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8 天使の歌声

次の授業は選択科目だった。

徴集をされていたトランクスがやっと返ってきた。そして、僅かなトイレットペーパーももたらされた。足の拘束はとれた。トイレが流れて蓋が閉まった。

僕は、学ランにトランクスで音楽室に向かった。茂丸も隣に佇んでいる。全クラスの音楽専攻の男子達が集まっている。


「たい! 茂丸!」


このイケボは正しく、葉阿戸だ。


「あれ、葉阿戸って、音楽選択だったっけ?」

「いつもは美術だけど、今日先生が休んでるから、音楽に偵察に来てみた!」


葉阿戸は握りこぶしを側頭部に当てて、べろをぺろりと出した。今日はツインテールだ。

時が止まったように、その場の男子全員が固まった。


「なんか俺変なこと言ったかな?」

「かっわ」

「汚れたバベルの塔見せて。見れば安心するから」

「それは嫌だな」

「いいから見せろー」


キリン柄のトランクスを履いた、長身の男子は葉阿戸の腕を掴み羽交い締めにする。パンダ柄のトランクスで、パンダのように太っていて、そばかすのある男子やその他の男子が群がる。


「待ってくれ!」


葉阿戸は僕達に目線を送る。

僕は怖くて身震いした。


「やめろ。嫌がってんだろ!」


茂丸はパンダ柄のトランクスの男子を殴った。


「ぅおおおおお」


僕は勇気をもらい、葉阿戸の腕を掴んでいる男子の腕を噛みついた。


「離せ! 痛いいいい」


その男子は葉阿戸から離れたが、僕は噛みついて離さなかった。


「小学生か?」

「たい、俺は大丈夫! もうよそう!」

「はあはあ、今度、葉阿戸に嫌がる事してみろ! その耳を噛みちぎるからな!」


僕は血の味が広がる口を無意識に一生懸命、動かしていた。


「痛えよ」


その男子の腕にうっすら血が滲んできた。シャツをめくると噛み跡があった。


「何だよ、冗談通じないな」

「これ、ばんそこ」


葉阿戸はポケットの中から大きめの絆創膏をその男子に2つ渡した。


「なんで敵に塩を送るんだよ」


僕は問いかける。


「俺は皆とワイワイ出来たらそれでいいんだ」


葉阿戸は答える。


「日余、ごめん! 絆創膏サンキュ!」

「いいや、下半身の裸体は着替える時に見てんだろ」

「俺の席からは見えないし、授業中は膝掛けで隠すじゃねえか」

「君らのちんちんより安くねえんだから当たり前だろ。脱ぐ時にちらっとだけでも見れる事に感謝しろよ」


キンコンカンコーン。


授業が始まる。


「あれ? 日余君は音楽選択だったっけ?」


頭髪の薄い先生が訊いた。


「先生の授業をどうしても聞きたくてー、美術は自習なので来ちゃいました! だめですか?」


葉阿戸は高いぶりっ子した声を出して、可愛いポーズで先生をノックアウトさせる。


「いや、今回だけは特別!」

「良かった、先生に嫌われたらどうしようかと思ってました〜」


黄色い声を出す葉阿戸。

僕はその七変化に圧倒されるばかりであった。拳を握り、前に留める。

(また大きくなってるの見られたらバカにされる)


”’O sole mioオー・ソレ・ミオ”を席順にカラオケで歌った。1人、10秒くらいで先生が手で合図して次の人に歌わせる。


僕は気が散って音を外した。

隣に座る茂丸は綺麗に歌った。そして、その隣へと流れていく。

僕は1つ息を吐き、呼吸を整える。

葉阿戸はソプラノで歌った。正しく天使の歌声だった。

歌は一巡して終わった。


「お前が音外すの、珍しいな」

「下手くそで悪かったな」

「そんなことは言ってないだろ」


茂丸は怒ったように眉根を寄せる。


「葉阿戸さん、いろんな声出せるんだな」

「音楽家の家に生まれた子らしいよ」


前に座る白崎鳴代(しろさきなきしろ)といちが葉阿戸に熱い視線を送る。

葉阿戸は静かに笑った。


「私語は慎むように!」


クリップボードに何かを書いている先生。


「それでは吹奏楽のビデオを見ます」


先生がそう言って電気を消してテレビをつけた。

僕にとっては退屈な時間だった。


そして、ウインドオーケストラの時間は終わりを迎えた。


キンコンカンコーン。


チャイムが響いた。


「それでは今日の授業を終わります」

「気をつけ、礼!」

「「「ありがとうございました」」」



それから何事もなく、放課後になり、写真部へ行った。


「茂丸、たい!」


視聴覚室に入るといきなり名前を呼ばれた。


「「へ?」」

「さっきはありがとう!」


目の前にいたのは、可愛い笑みを浮かべた葉阿戸だった。


「いや別に、なあ」

「うん、友達が困っていたらね……。当たり前だよ」

「じゃーん! 君達にお礼がしたくて、子分……ゲフンゲフン、お友達から、焼き肉バイキング半額券3枚分をもらっていたのを思い出して……良かったら、部活終わりにでも、どうかな?」

「「焼き肉!?」」

「そう言えば王子ともそんな話がでてたな、……まあいっか! 行くぞ俺は!」

「僕は今、母に電話して許可を得ないと、今日は部活もあるし遅くなりそうだから」

「過保護だな」

「でも行きたそうな顔してるよ」

「ふぇ?」


僕は知らず知らずのうちにニヤけていたようだった。ケータイを出して母に電話する。


『もしもし、母さん?』

『はいはい、たいちゃん、どうしたの?』

『実は、写真部の皆と焼き肉バイキングに行くことになったんだけど、ご飯用意しちゃった?』

『いいよ、行ってらっしゃい。明日の朝ご飯はおでんだよ』

『あはは、ありがとう、それじゃ』

『待って、9時までには帰ってくるんだよ』

『はいはい』


ブツっと電話が切られた。


「「明日の朝ご飯、おでんのおでましになるのか、おでも食いたい」」


2人は打ち合わせでもしたかのようだった。


「うるせえ、盗み聞きするなよ」

「いや、大きな声で会話してるから、何だと思って」

「君達、早く部活動しなさい。5時までに校内で可愛いと思った物や者を撮って戻ってきなさい。今日の終わりは5時半だからね」


伊祖先生は今日はチェーンのついたメガネをかけている。おそらく老眼鏡だろう。

今は4時半だ。


「はーい、君達、行こう!」

「「うん」」

「何を撮ろう。あ、校長室の窓辺に咲いているバラでも、外から撮ろうか」

「おう、確か教頭がお世話してる白いバラだな」

「白いバラの花言葉知ってるかい?」

「俺は知ってるよ」

「教えてよ」

「ググれカス」


茂丸に言われたので、僕はケータイの検索機能で調べた。


「えーっと、先生に聞いてみたら、心からの尊敬、無邪気、純潔、相思相愛、約束を守る、私はあなたにふさわしい、あなたの色に染まる、って出てきたぞ」

「まさに、葉阿戸のようだな」

「キモ」

「キモって美味いよな。うなぎのキモって健康にいいんだよな。稀少部位だからめったに食べないけど」

「君に言ってるんだけど」

「キモい、キモくないで言ったらキモいけど、今、そんな事言ってる時間は内蔵! キモだけに」

「大丈夫かな、この2人」

「というわけで、教えてくれ、その一眼レフの使い方」


僕は葉阿戸の首にかけている一眼レフカメラが気になった。


「今日は最新のミラーレス一眼にしたんだ、軽量でゴツくなくきれいな写真が撮れるすぐれものさ。メーカーはキャ◯ンで長く使えそうだよ。ケータイに送信できるしプリントアウトも出来るんだ、レンズも選べる」


「レンズは長いレンズは使わないのか?」

「すごい遠くのものを見る場合は使うけど、今日は標準ズームレンズで問題はないかな」

「それはズームってことは遠くのものも写せるのか」

「被写体が遠くてもある程度はね。単焦点レンズでもいいけどボケのある美しい写真はまだ早いと思ってね」

「俺は撮れれば何だっていいよ」


茂丸は両手を頭の後ろに組んで、楽しそうに口笛を吹いている。

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