64 共依存?
次の日、12月28日。
窓から見た小さな町は一見、お正月飾りでわざとらしくきらめいている。
僕は朝から勉強をしていた。英単語のそれだ。
ピンポーン
チャイムがなった。
僕は嫌な予感がした。
だんだんと階段を駆け上がる音が耳に障った。
「お兄ちゃん、おはよう!」
声の主はやはり風子だった。
「おはよう。僕は見てのとおり勉強してるから、遊ぶんなら1人で遊んでね」
「そう言うと思って、おもちゃいっぱい持ってきたんだ、さあ遊ぼう」
風子には邪険に扱っても、全く効き目がなかった。
「だから僕は、勉強を」
僕は振り返る。
泣き出しそうな風子がいる。
「わかったよ、僕は何すればいい?」
「お兄ちゃんは恐竜役ね」
「ごめん、僕、おままごとしたことないんだー、ゲームしよ?」
「うーん、わかったわ」
風子はリカちゃん人形を片手に言った。
「ぷよでいい?」
「いいザマスよ」
「リカちゃんはいいから!」
「お兄ちゃんはウチのこと嫌いなんだ?」
「そんな事ないよー、好きだよー(棒読み)」
僕は超高速でゲームをセットした。
「はい、これ」
僕はコントローラーを風子に差し出した。
「始めよう!」
僕はテレビとハード機をつけた。
♪
画面が明るくなった。
「遠慮はいらないよ」
「それだと大人気ないかなって」
「本気でかかってきなさい」
「風子先生、わかりました」
僕は対戦を選んだ。
♪
心がワクワクする音楽がなっている。
5種類のぷよが2つずつ落ちてくる。同じ種類が4つで消える。
『レディ、ゴー♪』
『1、2、3、4、5!』
音沙汰なかった風子はいきなり5連ダブルを打ってきた。
「嘘だろー、強すぎる」
僕も大連鎖を狙っていたが、待っていた緑が落ちてこなかった。
「ふっふっふ、まあねーん、よくやってるし?」
「でも、このくらいどうってことないよ。本気の力を見せてやる」
僕は気を取り直して、コントローラーを握った。
何度やっても、風子には勝てなかった。
「これはコントローラーが悪い!」
「じゃあ交換してみる?」
「いい!」
「お兄ちゃんって負けず嫌い?」
「……そうだよ」
「ぷえー」
「アルパカか!」
「お兄ちゃんって勉強ばっかりしてるけど、将来何になりたいの?」
「うーん、なれるものになるさ」
「ウチはねー、芸術家になりたいなー」
「ふーん、金がかかるよ。美大に入れてもらえるならいいけど」
「お金かー」
「無難に公務員、目指したほうがいいよ」
「たいちゃん、あんたもね!」
母が洗濯物干しにやってきたついでに、僕の部屋に入ってきたようだ。
「母さんは黙ってて、とりあえずは東京の大学に行くんだから」
「まあ、ちゃんと働いてくれたらそれでいいよ」
「僕はスキルアップして会社で精進するよ。係長クラスなら上り詰められると思ってる」
「夢だか妄想だか知らないけど、頑張ってね。誰に似たんだか?」
「それは未来だよ。とにかく僕はなれるものになるから」
「ゲームは程々にねー」
「はは、息抜きも必要だから」
僕はゲーム画面を消してテレビのチャンネルを回した。
(母さんにゲームしてるところ見せたくなかったんだけどな)
「ちょっと、お兄ちゃん、負けたからって切らないでほしいよ」
「もうゲームは終わり! 外出歩くよ」
「え? 何処かいい場所知ってるの?」
「そのへんを散歩するんだよ」
「ウチのこと犬かなにかだと思ってない?」
「あのさ、遊ぶのはいいんだけど、事前に連絡ほしい。部屋が散らかってるし」
「これの何処が散らかってるんだろう」
風子は辺りを見渡した。
ピシッとしたシーツに収納に収まっている衣類。そして背の順の本棚の本。ゲーム類はテレビの下に隠すようにおいてある。
「心の準備が必要だから!」
「そんなに遊びたくないの?」
「遊びたくないわけではないよ。でもほら、勉強があるし」
「嘘だよ、遊びたくないんだ」
「違うって、それに僕、彼女にバレたら怒られるからさ。女の子と遊んでたら」
「例の明日姉さん?」
「あ、それは……」
「じゃあ電話して? 明日姉さんと話すから」
「風子ちゃんに、ピーもピーも言ってきて、精神的に潰されるよ。まあ、散歩でもしながら帰ろうや」
「ピー? わかったよ。お兄ちゃんがいつでも来れるように、歩きで1時間かけて帰るよ」
「帰りは母さんに頼もう」
「ダメ、走って帰ってね」
「そんなぁ、でも筋トレにもなるか!」
「おもちゃ置いてくね」
風子は両手で抱えるほどの量のおもちゃを僕の部屋の隅に置いた。
僕はジャージに着替えた。
「仕方ないな。じゃあ帰ろう」
「はーい」
風子は小柄な身体に合うリュックを背負って玄関まで行く。
「母さんちょっと風子ちゃん送ってくる」
「ちょっとこれ、食べながらでも」
母が僕の手で包めそうな大きさの焼き芋を風子と僕に渡した。
「お邪魔しました」
「はいはい、気をつけてね」
「ねえねえ、明日姉さんのこと聞かせてよ」
「18歳になったらね」
「お兄ちゃんだってまだ16でしょ」
「痛いとこ突くな。葉阿戸の女版って言ったらわかるかな?」
♪
「お兄ちゃんケータイ鳴ってるよ?」
「げ! 噂をすれば」
「明日姉さん!?」
「出たほうがいいかな」
「うん、首輪にGPSあるんでしょ」
風子のごもっともな意見に少し落胆する。
『もしもし』
『あーら、飼い犬が飼い主に楯突こうとしてるのかな? なんで5コール目で出るんだ?』
『ちょっと、従兄妹が来てて』
「お兄ちゃん、ウチが話すよ」
『要件は?』
僕は風子に目を向けることなく口早に言った。
『31日、あーしも暇だから、混ざるからな』
『はい、かしこまりました』
『時に、女の子といるのか? お兄ちゃん』
『従兄妹なんです、許してください』
『ふうん、そっかー、楽しそうだなぁ』
『今日は大学は?』
『ん? 冬休みだよ?』
『奇遇ですね、僕もそうです』
『ああ、これからは従兄妹とは会うなよ。もし2人きりになってたらお仕置きだからな』
『お仕置き?』
『ちゃんと言い聞かせなよ。じゃな』
明日多里少にぶち切られたケータイを耳に当てたまま崩れ落ちる。
「これからは遊べないの?」
「そうなるな、ごめん、風子ちゃん」
僕は気合で持ちこたえ、歩きだす。
「うーん、わかったよ」
「あ、後で、おもちゃ返しに行くよ」
「それはいいんだけど、なんで言い返さないの?」
「怒ると怖いじゃん」
「なんか、共依存みたいだね」
「よくそんな難しい言葉を」
僕は前を歩く風子の顔を見れなかった。
「ここまででいいよ、ばいばい」
風子は涙声で小さく発すると、走って行ってしまった。
「あ、ばいばい」
僕は立ち尽くして、意識がぼやける。そして向き直して自宅に帰っていった。帰宅する。
「早かったね? 風子ちゃんの家までいかなかったんだね」
「母さんまで、僕をいじめないでくれよ」
「そう?」
「後で、風子ちゃんの家に人形届けてくれ」
「喧嘩でもした?」
「いや、彼女の束縛が酷くてー」
「ふうん、なにか手伝うことない?」
母は僕を見ながら、大福を食べている。
「絶対思ってないだろ! 心配する気ゼロだろ!」
僕は口から毒を吐いて2階に駆け上がった。
(ああ、もう、なんで言い返さないのって、怖いだろうが。共依存か? そういえばなんで付き合ってるんだろう。僕は葉阿戸の事が気になっていたのに。今更、別れることなんて出来ないし)
ベッドにうつ伏せで寝る。
1階からからくり時計の音がした。
「もう12時か……!」
僕はその日1日何もする気になれなかった。
(まるで心に穴が開いたようだ)