77 もじゃ
「ホテル行く写真でも撮らない?」
「は? なんでだよ」
「その写真、いちの母に見せるから」
僕が言うと、しばらく沈黙が流れた。
「あー、そういうことか、いいよ」
「あたしはこの体の人が可愛そうだと思うんだけど」
「大丈夫! いちに嫌がらせをした報いだよ」
「だめ……かな?」
葉阿戸は上目遣いでサリナを見る。
「協力はするよ!」
「この辺にラブホあるよ」
「そこに行こう」
僕は母に少し待っていてもらうように頼むと、ラブホへと足を進めた。
「はい、たい、ケータイ」
「韻踏むなよ」
僕は葉阿戸のケータイを借りて、ホテルの入口でサリナと腕を組む葉阿戸をカメラの機能で撮る。遠近法でキスしてるように見える写真も撮っておいた。
「おっけ! いいよ2人とも!」
「じゃあ、後でいち君の家にコピーを送っておくよ」
「なんか悪魔っぽいですね?」
「俺は天使だよ。しー」
葉阿戸は口元に人差し指をつけて見せた。
「行こう。母さんをあまり待たせるとどやされるのは僕なんだから!」
僕らは走り出していた。
「こんばんわ、おまたせしてすみません」
葉阿戸は窓の外から僕の母に申し訳無さそうに謝った。
「いいの、いいの! じゃあ、日余さん宅に向かうわ」
僕らは車に乗り込んだ。
「あら? 茂手木さん?」
「顔見知りですか?」
葉阿戸はきれいな目をパチクリする。
「えっと、今、罰ゲーム中で喋れないんだ。どういうつながり?」
僕は冷や汗をかきながらフォローする。
「たいが小学校時代のママ友の旦那さん」
「離婚とかしてるんですか?」
「してるわけないじゃない、今でもラブラブだそうよ。夫婦でスーパーなんかで会うのよね、ねえ、茂手木さん」
僕は(不倫かよ)と内心焦る。
「今は喋れないんだってば。葉阿戸の家行ったら、ちょっと犬見て帰るからね」
「茂手木さんは?」
「奥さんに来てもらうんだよ」
「へえ、私が送っていってもいいけど」
「そういうのいいから」
僕は母を黙らせる。
母は無言でしばらく車を走らせた。
「ほら、着いたよ」
そうして、葉阿戸の家についた。
「ありがとうございました、帰りもお気をつけて!」
葉阿戸はすぐに外に飛び出して行った。
「ちょっと行ってくる」
僕はサリナとアイコンタクトをした後、2人で車を出た。
「よりによって不倫かよ! 葉阿戸の写真も使えなくなったな」
「俺の写真、顔にモザイクいれるから大丈夫だよ。それより、不倫してることを知らせるためにする事があるねぇ」
「何?」
「サリナ、また裸になってくれるかい?」
「え? いいけど」
サリナは服とズボンをすぐさま脱いだ。
葉阿戸は階段を上がっていった。すぐに戻って来る。明日多里少の所有物らしき、縄とガムテープそして黒いペンを手にしていた。
「さあ、たい、サリナを腕を結んでくれるかい。適当でいいよ」
「お、おう」
僕はぐるぐるとサリナの腕を縛った。
「あの、痛いことはしないよね?」
「しー、少し静かに」
葉阿戸は優しくサリナの口にガムテープを貼った。
「不倫中っと」
「あ……」
サリナ扮する茂手木裕太の胸辺りに葉阿戸が書くと、キラキラした笑顔でケータイを向けた。
カシャシャシャシャ!
写真を撮ると、サリナの腕の縄を解いた。
「犬は2階だよ」
葉阿戸は姉に似たような笑みを浮かべて、サリナに服を渡した。
サリナは難なく服を着た。
僕らは2階へ移動する。
「”もじゃ”!」
サリナは犬に向かいそう叫んだ。
ワン!
ヤキは嬉しそうに尻尾を振っている。
「えーと、もじゃという名前なんだな?」
僕は小さな声で聞く。
「もじゃもじゃの”もじゃ”だよ」
「俺が決めた名前は”ヤキ”なんだけどね」
葉阿戸はケータイを弄りながら喋る。
「ほう、茂手木心望ちゃんか」
葉阿戸は僕の小学校時代のクラスメートの名前を出す。
「葉阿戸、怖いんだけど。どうする気だ? その名前、娘さんだろ?」
「どうするかは彼氏次第だよ」
「ああ、天国に召されそう、ありがとう、最初は怖かったけど優しくしてくれてありがとう……さようなら!」
「おう」
「来世でまた会おうね」
葉阿戸に寄りかかるようにサリナは倒れ込んだ。
葉阿戸はまるで押し倒されたようだった。
そうかと思うと葉阿戸は簡単に隣に寝かせた。
「分身はいつ消えるんだ?」
「24時間後だよ。この人運ぶの手伝ってくれる?」
「もちろん!」
僕らは3階の部屋のベッドに茂手木裕太の分身を寝かせた。
「新しい魂が入らないように縄で結んでおこう」
葉阿戸はさっき使った縄を持ち出して、腕から足まで結んでおいた。
「僕は帰るけど平気?」
「うん。車まで見送ろう」
葉阿戸は額の汗を拭く。
僕は母に家に帰ると、茂手木裕太のことを聞いた。
「まあ、あの人は我が道を行くと言うか、結婚向きではない人だったわ」
「何か怪しい宗教とか入ってないか?」
「うーん、よくわからないな、連絡ももうしてないし」
母は言葉を濁して、キッチンの方に向かった。
僕は勉強をして、1日が終わった。
そして次の日。
僕は学校の校門の近くでいちと居合わせた。
今日のいちは血色もよく、元気そうだ。
「いち、元気か?」
「うん、どうして?」
「母の彼氏どうなった?」
「今朝に来るはずだったんだけど、なぜか来なかったんだよねー、なんか知ってるの?」
「知らないよ、僕は、何も」
「ふうん、そっか」
「おはよう」
葉阿戸は女装して登校していた。
「葉阿戸! お前どうしたんだ? いちの母の彼氏!」
僕は(やっぱりこの方が良いな)と思いながら聞き出す。
「俺の情報網を舐めないほうがいいよ。茂手木さん、結構遊んでるから、制裁に写真を見せといた。もう倉子さんには近づかないって泣いてたけど? あの人、飲み会やナンパで女の子酔い潰してホテル行くらしいから、今度そんな真似したら、会社に証拠をばらまくと、脅しといた」
「葉阿戸って怖いな」
「姉さんよりはマシだよ。あ、いないよな?」
葉阿戸はキョロキョロ見回す。
「よし、いないな」
「誰がいないんだ?」
後ろから明日多里少の声が聞こえてきた。
「ひい! 吉美市宮内先生!?」
見た感じ身長低めな宮内が立っていた。
「あーしだよ。明日多里少だ。たー君、葉阿戸、いち君」
顔面はマスクのようだ。口は動かない。
「本物はどうしたんですか?」
「さあなー、で、なんか面白い会話してなかった?」
「してないです、学校に行ってください」
「来てるだろ」
「いや、大学にという意味です」
「いいから混ぜろよ」
「混ぜるな危険です!」
「まあいいや。たー君の顔も見れたし、家にいる、男に聞けば」
「あの人は、俺の恋人で! だからその、縛られるのが好きだから、触らないで!」
「葉阿戸、なんか喋る気になった?」
「後で全部話すよ」
「やりぃ! ここにいても面倒だからとりあえず大学行くか。吉美市宮内は体育用具入れだよ」
「なんでだよ!」
「ま、あーしが口説けば、こんなもんよ、はい鍵」
明日多里少は僕に体育用具入れの鍵を渡し、ポーカーフェイスで去っていった。
「「俺も行こうか?」」
「いいよ、寒いし。ああ、もう、急がないと、無遅刻無欠席が!」
僕はグラウンドの隅にある体育用具入れに突っ走った。
「宮内先生!」
僕は鍵を開けて入った。
宮内は赤ワインを飲んでいる。
「何飲んだくれてるんですか?」
「あぁ、このワインはぁ、橋本先生の私物だあよぉ」
「学校に持ち込まれたものでも、酒を飲まないでください。つうかそれって」
「さっき、許可もらったから大丈夫大丈夫ぅ」
「その人、本当に橋本先生だったんですか?」
「まさか酒なんて飲めるとは思ってなくてぇ」
「あんた、閉じ込められてたんすよ!」
「たい、朝礼始まるよ、早く行こう」
いちが僕の後に続いて、体育用具入れを覗く。
「行くぞ。先生はおいていく」
僕らはチャイムが鳴る3分前に教室についた。
「たい! おはよ!」
「茂丸、おはよう」
ブーブー。
茂丸のケータイと僕のケータイがメールを同時に受信した。
(葉阿戸からだ)
僕はメールを開く。
『明日姉さんにも、誰にも魔法のこと話さないでね』
「なあなあ聞いてくれよ、昨日なー楽器の魔法を見たんだ」
「茂丸!」
僕は焦燥に駆られた。
「そんな訳あるめえ」
「何をいってるの、茂丸?」
「何理由のわからないことを」
「今日の英語、テストあるんだっけ」
皆、茂丸の言葉に耳を貸さなかった。
「馬鹿だなぁ、茂丸は」
僕はみんなに合わせて誤魔化した。
(性格が馬鹿だとここまで皆の信用を得ないもんなんだな……)
「あんた、UFO見たとかいい出しそうだな」
「たいも見ただろ、魔法」
「さあ、なんのこと?」
僕は英語のテスト範囲を見直した。
その日は1限目の英語から調子が良かった。




