61 2学期最後の授業
♪
洋楽が聴こえる。アラームのようだ。
「明日姉さん?」
僕はメガネをかけて、時計を見た。
朝の5時だ。
ガッツリ眠ってしまった。
ピンク色の布団から這い出て、下着を着る。
明日多里少はちょうど起きたようだった。
「おう、おはよう」
「お、おはようございます」
僕の返事を聞いてから、明日多里少はシャワーを浴びに行った。5分後、衣服を身にまとった明日多里少が出てきた。
「よし、さっさと出ようぜ。ポチ」
「ポチじゃないです、たいです」
「たい、君はあーしの犬だからな。喜べ」
「ありがとうございます、嬉しいです」
僕は明日多里少を横目で見つめる。
明日多里少は玄関の精算機で精算している。
ガタン。
ドアの施錠が解けた音がした。
「今日も学校だな、頑張れー」
「はい」
僕は明日多里少の車で家まで送っていってもらった。
「それではむっ……!」
僕は胸ぐらを掴まれて明日多里少にキスされた。
「じゃあな」
明日多里少は僕を離して、手をふった。
「帰りお気をつけて!」
僕はドキドキしながら車から出て、家に入っていった。
「たいちゃん、おかえり」
「ただいま」
「服買ったの?」
「まあ、買ってもらったんだけど」
「何処の誰なの?」
「日余葉阿戸さんって知ってる?」
「こないだうちに来た女子のこと? 葉阿戸って呼んでたよね?」
「いやそうじゃなくて」
「何処であんなに可愛い子と知り合ったんだか」
「その葉阿戸じゃなくて!」
「またうちに呼びなさいな」
「だから葉阿戸は男だよ」
「まっさかー」
「ああもう。見て。この写真。学ラン着てるでしょ?」
僕はケータイで葉阿戸と行った合コンの写真を見せた。
「あれ? なんで男装してるの?」
「男だからだ。それと僕が付き合ってるのは葉阿戸のお姉さんの、明日多里少さんだよ」
「情報過多なんだけど」
「とにかく僕はその人と付き合ってるから」
「いくつくらい年が離れているの?」
「5歳だけど?」
「どんな子?」
「厳しくて、でもその厳しさに優しさがあって、でなおかつ、可愛くて」
「今度うちに呼びなさいな」
「もう少したったらね。今日もご飯いらないから。一応帰ってくるけど」
僕は時計の針が7時になるのを見て焦る。
「英語の勉強しないと。抜き打ちテストがきたらまずい」
僕は学ランに着替えて、ヒゲを剃り、朝食を食べる。そして、学校へ向かった。
1時間近く早く学校について、教室までやってきた。
便座に座り英単語の勉強を始めた。黙々と勉強をしていると誰かが走っている音がした。
たったったった
僕は足が固定されているので見に行けない。
がらら
「たい! おはよう」
「おはよう、いち、どうしたの」
「日余さんがおかしいんだ」
「いち君いる?」
「ひえ! きた!」
「乳首が薄桃色なんだって? 俺にも見せて?」
「僕に任せて! いち、足のロック外してくれる? ”葉阿戸”は僕と話をしよう」
僕はいちに頼みながら、”葉阿戸”を凝視する
足の拘束は外れたので”葉阿戸”の腕を掴んで廊下に出た。その腕は痩せている。
(ここにも馬鹿がいた……)
「姉さん、やめてあげてください、葉阿戸は何処ですか?」
「もうバレちゃったか? だってさ、茂丸君が葉阿戸にいち君の乳首が薄桃色って言うから。葉阿戸なら外の体育用具入れにいるよ」
「何やってるんですか! 助けに行きます。姉さんは大学行ってください」
「わかったよ。たいってばイケズ」
「留年するんじゃないですか?」
「しねえよ、じゃあ今日は学校行くかな」
ふてくされている明日多里少と外に出る。
「じゃあな」
「はい、また!」
僕は走って体育用具入れに行き着く。
(体育用具入れは絶対に寒い)
鍵は開いている。
「葉阿戸無事か?」
僕は葉阿戸が長縄跳びの縄でぐるぐる巻きにされているのを発見した。口にはガムテープで抑えられている。
ベリリ
「はー、たい、助けにきてくれて、ありがとう」
「寒くなかったか? 大丈夫?」
「コート着てるから、寒くはないよ。姉さん、ドSだから気をつけたほうがいいよ。特に酒を飲むととんでもなくなるからな」
「もう少し早く言ってくれよ! もう主従関係結んじゃったんだ」
僕は葉阿戸に結ばれてある縄をほどいていく。
「主従関係か。姉さんに捕まったら振りほどいても絶対に離さないからさ、何度も言おうとしたんだけど」
葉阿戸の縄を解くと、一緒に昇降口に歩いた。
「そうだ、俺良さげな映画借りてきたんだけど、視聴覚室のパソコンで見れないかな?」
「流石に学校じゃ……」
「俺の家こいよ、散らかってるけど」
「茂丸!」
いつの間にか茂丸が近くに潜んでいた。
「”ショーシャンクの空に”か」
茂丸は葉阿戸からDVDを借りて読み上げた。
「茂丸、たい、観たことある?」
「ない。へえ、刑務所での話なんだ」
「僕、1回観たことある。囚人の話だ。一生懸命今を生きることの尊さを学んだよ。色々言いたいけどネタバレになっちゃうから」
「見たことあるんだ」
「でももう1回観たいな」
「じゃあ、俺の家来いよ。集合場所は廊下だな」
茂丸はDVDを葉阿戸に突き返して、3組に入っていった。
「おはよう。いち」
「茂丸君、おはよう」
「葉阿戸には言っといたから、もう大丈夫だと思うよ、何かあったら言ってね」
「たい、ありがとう」
「何が?」と茂丸。
「話がややこしくなりそうだから割愛しよう」
「なんだよ、言えよ」
「英語が1時間目だ、どうしよう、今日やるところ覚えてない」
「とかいいつつ、たいは毎日勉強してるんでしょ?」
「いや昨日は全然勉強してないよ」
キンコンカンコーン
がらら
担任の橋本がドアを開けた。マスクを着けている。
「皆にインフルエンザ菌を移しに来たぞー!」
「「「冗談でもやめてください!」」」
全員が即答する。
「先生、明日、戻るはずじゃなかったんですか?」
「それが教頭が1日ずれて勘違いしていたそうでー、医者から許可もらってるー。はいー、じゃーズボンとトランクスを集めてきてくれー」
橋本に言われ、僕らは下半身裸になった。
僕らはいつも通り前を向いていた。
がらら
和矢が橋本と入れ替わる。
「英語の授業を始めます」
「深呼吸、礼!」
「「「お願いします」」」
「えー、突然ですが今日は英単語テストをします」
「ええー! テストはもう終わったじゃん、和矢ちゃん」
竹刀の声が轟く。
「3学期の向けて、皆さんの英語力を確かめる為のテストです。1学期の終わりにもしましたよね?」
和矢の答えに皆は面食らっている。
僕は1人、英単語の小冊子をテストが始まるまで読んでいた。
(そう、そのとおりだ。だから僕は警戒していた)
テストが配られるので、小冊子をしまう。
「それでは始めてください」
和矢の合図でテストが始まった。
僕はスラスラと名前を英語で書いた。そのままの勢いで、英単語を書き連ねる。8割とれれば及第点だ。
「はい、フィニッシュ」
光陰矢の如し、テストは終わりを迎えた。
「後ろから回してきてください」
「ん? たい、お前、勉強したな? なんでテストあるってわかった!?」
満が僕の答案を盗み見た。
「僕は勉強してるのが当たり前なんだよ」
「ちなみに赤点だった人はペナルティーがあります」
「どんな?」
「間違えた問題の答えをこの紙に8回書いて提出することです。次回の英語の授業では楽しみにしてください」
「赤点って?」
「30点以下の人です。それではレッスンを始めます」
それから英文を読み上げたり書き込んだりした。
キンコンカンコーン
「これにて英語の授業を終わりにします」
「深呼吸、礼!」
「「「ありがとうございました」」」
次の授業は体育だ。
「トランクスを返すー、山田先生から伝言ー、体育館履きを持って体育館の2階に来ることー」
橋本はトランクスを配ると、つぶさにその由を伝えて消えていった。
「いちーおっぱい見せて」
比井湖がいちにちょっかいを出す。
皆、ジャージ姿だ。
「嫌だよ、なんで見せなくちゃならないんだよ、自分の見てろよ」
「何、いちのこといじめてんだよ。いちのおっぱいは俺のだぞ」
「竹刀君、誤解を生むようなこと言わないで」
萌え袖のいちは颯爽と駆けていった。
皆は肉食動物が狩りをしているかのように追いかける。
僕はダントツでいちに追いついた。
「たいまで、うちのこと狙ってるの?」
「足遅いよ、いち。僕が引き付けておくから体育館の2階まで行きな」
「ありがとう、たい」
「皆ー、一発ギャグやりまーす。……僕は乳首を備蓄しています。これで乳首を構築ビ!」
僕は体操着と下着をまくり、乳首をつまんで大声でギャグを言った。
シーン。
皆は開いた口が塞がらないようだ。
「一生懸命考えてそれかよとか言うなよ」
「なんだよそのギャグ……ふふっ」
くすくす。
皆は唖然失笑した。小さな笑いが広がっていく。
「乳首なんて気にする必要無いな! もういちを追い回すのはやめよう」
茂丸に賛同するように皆頷いた。
「「「いち、追いかけて悪かったな」」」
体育の授業が終わって竹刀達は申し訳なさそうに言った。
ちなみに体育の授業は卓球だった。
「え? まあ許すけど、もううちに嫌がらせしないでね」
「ん! これで修学旅行が楽しみだな」
「いやらしいな、でもうちはカラスの行水だからね」
「もう教室行こうよ、いち」
僕はいちに目をかける。
「さっきはありがとう」
「たいのはクソみたいなギャグだったけどな」
茂丸は僕といちの間に割り込んできた。
「なんだよ、茂丸、僕らになにか言いたいことでもあるのか?」
「いちまでたいの毒牙にかかったのかと思うと悲しくてな」
「僕は誘惑したりいちをどうにかさせたりなんて思ってないよ。この赤点丸!」
「家庭科のテストが69のくせに。彼女とはもうやったんか? え?」
「この変態! いちにはまだ早いんだから変なこと言うなや!」
「いち、面白いビデオあるんだけど今度観る?」
「やめろ! いち、絶対に茂丸の口車に乗るなよ」
「わかってるよ。それより修学旅行で襲われないか怖いんだけど」
「僕が守ってあげるから」
「たい、ありがとう」
「そもそも同じクラスになるかが問題だけどな」
「先生に言っとくから」
「はっしー(橋本)は性格悪いぞー」
僕らは茂丸を無視しながら教室に入った。
次の音楽の授業も普段と変わりなく終わって、今学期最後の授業は世界史探求だ。
僕の企みとは打って変わって、自習にはならず、普通に授業が行われた。
キンコンカンコーン
「はいそれでは終礼に入るー、ズボンとトランクスを返すー」
橋本は中身のあるゴミ袋を流れ作業のように前から送っていった。
「よっしゃー、明日は終業式だ!」
「喜ぶのはまだ早いぞー園恋ー。宿題が出ているー、数学と英語のプリントー、世界史探求は無いからといって勉強サボるなよー。それでは各々帰宅してよしー」
橋本は静かにプリントを配るとのんびりと歩いていなくなる。
僕はこれからの映画上映会が楽しみになった。茂丸と寒い廊下で葉阿戸を待った。