75 いちの母の彼氏?
現状維持しながら月曜日が過ぎ、満を持して火曜日がきた。
「この世界には僕の当たり前が通用しない世界があるんだ」
僕は学校に向かいながら呟いた。そして、無事に学校に到着した。
「おはよう、いち」
自転車置き場でいちと出会う。
「おはよう」
そう言ったいちの顔色が悪い。
「思い詰めたような顔をしてどうしたんだ?」
僕はなにかしてしまったのではないかと勘ぐった。
「いや、なんでもないよ、元気だよ」
「何かあったら言えよな」
「うん、ありがと、たい」
僕はいちの挙動におかしさを感じた。
「おはよう、いち、たい! ウヒョヒョ! 俺のバラ色人生は今日も輝いているぜ!」
校門のところで、登校してきた茂丸と鉢合わせた。
「おはよう、茂丸、空気読め」
「おはよう、茂丸」
「なんでそんなに元気がないんだよ!? あの日か?」
「いやなんでだよ! バカはほっとこう、いち行こう」
「うん」
「いち、今日はカラオケに行こう?」
「へ?」
「ストレス発散にもなるし? 嫌か?」
「そんなこと無い! 嬉しいよ。将棋部が終わってから、写真部に行くね」
いちは少し長めな髪を耳にかけた。
学校生活は毎日と変わらず進んだ。
部活動に茂丸と行くと、一際輝く好青年のような人がいた。
背広を着て、髪の毛は後ろで縛ってある。化粧っ気はない。しかしながら、持ち前の二重や高い鼻がかっこよさを引き立たせている。
僕は三度みた。
「葉阿戸? かっこよ!」
「ありがとう、たい」
「ばりイケメンな」
「茂丸、ありがと」
そして、校舎の外を一周した。
今日のノルマをクリアした僕はいちとカラオケに行くことになった。
◇
「で、何があったんだ?」
「実は……母の彼氏が吸血鬼のようなんだ」
「吸血鬼!? それって人外ってことか?」
「しー! 声が大きいよ。ドアの向こうの人に聞かれたらどうするんだよ」
「防音だから大丈夫だよ、それで根拠は?」
「寝てる間にうちが噛まれたんだ。見てよ、この傷跡」
いちは首の付け根を見せた。
確かに2つの傷跡のような赤いシミがあった。
「虫に刺されたんじゃないのか?」
「そうも思ったんだけど、うちの母の新しい彼氏はうちのことを視界においてくれないんだ。訪れた時に話しかけても無反応で。唯一、発した言葉が、今たいの言ったことと同じなんだ。怪しくない?」
「人外について2人に言ったのか?」
「うん、吸血鬼に噛まれたかもしれないって言ったんだ」
「うーん、そっか。噛まれるとどうなるんだっけ」
「調べたところ、圧倒的高揚感と背が2センチ縮むらしい」
いちは古そうに黄ばんだ小冊子をショルダーバッグから取り出した。
「何だその冊子」
「うちが7歳の頃から手掛けた、膨大な本の中からピックアップした情報が入っている」
「ふーん」
僕は何気なく手にとった。
吸血鬼、またの名を、人外、もしくは半月という。
血を吸われると2センチ縮む。
血を吸われると精神の高揚感が発現する。
童貞、処女への血の中毒。
何らかの動物や昆虫に変身できる。
吸血鬼の多くは音楽や楽器を魔法のように使えることができる。
吸血鬼はキスをした人物の行動を制限できる。
等々。
◇
「あのさ、人外のことは機密情報じゃないのか? どうやって本を手に入れたんだ?」
「中古の、辞典や楽譜に暗号として残されていることがほとんどだよ」
「頭いいもんな、いち」
「ありがとう。それでね、測りを持ってきたんだ」
いちは赤いペンと伸びる測りをショルダーバッグから出して、テーブルに置いた。
「これで身長を測るんだな」
僕は測りをいちの頭のところまで伸ばした。
「ペンで塗って」
「はいはい」
僕は言われるがままにペンで塗る。
「158センチだな」
「158センチ、やっぱり2センチ縮んでる……」
「それは、確かなことなのか?」
僕は何気なく、水筒からお茶を飲むいちを眺めた。
「あれ? うちは何を話していたんだっけ?」
いちは人が変わったように目の色が変わった。
「ん? ん?」
「ごめん、もう帰らなきゃ」
いちは2千円札を置いて出ていった。
「いや、待てよ! この冊子もらっていいのか?」
カラオケ屋の廊下でいちの手を取った。
「ごめん、うち帰らなくちゃ。離して」
「じゃあ僕も帰るから。一緒に出よう」
「分かったよ」
「この冊子は?」
「それ、燃やして捨てよう」
「もったいないな。僕が持っておくよ」
僕らは部屋に戻り、お金を回収すると、レジにて料金を支払った。
ブーブー。
僕はメールが来たので確認した。
茂丸の文字が出てきた。
『葉阿戸が彼女とデートだって』
『そうなのか、どこで?』
『駅の近くのカラオケの周辺だって』
「ええ?」
僕は驚いて声を上げてしまった。
(この辺に葉阿戸がいるということか!)
「この辺に葉阿戸と彼女がいるらしいんだ」
「見つからないように帰ろう」
いちとの意見は合致した。
「ありがとうございましたー」
ドン!
「うわあ!」
カラオケ屋から出るとき人にぶつかった。
「すみません、前を見てなくて、……ん? 君はたいじゃないか?」
「葉阿戸にえーと、ゴリさん?」
葉阿戸の横にはメイクを施し可愛くなった鮴末知世がいた。今日は制服で可愛らしい。
「ア! 危ない!」
「え」
その時、地震が起こった。
大きな立てかけた看板が僕の身に降り掛かってくる。
「うおおおおおお」
鮴末知世がゴリラ風に毛深くなり、体も一回り大きくなって看板を支えた。
「ゴリさん!」
僕は混乱しながらも、看板を後ろに向かって突き倒した。
(なんとかなったのか?)
知世の体も元に戻った。
「たい、大丈夫?」
「あんた、ゴリラの半月だろ」
「ち、違います、少し毛深い女の子です」
「たい、君は助けてもらうのが当然なのかい?」
「す、すまん、助けてくれてありがとう。僕は大丈夫だけど」
「あの、肘から血が出てますよ、よかったらこのハンカチ使ってください」
いちが知世に小さく黄色い金魚の描かれた白いハンカチを渡した。
「ありがとう、あなたの名前は?」
「倉子いち、です」
「私は鮴末知世、皆、ゴリさんって呼びます」
「皆失礼ですね、こんな可愛い女の子に。知世さん、日余さんと付き合ってるんですか?」
そういういちを見やって目を見開いた後、葉阿戸と一緒に笑った。
「俺と付き合ってるなんて、誰がそんなデマ流したんだ?」
「いや、茂丸が」
「そういう事! メイクの練習に付き合ってくれる人が来るって茂丸に話しただけだよ」
葉阿戸の言うことに安堵した僕は片手を上げた。
「そうだ、相談があります」
「なんですか?」
「ここだと人の目が」
「じゃあ、この近くにある、俺の配信部屋に行く?」
「カラオケはいいの?」
「またいつでも来れるし」
「いちはまた明日な」
「うん、うち、時間ないから」
いちはお辞儀をしていなくなった。
「じゃあ行こう」
葉阿戸は前を歩く。
「いち君、かっこいいね」
「そう? 可愛いが勝つけど」
「俺よりドキドキするの?」
「葉阿戸にかなう人はいないよ」
僕が言うと、葉阿戸は満足気に笑った。
「ありがとう」
そして、アパートの一室の前にたどり着いた。