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76 葉阿戸の魔法

立ち往生していると、僕らは葉阿戸に室内へと誘われた。

壁のいたるところに防音シートが貼ってある。


「お帰り! 早かったな。デート、楽しかったか?」


茂丸は座ってテレビゲームをしていた。


「げ! 茂丸!? なんでいるんだよ」

「ああ、姉さんからの洗脳を解いていたところだよ。それから、デートじゃないから、実験だから。茂丸は帰らせたほうがいいかい?」


葉阿戸の発案に首をひねる。


「いてもいいけど、今から言うことは他言無用だからな」

「ん? 何かあったのか?」

「いちの母さんの彼氏は吸血鬼なんだ。ついでに、あんたも半月だね? ゴリさん?」

「それは……!」

「あ、別にとって食いはしないよ! 吸血鬼について教えてほしいんだ、吸血しなくなるにはどうしたらいいんだ?」

「吸血鬼が嫌がるのは非処女、もしくは非童貞になることか、この世の裏世界に存在している金色の石、正式名称”願い石”に願いを言って接吻をすることのどちらか、ね」

「じゃあ、いちとヤッてくれれば、いちが狙われなくて済むんだな?」

「え?」


知世は顔を赤らめる。


「多分、それは無理だよ。そういうことをしないように命令されてるだろうから」

「それじゃ、裏世界なんて馬鹿みたいなことを信じるのか?」

「いいや、実は願い石は、俺持ってるんだ! 非常事態に使えと言われてる」


葉阿戸は金色に光る石をポケットから出した。


「それなら、すぐに吸血鬼化を解こう」

「ちょっと待って、話に混ぜて」


茂丸は意を決したように割り込んだ。

僕は、茂丸に、いちの作った冊子を投げつけた。


「で、吸血鬼化は直せるんだよな?」

「それにはなにかDNAがほしいところだね。髪の毛でもいい。後は名前もね」

「いちに言ってみるか?」

「正攻法でいっても、逃げられると思うぞ」


茂丸が珍しく発言した。


「そういえば、鶏を飼っているって言ってたな」

「仕方ないな、ウォレスト!」


葉阿戸は何かを唱えて、クローゼットからバイオリンケースを取り出した。


「一体何をするんだ?」

「俺、直売所の卵を買っているんだ」

「いやいや、説明になってませんが!?」


僕が忙しない葉阿戸を一喝する。


「卵に魔法をかける」


どこからか卵を1つとってきた葉阿戸はバイオリンを用意する。


「ドヴォルザークの”ラルゴ 新世界より"だ」


知世はボソリと呟いた。

卵から雛が孵った。

鶏に進化していく。

コケコッコー!


「この曲は?」

「1日限定、鳥を成長させたり、成長させなかったりする曲」


葉阿戸は鶏の首根っこを掴むと、鶏は卵に戻った。テーブルに置く。


「さて、後はそのハンカチを貸してくれるかい?」


葉阿戸は知世の持っているハンカチを借りると、再びバイオリンを弾き始めた。


「バッハの”主よ、人の望みの喜びよ”ね」と知世。


僕は優しい音色にほっこりする。

ハンカチについていた血が金貨に変わって、葉阿戸の弾くバイオリンにコツンコツンとあたって跳ね返り、床につく。キラキラ光って綺麗だ。


「金貨?」

「僕の楽器の中の金貨は上限超えているからね」

「細かいことはいいじゃねえか!」


茂丸までこの不思議な現象を知っているかのような反応だ。もしくは馬鹿なのか……。


「いいのか?」

「いち君の家に侵入しよう。この卵とハンカチ一緒に渡してね」

「はい」


知世は卵とハンカチを持ったまま外へ行く。そして鞄の中に収める。

皆がでて、鍵を閉めると、葉阿戸は駐輪場へ。全員がついて行き、自転車に乗った。

いちの家につく頃にはすっかり暗くなっていた。

幸運なことに、いちの家には車がない。自転車も1台だけだ。


ピンポーン

葉阿戸はインターフォンを押した。


「いち君、ハンカチありがとう」


知世は少しくぐもった声で言った。


「もう洗濯したの? なにこれ? 卵?」


すぐに出てきたいちは、ハンカチに包まれた鶏の卵を光にかざした――瞬間、光が瞬いた。


「ピピ!? あ、うちの家に勝手に入らないで!」


いちは突然出てきた鶏に心底驚いて尻餅をついた。

茂丸と僕と葉阿戸はいちの家にいちをすり抜け入っていった。


「いち君、ごめんなさい、あなたを救うために来たの」


「いち、お母さんの彼氏の名前は?」と僕はいち見下ろすように言った。


「彼氏の名前は茂手木裕太(もてぎゆうた)さんだよ、早く帰ってよ」


「短い髪の毛ゲット! 帰ろう」


茂丸は葉阿戸と僕に呼びかけた。


「どこで見つけたん?」

「野暮な話はよそうぜ」


茂丸の一言で皆は押し黙った。


「どうするんだ、もう解散したほうがいいんじゃないか?」


茂丸は空気をぶち壊す。


「そうだよね、俺が後のことはやっておくよ」

「じゃあ、宜しく! 俺はこっちだから」


茂丸は髪の毛をくるんだ紙を葉阿戸に押し付けると、返事も待たずにすいすいと自転車をこいでいった。


「ゴリさん、送るよ」

「僕も同じ方向だから」

「たい、君の家は駅の方面じゃなかったはずだよ、心配しなくても大丈夫だよ」

「最後まで見届けるよ」


僕は葉阿戸のしようとしているだろうことに少しの不安を覚えていた。


「うーん、分かった、いいよ」

「ありがとう」


僕らはしばらく無言の間が続く。


「ゴリさん、今日はありがとね」


知世は気まずそうに目線をそらして「葉阿戸さん、メイク教えてくれてありがとう。皆も気をつけてね」と言った。


「またね」

「じゃあなー」


僕らもなんとなく気恥ずかしくなって別れた。


「さて、髪の毛は何に使うんだ?」

「お楽しみだよ」


葉阿戸はにやりと笑う。

僕はそんな葉阿戸の後を追いかけた。


「到着!」


例の配信部屋に戻ってきた。


「今日1日、長かったなー」

「んだね」


葉阿戸は短い髪の毛を雑に床に落とした。


「バイオリン、かなりの腕じゃない?」

「そう言ってもらえて嬉しいよ」


葉阿戸はウインクする。

僕は王子にされたときよりも、胸がキュンと苦しくなった。


「ウォレスト」


バイオリンと弓が葉阿戸の手に出てきた。


「なんで、楽器が出てくるんだ?」

「まあいいじゃねえか、……”目覚めよと呼ぶ声あり”」


葉阿戸はバイオリンを構えて言うと、弾き始めた。


「おー!」


僕は歓声を上げた。

もちろん葉阿戸の演奏もそうだが、変幻自在に操れる魔法にもだ。

髪の毛から人の形に変わっていく。

曲が止んだ。


「目を覚ます前に……」


葉阿戸はポケットから願い石を出して、両手で挟む。


「茂手木裕太の吸血中毒を治してください!」


そういう葉阿戸の手に収まる石になりたかった。体感では長かったが、何秒だっただろうか? 

葉阿戸は石にキスをした。

ポウと、石の光が、眼前に寝転んでいる裸の男性の身体を包んだ。

金色に光ったかと思うと、すぐに光は収まった。


「治ったのか?」

「明日、いちに聞いてみよう」

「このおじさんはどうする?」


おじさんというのも、茂手木裕太のことだ。40代くらいだろうか? 無精髭を生やした、年相応のおじさんに見える。体つきはマッチョに近い。


「きゃーーー!」


いきなり女性のような、高い声の男性のような声が発せられた。


「きゃあ?」

「あたし、死んだんじゃなかったの?」


裕太が口走る。


「オネエの方でしたか? すみません、存じ上げず」

「失礼ね、あたしはピチピチの16歳よ! え? 何このおちんちん?」

「とりあえず服、着てください」


葉阿戸はツンケンとした態度で服を放り投げた。


「あなた、かっこいいじゃない、きっとここは天国ね?」

「現世すよ」

「あの、お名前聞いてもいいですか?」

「サリナ、名字はえっと……、何だっけ?」

「俺の知るわけ無いだろう?」

「えっと、ここの近くで亡くなられた方ですね? ……葉阿戸、なんでいつもとキャラ違うの?」

「うっせー、俺の勝手だろう?」

「そっちのもかっこいいからやめて」

「話が進まないだろう」

「確か、すごく可愛いお姉さんに見とれて、この近くで信号が変わったことに気づかず、ドーンと」

「もしかして、この人?」


僕は女装している葉阿戸の姿をケータイで見せる。


「そそっ! この人!」

「おいおい、それじゃあ俺が悪いみたいじゃねえか?」

「お兄さんの姉妹?」

「姉さんがこの場所に来たことはまだないと思うけど?」


葉阿戸は男声で話す。


「そうだとしたら、あなたのお姉さんだ、きっと」

「日余葉阿戸。俺の名前!」

「あ、僕は蟻音たいです」

「この人、間近で見たら成仏できそう」

「ああ、残念、俺の今日はリーマンだから」

「メイク道具持ってるんでしょ? してあげなよ、可愛そう」

「ちっ、サリナとやら、ちょっと待ってろ。たいも、絶対に覗くなよ」

「「はーい」」


僕らは暫し待つことになった。


「水でも飲む? 僕はいつも小さな水筒で玄米茶だけど、あはは」


女子高生と話したことが少ない僕は、完全に挙動不審だった。


「気を使わなくていいんで」

「すみません」


ふすまが開く音がして、天使の格好をした葉阿戸が出てきた。


「ハートピヨピヨ? 本物!?」

「成仏できそ?」


声も黄色くてめちゃくちゃ可愛い。


「あの、隣歩きたい、です」

「サリナ、俺の隣はたいだけだから」

「そうなんですか?」

「いや、僕はその……」


僕はもじもじしてしまう。

サリナは何かを察したように頷いた。


「あの、せめて写真に残してほしい、です」

「サリナちゃん、おじさんの姿だけど本当にいいんですか?」

「ぜんぜん大丈夫!」

「じゃあ撮ろうか」


葉阿戸がどこからか自撮り棒を取り出した。


「行くぞー」

「「おー!」」


カシャシャシャシャシャシャシャ!


沢山の写真が撮れた。


「ありがとう、こんなに優しくされたの初めて。でも、なぜだか、まだ心残りがあるの。ハートピヨピヨの家に犬を置き去りにしたのあたしなの! ごめんなさい。その犬の様子みたら今度こそ成仏できる気がする」

「今、家族出払ってるんだよな。一旦帰るか?」

「僕の母さんにきてもらおう」

「いいのか?」

「多分大丈夫」


僕は母にメールを打った。

3分後、連絡がついた。この近くにあるp薬局のところのすぐ裏が今いる地点なので、p薬局に来てもらうことになった。


「来てくれるって」

「ママ、優しいね」

「説明するのが面倒だから、極力喋んないでくれ」

「わかりました」


サリナは葉阿戸の言葉にしょんぼりとした顔になる。


「そうだ、いいこと考えた」

「どうしたんだよ、たい?」


葉阿戸は僕を流し目で見てくる。

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