメラを構え、葉阿戸を撮る。
(学ランの女の子みたいで可愛い!)
今日は外の撮影はしなかった。
葉阿戸に選択権があるようだ。
「葉阿戸ー、今日はどうしてまた?」
「俺のファンが増えすぎてて困ってるんだよ。写真部には入れないようにしてるんだけど。写メ撮ってSNSにあげるバカ野郎がいるんだよ。お陰でフォロワーさんが10万人に迫る勢いだよ」
葉阿戸は嬉しいのか悲しいのか、感情が入り混じった表情をしている。
「葉阿戸ってチョコ好き?」
「うん、好きだよ?」
「なんのチョコがいい?」
「毒とか、髪の毛とか、普通は食べちゃいけなそうなものが入っているチョコ以外のチョコが好きだよ」
「僕もそんな変な物は渡さないよ」
僕は葉阿戸の意見に同意する。
「俺は明日姉さんから貰えそうだぞ」
今日は茂丸と葉阿戸と僕の3人で帰った。