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81 今日、泊まっていけば?

「何を?」

「うんこのことだよ」

「へ?」

「明日、粘土で偽造工作するから、朝、学校きて第1発見者になってほしいんだ」

「僕じゃなくても良くない?」

「ブリブリ出していたか否かが皆の疑問になるだろう? だから皆の信用の厚いたいなら、皆信じてくれるはず」

「分かったよ、7時に行けばいいよな」

「7時前には絶対に来てくれ」

「うん、じゃあな」


帰り道、王子の言うことを反芻する。




その日の夜。電話にて。


『葉阿戸、公衆の面前でキスするなんてやってくれたな』

『いやーごめんごめん、君のクラスの王子君にバレたかな』

『見られたけど、協力するから皆には言わないって』

『協力とは?』

『葉阿戸には知らなくていい事だ! とりあえず、いつも通りに接してくれないか? 出鼻をくじかれる』

『了解! じゃあ、おやすみ、愛してるよ、マイハニー』


葉阿戸はからかいながら電話を切った。


「だからそうじゃなくて……」


僕はどこまでが本気でどこまでがジョークなんだかわからなかった。




次の日。

僕はなかなか寝付きが悪かった。それでも寝不足になりながら7時丁度に校門をくぐった。

教室に行くと茶色い粘土をこねくり回している王子がいた。


「遅い」

「ごめん、眠れなくて」

「この粘土のゴミ、たいが捨ててくれるか?」

「そっか、王子が捨てたり、持ってたりしたら変だもんな!」


僕は粘土のゴミをリュックにしまった。


「準備はオッケーだな」


王子は便座に座る、足が固定され、トイレの蓋が開いた。

ボチャンボチャン。

粘土が王子のトイレの中に落ちた。


「そういえばティッシュは?」

「危ない、忘れるとこだった」


王子は水に流れるティッシュに手についていた粘土をつけて便器に放った。

しばらくして誰かの足音が近づいてくるのが分かった。

がらら

僕は緊張した面持ちで前に注目した。


「いち、茂丸! おはようー」

「おはよう、たい、王子君は、朝早いの珍しいね」


いちと茂丸が同時に入ってきた。


「あのさ、王子のうんこの件だけど、さっき出したんだが、臭くないよ、嗅ぐ?」


僕は先手に回って申告した。


「いいや」


いちは眉間にシワを寄せている。

まるでポメラニアンが怒っているかのようだ。


「いち、ごめん、困らせた」

「何謝ってるんだよ! 俺が確認してみるよ」


茂丸は王子の付近に寄る。

王子が不安定に机を持ちながら立つ。


「ホントだ、臭くねーんな」


がらら


「「「おはよー」」」


クラスメートがわらわらと入ってきた。


「やっほー、いち」

「おはよう、竹刀君。たいが王子君の便臭しないって言ってるよ」

「俺もチェックしよ」


竹刀は王子に近づく。

王子はまた不安定なバランスで立った。


「ん? 臭くな! 王子、お前どうしたんだよ。本当にできたてほやほやのうんこか?」


竹刀は便座に鼻を近づける。


「たいが言うには間違いはないって」


茂丸もフォローしてくれた。


「じゃあ、クラス全員、俺の家の草むしり手伝ってな」

「クソが!」


竹刀の目をなんとかごまかせた僕は小さくガッツポーズをとった。


「たしかにクソだな」


比井湖が僕の近くで答える。


「19人でやれば10分で終わるよ。皆、今日は王子の家に見学しに行こう?」


いちはキラキラしたオーラを出しているように見えた。


「「「はーい」」」


全員がいちに賛同していた。




キンコンカンコーン。

チャイムが鳴り、皆下半身丸出しで便座に座った。

がらら


「おはよー、今日も特に言う事無しー、一番うしろの人ズボンとトランクスを集めてこいー」


一番うしろの王子はトイレの粘土が流れたようでほっとため息をつく。

足の施錠をとると流れる仕組みなのだ。


「はいー、それじゃ頑張れー」


橋本が出ていった。

その日も英語のテストがあって、前回のが返ってきた。8割はとれていた。

茂丸には2枚の紙が返ってきた。


「ペナルティーシート頑張れー」

「うえー、次はちゃんと勉強しよ」

「私語は謹んでください」

「「すみません」」

「それでは〜〜〜〜」


6教科の授業が終わった。


「皆、王子の家、入れるかな?」

「適当に居座るよ」

「草むしり終わったらすぐに帰れよ」

「はいはい」


そして1年3組の生徒たちは、些加家に集った。

王子の家は一般人の家だ。駐車場の石の隙間や庭に長い草が生えている。


「ゴム手袋で悪い」


王子は青いビニールのゴム手袋を配った。

ゴミ袋は駐車場用と庭用で2枚だ。

僕は雑草を根っこから引き抜く作業に悪戦苦闘した。

10分もかからず、5分後には綺麗になっていた。


「それじゃあ、解散!」

「まだ王子の家の中、入ってないよ」

「うるせえ、解散しろよ」

「この後暇な人、ファミレス行こうぜ?」

「いーな! 行く行く!」

「たいは? どうする?」

「僕は帰って勉強しないと」

「30分だけでいいから来てくれよ」

「じゃあ30分だけな」


僕は流されるまま、ファミレスに来た。来たのは僕を合わせて6人だった。


「で、最近どう? 浮いた話、誰かねえのか、おいお前に言ってるんだよ、たい!」

「僕に言われても、彼女とは別れたし」


僕はオレンジジュースを飲む。


「フュー! それで? なんで別れたんだ?」

「女王様すぎてね」

「たいは真面目すぎんだよ。それで俺がその子、もらっちゃったよ」

「茂丸、お前」


竹刀が茂丸を睥睨する。


「あんまり騒ぐなよ、ここは学校じゃないし下ネタも禁止!」

「皆で写真撮ろう?」


茂丸がいい案を出し、何枚か撮った。


「ということで、僕は帰る!」


僕は千円札をテーブルにおいて、逃げるように店を出た。

(ん? あの後ろ姿は?)


「葉阿戸?」


呼ばれた葉阿戸は横目で僕を見た。

どうやら犬の散歩をしているらしい。


「おや? どうしてここにいるんだい?」

「いや、ちょっとした集まりで。そっか、家この辺かー」

「そうそう! ヤキを連れ回してたとこ」

「ヤキ!」


僕はヤキを撫でる。

しつけがいいのか、ヤキはじっとして動かない。


「送るよ、行こう」

「ありがとう、もう公衆の面前ではチューしないからね」

「ではってなんだよ! 葉阿戸」

「あ、ヤキが」


葉阿戸の焦り具合で何かあったのかと、僕は下を見る。


ショーー!


「ああああ!?」


僕が注目したのは、僕に足をつけて小便かけているヤキであった。

片足がビチョビチョだ。


「ごめん」

「ヤキ、あんた、情はないのかい」

「俺の家にたいのサイズの制服あるから、それ着てってよ、月曜日に返すから」

「いいの? 悪いな」

「いいよいいよ」

「ん? でもなんで僕のサイズの制服が」

「あ、雨降ってきた! 急ごう」

「聞いちゃだめなやつか」


僕は雲のかかった空を見上げた。ぽつりぽつりと小雨が降る。


「まあ実は傘持ってるんだけどね」


葉阿戸は折り畳み傘を2本ショルダーバッグから取り出した。


「あるんかい!」


僕は自転車から降りて、雑談しながら、なんとか最小限の濡れで葉阿戸の家に到着した。


「ただいま、家の中にどうぞ、たい」

「お邪魔します」

「あら、たい君、葉阿戸、お帰り」


家には星がいた。


「ヤキにまたやられてさ、たいのサイズの制服貸すわ」

「あらあら、まあまあ」

「お風呂入ってく?」

「いやありがたいけど、僕、帰ってから入るから平気」

「今日、泊まっていけば?」

「駄目です! そんな事」

「言ってみただけだよ。ほんのジョークだよ」


葉阿戸はビニール袋に包んである制服を紙袋に入れている。

卸したてのようだ。受け取る。


「ありがとう」

「傘かかっぱは? 送ってかなくて平気?」

「激チャして帰る、ノーセンキュー。じゃあ、また学校で! お邪魔しました」


僕は葉阿戸の家から出ると、土砂降りの中、自転車を全力で走らせて帰った。

(僕、あの葉阿戸にキスされたんだ。できないことを平然とやってのける、そこに痺れる、あこがれるぅ!)


「たいちゃん、お帰り!」

「ただいま」


自宅に着くと、浴室に向かった。浴槽のお湯に浸かった。温かかった。

1日もすぐにたつものだった。

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