85 お気に入りの店で
先生の話が終わり、放課後になった。
「いちの家ってどこだよ?」
竹刀はいちに不意に尋ねる。
「なんで?」
「俺、実は猫と鶏が好きで。たい、いちの家、知ってるか?」
「いちにまで迷惑かけようとするなよ。あと、反省文は自分で書けよ」
僕は反省文をいちに書かせようとしている竹刀には斜に構えることにした。
「今日はいちの家見つかるまで、ウォーキング・ボッキしてやる」
竹刀はいちから自分の反省文を奪うと、デカい字でサーセンした! と書いていた。
「それ、ただ勃起しながら歩いてるだけじゃん。色んな意味で怒られるぞ」
「お前の場合、ウォーキング・ボッチだろ」
「誰が上手いことを言えと!」
「はははは」
「たい、帰っちゃうの?」
「ごめん、いち、用があるんでな」
僕はクラスの殆どが笑いながら、反省文を書いている中、教室から出た。すたすたと外まで速歩きした。
(待たせるわけには行かない)
「風強いな」
向かい風の中、スペイン料理のお店についた。運に恵まれて今日も営業している。ドアを開ける。
「いらっしゃいませー」
竹刀より大きい、堅物そうな店の主人が声をかけた。
中に入ると磯やオリーブオイルなどが混ざった香りがした。
カウンター席に座った。
僕はメニュー表を見る。
「アヒージョと、コーラをください」
「あいよ!」
先程の主人がお冷とお手拭きを渡しながら返事をした。
厨房ではスペイン語が飛び交っている。
氷の入ったコーラに、温かい料理が運ばれてくる。
僕は葉阿戸を待った。
(本当はこないのでは?)
小1時間待った時だった。
ビュウゥ。
出し抜けに入り口のドアが開いた。
泣きべそをかいていた僕はきょとんとした。
そこには誰もが羨む美少女に見える、葉阿戸がいた。
「……葉阿戸!」
「やあ、待たせたね! ごめんごめん」
そう呟いた葉阿戸はそれほど怒ってなさそうだ。
「僕、誤解を解きたくて!」
「君のクラスがまだ、授業してるのかと思って廊下で待ってたんだ。いち君から聞いたよ、たいを助けたら抱きしめられたって。恋愛のあれこれじゃないって力説してた」
「そうそう! 実はそうなんだ」
「距離感の近さ、半端ないね」
「反省します、すみませんでした」
「俺もごめん、てっきりいち君と好きあってて、踏ん切りがつかないのかと思ったよ。俺可愛いから。……何頼もうかな?」
「僕の好きなのは初めから葉阿戸だけだよ」
「ジンジャエールください」
葉阿戸は僕をちらりと見てから注文した。
「どうぞ!」
ジンジャエールは時間をかけずに葉阿戸の前に置かれた。
「乾杯しよう?」
「仲直り記念に乾杯!」
「乾杯!」
カラン。
グラスとグラスが触れ合った。
僕らはジュースを飲む。
「なんだか眠くなってきた」
「ソフドリだよ? 酒じゃないよ?」
「昨日2時間しか寝てなくて」
僕は夢見心地で葉阿戸の肩に寄りかかる。
「近いな、なんか熱もあるんじゃない?」
葉阿戸の手は僕のおでこを触った。
僕は冷たくて気持ちがいい。
「熱!」
「大丈夫だよ」
「もう帰ったほうがいいよ。タクシー呼ぼう」
葉阿戸はケータイを取り出して、電話する。
僕の記憶はここまでで、完全に眠ってしまった。
◇
目を覚ますと、いつものベッドの上だ。制服のままだ。
僕はどうやって帰ったのか疑問に思った。
(今何時だろう?)
時計の針は5時2分を指し示している。
頭が痛い。ぼうっとする。
(インフルエンザか?)
とりあえず、下に降りた。
「母さん、おはよう」
「たいちゃん、大丈夫? 寝てな! すごい熱でしょ、食べたものも吐いていたようだし」
「寝ゲロしたのか?」
「タクシーで葉阿戸ちゃんにかかってて可愛そうだったよ。お礼と謝罪しておきなよ。今日は休みな」
「はいはい。せっかく、無遅刻無欠席だったのに……」
「寝てなさいな」
僕は2階に戻って、ジャージに着替えた。
僕はケータイを開こうとしたが、頭が痛くてやめた。歯がゆい思いをした。
暫く休むことにした。