84 渡しそびれた手紙に思いの丈を込めて
次の日
深夜テンションで書いた手紙を、読み返すのは恥ずかしかった。
「これをいつ渡そう」
僕は分厚くて水色の便箋を丁寧にリュックの中に入れた。着替えて鏡を見るとクマができた男子高生がいた。まだ寝ていたがったが、眠さを我慢して、1階に降りた。伸びたヒゲを剃る。
「たいちゃん、おはよう」
「母さん、おはよう」
「何よ? ソワソワして?」
母は僕が2階へ何度も往復するのを注意した。
僕は首を振りながら、リビングの椅子に座った。学校に行く準備をして、早めに家を出た。校門までどこの道を行ったのかわからなかった。いつの間にか、学校についていた。
「葉阿戸に伝えるんだ」
僕は葉阿戸の靴箱の中に例の手紙を入れた。
「何を伝えるんだ?」
「モン!」
起こりうる限り一番最悪な人に巡り合った。
外から入ってきたモンは葉阿戸の靴箱を開いた。
「ふーん…………。葉阿戸様がこんな手紙読むわけ無いだろ? よくもまあこんな長い手紙を、さては暇なのか?」
モンは手紙の封を開けて、中を読み始めた。
「返せよ!」
僕が手を出した瞬間だった。
カチ! シュボ!
モンの持っているライターに火がつき、その火で手紙が焦げて灰になっていく。それは下駄箱の外側に落っことされた。
「ああ!」
「この世に蔓延る葉阿戸様への害虫は私が駆除しなくてはな」
モンは淡々と靴を履き替えて、校内に入っていった。
「5時間もかけた手紙が!」
僕は手紙の火を消そうと、足で踏みつけていた。風で炎は酸素を供給しているのでなかなか消えない。
「何してるの?」
「いち! 火を! 火! 火!」
「火?」
いちは僕の緊迫した顔に驚愕した。そしてリュックの中から鍋のフタを出して、置くと、鎮火した。
「ありがとう、もう遅いけど……」
「それは何?」
「ラブ・レターだよ」
「それはキモ……いや、気持ち的にきついね。一生懸命書いたんだよね」
「分かってくれるか、いちー!」
僕は涙を浮かべていちの身体に腕を巻き付けた。
(葉阿戸に書いたのはもう一度書き直そう、いちにも励まされたし)
「抱きつかないでよ! 離れて……あ!」
「ん?」
僕は涙を拭いて、前を見る。
「君達、そういう仲なの?」
葉阿戸が冷めた目で僕を見ていた。
「は、葉阿戸、違うんだ」
「いいんじゃない? 何も言うことはないよ」
「ああ、待ってぇ! 聞いてぇ!」
葉阿戸は僕のことを何もかも無視して、おいていった。
「誤解されちゃったね。どんまい、たい」
「どうすんだよ!」
「あ、まだ、読めるよ」
『僕が好きなのは葉阿戸の あそこです。本当に気持ちよい 。今度いきませんか? 皆ででも構いません。それから〜〜〜〜』
かろうじて読める部分があった。
「いやこんな文章送れるわけねえだろ! 気味悪いだろ、燃えてて肝心の文字も読めねえし」
「しょうがないな、新しい便箋あげるよ」
「え? 持ってるの?」
僕はいちが鍋のフタをしまうのを見る。
「てか、なんで鍋のフタなんて持ち歩いてんだよ? さすらいの料理人か?」
「はい、これ」
いちは僕の疑問には答えず、黄色いキャラクターの便箋を差し出した。
ブワアア!
風が僕の灰になったラブレターを飛ばした。
「ああ! 僕の大事な!」
「あれはなかったことにしてさ、頑張れ!」
いちは僕の震える手を握った。
「もう1回書いてみるかな!」
「うん!」
いちは笑うとエクボが見えてただただ可愛かった。
僕らは教室に向かった。
誰もいない教室は異様な雰囲気が漂っている。
いちがベースライトをつけた。
「ありがとう」
ガタン!
「ひっ」とビクッとする僕。
掃除用具入れがいきなり音を立てた。
「もーまーる! あんた、またくだらない嫌がらせを! おお!」
僕は掃除用具入れを開けた、途端に中ではラジコンヘリが浮遊していた。
シュイイン。
「こっちだよーん」
茂丸は教卓の裏に潜んでいた。
「まじでやめて!? ホラー映画見たばっかりなんだから! 耐性ついてるようでついてないから」
「いちは最近リアクションが悪いな」
「いや、だって、いつものことでしょう?」
いちはポッキーをかじっている。
「あのさ、多分、今日、持ち物チェックするよ」
「え? なんで分かるんだ?」
「1学期も2学期も、このくらいの時期に持ち物検査したんじゃね?」
「「え?」」
茂丸といちは顔を見合わせた。
「俺のラジコンヘリ!」
「うちのお鍋のフタ!」
「没収だな」
がらら。
「「「おはよー!」」」
クラスメートが入ってきた。
「竹刀君、今日持ち物検査だって」
「うぇええ? 漫画はセーフだよな?」
「アウトだよ、勃起マン。1学期で持ってかれてたろ?」
僕は微笑んでおいた。
「ロッカーに入れとこ」
「いや、ロッカー、エロ本で敷き詰められすぎて入らないんじゃない?」
「じゃあどうすんだよ、買ったばっかなんだぞ」
「どうしようもないだろ、注意されて放課後取りに行ってこいよ」
僕と竹刀が押し問答を繰り広げられる。
「いち、ロッカー借りるぞ」
「ええー、嫌だよ」
いちはロッカーの鍵を竹刀に渡さない。
「「「おはよう」」」
遅刻ギリギリ組が来た。
「そもそも、本当に持ち物検査なんてあるんか? たいの妄想には付き合ってられんな」
キンコンカンコーン。
がらら。
「おはようー、今日は抜き打ち持ち物チェックの日だー、授業は30分遅れで始まるー。その間に荷物チェックをするー、荷物を机にー」
橋本はやはり僕の言った通りの言動をした。
「あー、ちなみにロッカーも見るぞー」
「せんせー、いち君が月刊誌持ってきてました!」
竹刀はロッカーの上に置かれた漫画を指さした。
「ええ?」
いちの血の気が引いていくのが見てとれた。
「先生、違います、倉子君じゃなくて奴です」
僕は竹刀を指さす。
「どっちだー?」
「うちじゃないです、竹刀君です」
「簿月なのか、倉子なのかー? 皆、挙手ー。簿月だと思う人ー」
橋本の問いにクラスのほとんどが手を上げた。
「今から全員チェックするからなー、蟻音ー、ちょっと付き合えー」
「僕ですか?」
「いいからこいー、一人ずつチェックするぞー」
「はあ」
◇
結局、持ち物検査の結果、15人が不要物を持ってきていた。
「反省文と引き換えに不要物を返すー、じゃあなー」
橋本は教卓に反省文の紙を置き、ゴミ袋に不要物を入れて持ち去っていった。
お通夜のように静まり返るクラス内。
僕は英語の授業が始まるので用意をした。
ブリブリ。
茂丸は呑気にうんこしている。
「おい、茂丸、臭えだろうが!」
満が怒るのを僕は遠巻きに見ていた。
僕はリュックにある、あるものを見た。
(そうだ、新しく手紙を書かないと!)
『葉阿戸へ、
先程は誤解させてしまったようですが、いちのことを抱きしめていたのは友情であり、愛情からくるものではありません。僕は葉阿戸が大好きです。ずっと一緒にいたいです。放課後、いつか教えてくれたお気に入りの店で待ってます。 たいより』
僕は英語の授業中に再び手紙を簡単に書く。
昼休みまで待って、今度は誰にも見つからないように葉阿戸の靴箱に入れた。