56 平和な1日
「はい、それでは授業を始めます」
ラジカセを持った和矢は号令を促す。
「深呼吸、礼!」
「「「お願いします」」」
「テストは月曜日返します。それではプリントを配ります」
英語のプリントをファイリングした。
SがOをVする。受動態と能動態。
簡単だけど、重要な復習だ。
その後も、先生はクラスメートを名前順で日付に当てはめて、席順で問題を解かせていく。
「園恋君、1番目は何?」
「受動態です」
「読んでみて」
「ゴリラはうんこを投げられた」
「あー、逆にね! 違う。園恋君。じゃあ隣の蟻音君、訳してみて」
和矢から僕は当てられる。これぞ所謂、とばっちりだ。
「私はゴリラにうんこを投げられた」
「正解」
和矢は表情を崩すことなく、ポーカーフェイスだ。
「次、前に行って常夏牙君、問い2は?」
「私は寝小便をした」
「正解」
その後も、変な問題ばかりだった。
キンコンカンコーン
「それでは、ここまで。学期末テストに出ます」
「深呼吸、礼!」
「ありがとうございました」
がらら
「どんな問題だよ!」
「茂丸、うるさい」
ブリイイ!
終硫がうんこをする。
「たい、ペーパーある? くれないか?」
「あるけど? なかったらどうしてるつもりだ」
「臭ええ! 何うんこしてんだよ、次、世界史探求と数学と保健だぞ」
満が鼻をつまむ。
「全部教室かよ」
「フルコンボだドン!」
茂丸は竹刀に被せて言う。
「フルチンポだドン!」
比井湖も冗談を言い合う。
「そんなあんたに消臭剤スプレーだ」
僕は終硫に消臭スプレーを渡した。
「ありがとう」
終硫はスプレーをする。
「なんか、マシになったね」
いちは言いながら、ぼんやりしている。
僕はいちからもらった本を読み始めた。
キンコンカンコーン
「先生は休みで、代理で来た。世界史探求は自習だそうだ。あんまり騒ぐなよ。それじゃあ。……なんか臭いなこの教室……」
「俺も腹痛くなってきたかも」
「茂丸、耐えろ。3時間くらい! 頑張れ頑張れ、できるできる、絶対にできる。頑張れもっとやれるって! 諦めるな! 頑張れ!」
ブリッチョ、ブリィイ
不潔な爆音がした。辺りいったいが激臭に包まれた。
「たい、ペーパーある?」
「はあ……。あるよ! つうか、うんこするならするで、持ってこいよ!」
「う、俺も出そう」
反対隣の王子だ。
「囲碁の周り囲むやつか! やめろよ。もうペーパー1人分しかないぞ。我慢しろって。ネバギバ!」
ボフッブリイイ
「しまった、囲まれた!」
僕は頭を抱えた後、ペーパーと消臭スプレーを王子に投げつけ、くれてやった。
「悪いな、たい」
「臭いから、早う、スプレー、し!」
僕は身体を何処に向ければいいのかわからなくなった。
「囲まれたな。たい、残念だったな」
「勃起マン! テストで負けてもまだそんな事が言えるかな?」
「来週か。……そういえば、王子、冬休み明けて、1月の終わりになったら、匂い検査するからな」
「分かってるよ、今日はまだセーフだろ」
「たい、大丈夫?」
いちは心配そうに眉尻を下げている
「なんとか……」
「好きな女子の話でもするか?」
茂丸は真面目な顔で言ってきた。
「修学旅行気分か!」
「修学旅行かー野郎の裸見てもつまんねーなぁ」
「日余さんの裸見れるのか?」
「葉阿戸は見ないほうがいいぞ」
「あえて見ないのか?」
「何をあえるんだよ! 見れるなら見るよ」
「部屋にある、個室の風呂に入ってたよ。中学の時」
そういったのは鳴代だった。
「中学一緒なんだ、いいな」
「なにげに同級生だよ。全く話さなかったけど」
「話せよ!」
「そういうノリにならなかった。スポーツも出来て、短髪で、俺とは逆で陽キャでさ。稀有の人には見えなかったよ」
鳴代は名前のとおり肌が白い。そして、大柄だ。だが、こころなしか縮こまっていて、自信がなさ気だ。
「あのな、葉阿戸が誰とでも分け隔てなく接するって知らないのか?」
「知ってるよ。日余さんが前の席になったら必ず朝、挨拶してくるからな。俺は卑屈でそういうキャラを演じてるとしか思わなかったけどな。無視し続けたわけだが」
「おい! 健気だな。葉阿戸」
「親衛隊の人に目をつけられたら大変なんだぞ?」
「僕のことか?」
「奇跡的に何もされてないようだけど、これからどうかな?」
「葉阿戸にチクるだけだよ。そういや、モンって人知ってる?」
「虻庭モンのこと?」
「危険な人なのか?」
「日余さんのことになると目の前が真っ白になるって聞いたよ」
「ああああ、葉阿戸の乳首、ちゅうちゅうしたい。チューペットのように」
「茂丸は黙ってろ」
そういう僕は昨日のことを思い出してはにかむ。
「まあ、とにかく、気をつけろよ」
鳴代は前を向き、勉強をし始めた。
キンコンカンコーン
しばらくして、保険の授業が終わり帰れることとなった。
その日の午前中はとても長く感じた。
「はいでは、ズボンとトランクスを返します。皆はいつも前からとっていくんだったか?」
「はい、そうです」
僕らはやっと自由を手に入れた。
「葉阿戸とはどうなったんだ? ……まあ、表情から察するに葉阿戸とはうまくいかなかったんだな?」
「葉阿戸とはうまくいかなかったが彼女が出来たよ」
「誰? 誰なんだ?」
「内緒に決まってるだろ」
「言えよ! 皆に聞いて回るぞ?」
「あー好きにしてくれ」
僕は弁当を広げる。
「こいつ、二股して、葉阿戸に振られたんだってな」
「まじ? 何してるんだよ」
「別にいいだろ」
「お前ええええ!」
「あんたには関係ないだろ」
「いじめてやる」
「茂丸! たいをいじめないで! お願い!」
「いち、いい子だ」
「たいは後をつける必要があるな」
皆が静かにハイエナのように忍び寄ってきた。
♪
ちょうどその時、誰かから電話がかかってきた。
僕は番号だけ書かれた画面を見て、察知した。
「「「彼女か!?」」」
「スピーカーにしろ」
竹刀は僕が押そうとしたケータイを取り上げた。
「もしもし」
『あ、たい君?』
「「「女だ!」」」
「ごめん、今ご飯食べてるからまたかけ直すよ」
『取り込み中に悪かったな。じゃあ』
明日多里少に通話は切られた。
「今の誰だよ!」
「俺がやっと卒業させてもらった相手だよ」
「ソープ嬢か? デリヘル嬢か?」
「そんなんじゃねえよ。返せよ。先生にチクるぞ?」
僕は竹刀からケータイを取り返した。
「認めねえからな!」
「茂丸の姉ちゃんでも紹介してもらえよ?」
「茂丸、姉ちゃん紹介してくれ」
「なんと言うか、レディースだけどいいのか?」
茂丸の1言で皆は静まり返った。
「今してるのはたいの話だろ。お前と相手の好きな体位は?」
「誰が言うかよ。金払え!」
「いくらだよ」
「質問者は1万で立ち聞き料は3万だ」
「ボッタクリじゃねえか」
「じゃいのおっぱいでも揉んでろ! うるさいから出てくわ。俺になにかしたら葉阿戸に嫌われるからな」
僕は食べ終わった弁当をリュックに入れて、荷物を持って教室を後にした。