68 夜の逃避行
「そういや、葉阿戸の両親は?」
僕は不思議に思って聞いた。
「あー、海外旅行に行ってる」
「すげえな? どこに?」
「シンガポール」
「へえ、マーライオンのあるところか」
「そうだなぁ」
「写真後で見せて?」
「いいよー」
葉阿戸の声に僕は一大決心をした。
「……、あのさ、今日はもう帰りたくないよ、僕、明日姉さんが怖いんだ、何されるか!」
「いいよ」
「分かる、葉阿戸のそういう気持ちも分かるが……って? ええ? いいの!?」
葉阿戸のセリフの上にかぶさるように言った。
「じゃあ、首輪だけ外すかー」
「外せるのか?」
「うん、ゴム手袋で、外せると思うよ」
「それよか、ケータイのGPSで見られてると思う、電源落として」
僕らはケータイの電源を切る。
「100円ショップに行こう」
「うん!」
僕は安心してほっと息を吐く。
「ラブホでもいい? ビジホより楽しそう。出入りするところ見られずに済むしな」
葉阿戸の提案に僕は高速で頷く。
「僕は何でもいいけど、今日は明日姉さんに……」
「会いたくないんだ、って?」
「……そうだよ」
「9時回ってるな」
葉阿戸はブランド腕時計をさも当たり前かのように見せた。
「どうしよう! どうしよう! 100円ショップ閉まってる」
「コンドームで取れるかな」
「こここ、コンドームなんて買ったことないよ」
「はあ……」
葉阿戸は童貞みたいなことを言うなと言う目で僕を直視した。
「それにコンドームって薄いんじゃ」
「重ねて使うに決ってるよ」
「あ、ああ、そうだな」
僕らはコンビニに行くことにした。そこではスポーツ飲料とお菓子とパンやおにぎり、そしてコンドームを買った。
葉阿戸の奢りだった。
「ありがとう、葉阿戸」
「姉さんにバレる前に早く行こう」
葉阿戸と僕は急ぎ足でホテルに入っていった。ちなみに自転車は駐車場の隅っこに置いた。
「1番安い部屋でいいよな?」
葉阿戸は有無を言わせぬスピードで部屋のボタンを押した。赤いランプが点滅した。
僕はドキドキしていると葉阿戸に腕を掴まれた。
「たい、ぼうっとしてるけど、大丈夫?」
「いや、うん、別になんともない」
僕は部屋に着くと葉阿戸と目を合わせることが出来なかった。
「あ、言っとくけど、お色気シーンはないから」
「べ、別に期待してないよ!」
「姉さん、明日怒ってないといいけど」
「そ、そうだ、首輪外せるか?」
「やってみよう!」
葉阿戸はコンドームの箱を開けて、何個か取り出すと、僕の首輪のある首の内側に敷き詰めるように挟む。最後に手に何個かのコンドームをつけて首輪を外しにかかった。
ビリビリ
電気の音がするも、痛くなかった。
葉阿戸は慎重かつ、素早く首輪を外した。
「取れたー!」
「やったー!」
「じゃあ、俺は風呂の湯貯めるわ、それから風呂入るな」
「もちろんいいよ」
「ん!」
葉阿戸はせかせかと急かされているかのように動く。
僕は何気なくテレビをつける。
(映画でも見ようか? そういえば置いてきた茂丸は大丈夫だろうか?)
ケータイを手にとった。
「電源入れたらバレちゃうかな?」
「君は何がしたいんだい?」
「葉阿戸」
「たぶん茂丸なら大丈夫だよ」
「なんでいい切れるんだよ」
「たいのことが好きだから」
「え?」
僕の胸の鼓動が高鳴る。
「あ、姉さんがね! 明日姉さんがたいのことを好きだから」
「ああ、そりゃまあそうだな」
「カラオケでもしよう」
「どうやってその画面にするの?」
「貸してみ?」
葉阿戸は瞬時にカラオケの画面に変えた。
「さくらんぼ、歌おう。あ、たい、もうチェリーじゃないんだっけ」
「まあ、半ば強制だけど、あと、それマイクじゃなくてバイブ」
「え、ああ、こういうギャグだから」
「ガチで間違えるなよ! このド天然うなぎが!」
「そこまで言わなくともいいだろ」
葉阿戸はマイクを持ち出して歌い始めた。
♪
「もう1回!」
僕もノリに乗る。
葉阿戸は歌い終わると首輪を見た。
「あれ? そういや首輪にもGPSがつけられてるんだっけ?」
葉阿戸は電力の失った首輪を掴んだ。窓は少ししかあかなかったが、隙間から思い切り投げ飛ばした。
「葉阿戸のそういうところ好きだよ」
「俺もたいのことは好きだけど、変な意味じゃないからな。風呂入ってくる!」
葉阿戸は早口で逃げるようにバスルームに消えていった。
「なんだよ、好きか!?」
僕は枕に顔を埋めた。しばらく悶々としていると葉阿戸がバスローブを着て出てきた。
「たいも入ってきな」
「うん、行ってくる」
僕は服を脱ぎながら進んだ。
風呂場は広かった。温泉のように四角く作られた浴槽にいい匂いのするボディーソープやシャンプー。
僕はよく温まって風呂から出た。
「葉阿戸、お待たせ! ……寝てるし」
僕はベッドに寝っ転がっている葉阿戸を見た。そして仰向けで寝ている無防備な葉阿戸に布団をかけた。その後、ベッドに潜り込む。なんとか理性は勝ったのだった。




