71 3学期、危険な恋の代償
僕は学校に着くと、靴を履き替え、1年3組に入った。始業開始まで20分というところだ。
クラスにはいちや都零や満が居た。
「おはよー、あけましておめでとうございます」
いちが手をひらひらとふった。
「おはよ、あけおめ」
僕はいつも通りズボンとトランクスを脱いでから便座に座る。
「いち。しばらく見ないうちに可愛くなったなあ」
僕は暇なのでいちをからかう。
「うちはかっこいいって言われたいんだけどね」
「茂丸は?」
「まだじゃないかな? 珍しい」
そう会話していると本人が登場した。
「おっす!」
「今日は遅いんだな」
「まあ、まあな!」
「そうか」
僕は不思議に思った。
隣の席の茂丸から、甘ったるい匂いとタバコの匂いがする。桃のような匂いとヤニ臭さがある。
そして僕はその匂いを知っている。
(この匂い、嫌な予感がする)
続々とクラスメートが集まった。
キンコンカンコーン。
チャイムのなった瞬間に、橋本が入ってきた。
「おはようー、それじゃあ今日の朝礼を始めるー。これから名前の順に並んでー。冬休み明けの集会があるらしいー、ズボンとトランクスは着てけー」
「あるらしいじゃないですよ! しっかりして下さい」
「よくツッコんだなー、ドMのたー君ー」
「はい?」
「いやー、職員用のパソコンに転送されているんだよー、蟻音の写真ー」
「ええ!?」
「じゃあーそういうことでー、学級委員のたーくん、頼んだー」
「ちょっと、待ってください」
僕は先生の腕を掴みにかかった。
「乱暴は厳禁だぞー」
「見せてください」
「はあー、ほら、これー」
橋本がケータイから見せたのは、明日多里少の撮った下半身丸出しで土下座する僕の姿だった。その次に見せたのは、僕はM字開脚でドMのたー君ですという文字の風呂敷のようなもので股間を隠した姿だった。
僕には分かるがこれは眠っている僕だ。
(明日姉さん、これは相当きてるな)
「これはそう言うんじゃなくて!」
「やんちゃも程々になー」
橋本は悟ったような表情で遠くに行ってしまった。
「どうやって、学校のパソコンハッキングしたんだよ! マジ!」
僕は視界が暗くなっている気がした。
「皆、並んでー」
いちの柔らかな明るい声がした。
クラスの皆が並び始めた。
「いち、ありがとう」
「いいえー、大丈夫?」
「おう、じゃあ、皆行くぞ」
僕はズボンとトランクスを着て、先頭を歩き、体育館に向かった。
体育館は少し寒い。
「たい」
僕はすれ違いざまに名前を呼ばれる。
「葉阿戸!」
「後で話したいことがある」
「僕も」
僕が答えると、口元に人差し指をつけて葉阿戸は離れていった。
クラス順に並んで、座った。
「ええー皆さん、冬休みはいかが過ごされましたか〜〜〜〜」
校長の長い話を聞く。
「〜〜〜〜というわけで、3学期の学校生活をご有意義に過ごしてください」
校長の話も終わり、今日は帰れることになった。
「今日から学校か、体がなまってるな」
茂丸と話しながら教室へ向かう。
「嫌なのか?」
「いや、全然?」
「あんたさ、ひょっとして」
「違うよ」
「まだ何も言ってないだろ。明日姉さんと、その、ホテルにでも行ったんじゃないか?」
「そ、それは、そうだけど、付き合ってはない、……まだ」
「やめとけ、今、僕が寝てる時に撮られた写真が学校に晒されてるんだよ」
「まじか!? それはきつい。やめとこうかな」
「それと僕のこと言わないで。この話は内密に」
「分かったよ。帰りラーメン行く?」
「葉阿戸と話がある」
「あそー」
茂丸は特に気にするでもなく平然と言ったように見えた。
◇
放課後、廊下にて。
僕は明日多里少にやられたので困っていることを葉阿戸に話した。
「……それは大変だったね」
「僕のことをどうしたいんだろう」
「姉さんは毒蛇のような人だから一度捕まったら逃げるのは大変ってことだよ」
「今、消化しているのかな」
「まあ、俺の方から働きかけてみるよ」
「それは置いといて、葉阿戸の用事は?」
「あ、今度の日曜日、バイオリンのコンサートにいかない? 実はチケットは取ってあるんだけど」
「ええ!? 行くよ! 絶対に行く」
「開演が14時からなんだけど」
葉阿戸はチケットを長方形の青いバッグから取り出した。
地元の公民館でやるようだ。
僕は自転車で20分くらいのところで安心した。しかし、特にバイオリンは興味がなかったが、葉阿戸に合わせることにした。
「でも雨が降るらしいよ」
「じゃあ車で行くかな、葉阿戸は? 親いるん?」
「居ないからどうしようかと思ってる」
「なんだ、じゃあ乗せてくよ?」
「いいの? ありがとう!」
「服は?」
「フォーマルな服で」
「明日姉さんに買ってもらった服で行くか」
僕は窓から空を見上げた。晴天だ。
ブーブー
メールがきた音がした。
葉阿戸のケータイだ。
葉阿戸はケータイを開く。
「これはひどい」
「何が?」
「いや、こっちの話」
葉阿戸は僕が画面を見ようとすると、さっさと画面を暗くして、リュックにしまった。そして僕を見て、壁ドンならぬ窓ドンをした。
ドン!
「ふえっ?」
「いいからこの状態で話を続けてくれ」
葉阿戸は小声で僕の耳を震わせた。
「ちょ! えっと、じゃあ、日曜日は13時に迎えに行くからね」
僕は心臓が飛び出そうだった。
「うん、ありがとう」
「あの、いつまで、この状態なんだ?」
「ハート隊のモンが見てる」
「あ、そう言えばチョコ好きなんだよね? 手作りと市販どっちがいい?」
「好きだよ。たい、一緒に作らない? 2月14日の金曜日は家庭科室が出入り自由なんだって」
「僕も好きだよ、葉阿戸の事が」
僕が言うと、葉阿戸は僕の傍から離れた。
「俺はチョコが、だよ」
葉阿戸はむくれ顔になる。キス顔になる僕を両手で挟む。
「むはあ。分かってるよ」
僕は葉阿戸の手を押しのけた。
「モン君、居なくなった?」
「まあね、俺らがラブラブな所を見せつけて、俺を諦めてほしいわけだよ。分かった?」
「そうなのか、でもいいのか?」
「いいんだよ、俺は少し八方美人過ぎた。しばらくたいと付き合ってることにしたい。嫌かい?」
「ううん、嬉しい」
僕は葉阿戸の腕をとった。
「キモいから触らないで。俺が攻めって決まってるから」
葉阿戸はびっくりするほど強い力で振りほどいた。
「ガーン……!」
「寒いし帰ろうよ」
葉阿戸は昇降口の下駄箱へ足を向けた。
僕は葉阿戸の金魚の糞のようにくっついて歩いた。




