55 初々しい僕と手慣れている彼女
「脱童貞、おめでとう!」
「いじめないで下さい」
「なんか食うか?」
「お腹は空いてません」
「あーし、オムライス注文しようかな?」
明日多里少は電話を手にとって、注文しようとしている。
「よくこのような事をされてるんですか?」
「どういう意味だよ?」
「えっと、童貞の人を脱童貞にしてるんですか?」
「してねえよ! 鈍感だな。ワンナイトなら何回かしてるけど? 君、あーしの彼氏になりたいの?」
「こんな事してしまった責任をとらせてください。彼氏にしてください」
「高1の16か、あーしは21の大3だよ」
「構いません、姉さんの彼氏にしてください」
「しゃぁねえな。いいよ。祝って乾杯しようぜ? 酒はいける口かい?」
「下戸だと自負してます」
「硬い硬い、下戸でぇす、うぇーい! 位の明るさで言えよ」
「すみません。後なんで、僕が葉阿戸と焼肉行ったの知ってるんですか?」
「葉阿戸にGPSつけてるから。もちろん、SNSも監視してるからな!」
明日多里少は電話を耳に近づけた。
「おっ、繋がった。オムライスとハイボールとオレンジジュース出来たらすぐで。お願いしまーす」
明日多里少は注文する。
「なりすましてたの、今日が初ですよね?」
僕は初めての経験にどぎまぎする。ベッドの上で正座している。
「どうだろうねぇ? ところで、2回戦、……ヤる?」
「あっ、もう眠いので寝ます」
「お硬いね。あーしもご飯食べたら寝るから、腕枕しな」
「腕枕?」
「本当にど童貞だな、あ、違うか、元童貞か」
「だから、僕をいじめないで下さい」
「酒がきたら、乾杯しようぜ。ちょっとシャワーを浴びてくる」
「はいはい、わかりましたよ」
僕はもうどうにでもなれと、裸のまま、布団に潜る。
(葉阿戸に似てるとはいえ、僕はヤッてしまったのか!)
白い布団に、白いテーブル、まるで雪国に来たかのような模様だった。カウンター席もある。大きなテレビ、バイブ。さっき使ったコンドーム。
「あわわ、お金どうしよう!? じゃいにプレゼントあげる用のお金使おうか? 姉さん、何を考えているのかいまいちわかんねえよ!」
僕は慌ててトランクスを履いていると、バスローブ姿の明日多里少が浴室から出てきた。
「何逃げようとしてるんだい?」
「葉阿戸の声と口調真似るのやめてもらえますか?」
僕は葉阿戸のことを思い出す。
カパ!
入口のドアの小さな四角い小窓から、オムライスと酒とジュースが置かれた。
「あのさ言いにくいんだけど、今、君、汗臭いからシャワー浴びたほうがいい。まあ、とりあえず、乾杯しようぜ!」
明日多里少はオムライスをテーブルに置き、酒とジュースを持って、僕の前に立った。
「じゃあ、童貞卒業、おめでとうー!」
「ありがとうございます! 姉さんについていきます」
カラン
乾杯をした。
僕は彼女を昔から知っている気がした。
「うめーー!!!」
「あんまり飲まないほうがいいですよ?」
「シラフだと面白くないじゃん? たい君も飲んで! ジュースだけど」
「二日酔いしますよ?」
僕はジュースを飲むと、明日多里少の顔を覗き込んだ。
(やっぱり可愛い顔だな、いい匂いもする)
「平気! あーし、二日酔いはしたことないから」
「じゃあ僕はシャワー浴びてくる」
僕は歩き方がたどたどしくなりながら浴室へ入った。脱ぐと服を綺麗に畳んだ。
体を洗ってから湯船に浸かった。
「ああ、気持ちいいー」
少し熱いくらいがちょうどよかった。
ジャグジーになっている。
僕は葉阿戸と明日多里少の事を考える。フル勃起している。
(ショートカットの葉阿戸だと思えばいいや)
屁理屈をこねてでも自分を納得させようとした。
ガーーー!
外でドライヤーをかけている音がする。
僕はゆっくりと何も考えることなく湯船に浸かる。
「あれ、よく考えたら生でキスしたことないな?」
風呂からでて、タオルで体を拭いた。バスローブをまとって出た。
「でっかい独り言、まあ、目を閉じろよ」
乾いてる明日多里少は濡れている僕にキスをした。荒々しいディープキスだ。感じたこともない欲望がせめぎあう。酒の味がした。
チュッ
「寝るんだろう、運べー?」
「はい」
僕は明日多里少をお姫様抱っこでベッドに運んだ。軽かった。そして横に転がった。
「腕枕」
「はい」
「後8時間で出るからな」
「早いような、遅いような」
「あーしが寝たら、起こさずに、自分の歯を磨けよ」
「おやすみなさい」
「おー」
明日多里少は僕の体にくっつき、そのまま眠った。
僕はそうっと起き上がり、いずれ起きる明日多里少のために、部屋に散らばった服を集めて畳んでおいた。そして、テレビで映画を見ることにした。
◇
8時間後
♪〜
洋楽が鳴り響いた。アラームのようだ。
僕は驚き、目を覚ました。
隣に居るはずの明日多里少の姿は見えない。
「古いタイプのラブホだな」
衣服を着込んだ明日多里少は隅の方にいた。カプセルに金を入れて空気で飛ばす。
「古い?」
「エアシューターっていうんだ」
「なんでそんな事知ってるんですか?」
「あー、気にしなくていい。さっさと服着ろよ」
「はい」
僕はよくわからないまま着衣する。
「今何時ですか?」
「5時だよ。車で家まで送るぞ?」
「日余家の前まででいいですか? 自転車忘れてきたから」
「何でもいいけど」
「あ、ホテル代出します」
「いいよ、次のとき出せよ?」
明日多里少はタバコを吸っていた。もう短くなった吸い殻を灰皿に潰して捨てた。
「期待してもいいんですか?」
「そうだな、連絡先はあーし知ってるから、後で、葉阿戸じゃない方のケータイで電話とメールするわ」
明日多里少は葉阿戸の緑のケータイとピンクのごてごてしたケータイを取り出している。
「そう言えば、なんで葉阿戸のケータイ持ってるんですか?」
「それはだな、葉阿戸になりすます為だよ」
「皆にはいいません。でも、僕、葉阿戸と付き合ってることになっちゃってるんですけど」
「そうだな昨日は、食いたくなっちゃってすまん」
「他の人にもそんな事言ってるんですか?」
「たい君だけだよ。ここまで盛り上がれたのは! さ、お姉さんが送っていってやる」
明日多里少に腕を組まれながら、僕らはホテルを後にした。
僕は優越感を感じられずにはいられなかった。
◇
3時間後。
「君さ、姉さんと何してたの?」
葉阿戸は校舎に入ろうとしている僕の腕をとって、裏庭に連れ出した。
「何って、そりゃ……」
「姉さんと身体の関係持っちゃダメだ! ケータイ、貸してくれ」
「嫌だよ! それにもう僕は彼氏だし?」
「姉さんは、姉さんは……」
「なにか事情があるの?」
「ともかく、会っちゃダメだから」
「ヒューヒュー、お熱いね、お2人さん」
竹刀はモンとともに出向いてきた。
「葉阿戸様、真剣なるお付きあい、恩恵にあやかりおめでとうございます」
「なにか勘違いしてるみたいだけど、俺達、付き合ってないから」
「でも、昨日は」
「昨日の俺は俺じゃない!」
「はて?」
「じゃあ、俺がふったってことにしといてくれ! 頼む。じゃあな、たい、竹刀君」
「待ってください、葉阿戸様ー」
モンが葉阿戸の後を追う。
僕は狐につままれた気分になった。
「なんだ、付き合ってないのか? はー、良かったー」
「僕は他に彼女居るから狙いたければ、どうぞ」
「はあ? 彼女ぉ? 昨日の告白は何だったんだよ。待てよ? 分かった! 二股して嫌われたんだな?」
「好きにしてくれ」
僕は呟くと、遅刻ギリギリ組の皆が登校してる中、教室に向かった。竹刀も後ろにくっつく様に走っている。
がらら
キンコンカンコーン
「ああ! 遅刻ギリギリ魔だ!」
「うるせえ、満」
僕は急いで、ズボンとトランクスを脱いだ。
竹刀も同じだ。
「たい、この件は後でじっくり取調べしてやるからな」
「だから、葉阿戸とは何もないってば。本人が恋人じゃないって言ってんだ。信じられないのか?」
「先生来るぞ?」と茂丸。
がらら
「生物の土橋先生?」
枯れ果てた毛根で、丸眼鏡をかけている土橋が現れた。おじさん先生のルックだ。
「先生はインフルエンザで欠席だ。騒ぐんじゃないぞ。それではズボンとトランクスを集めなはれ!」
「ええ? 欠席かよ!」
「テストの丸付けできなくね?」
ざわざわ。
「集めんしゃい!」
「「「はい」」」
僕らには苛ついている土橋は初見だった。
「1時間目は英語だ。大騒ぎしないでくれたまえ」