46 感謝とお礼
「はい、いち」
僕はいちの机にクッキーを置いて、席に戻った。
「ありがとー、たい」
いちはその場で開けて、もしゃもしゃ食べている。
その姿は小動物のようで可愛かった。
「勃起マン、もう授業始まるのにどこに行ったんだろう?」
「あ、多分上の階に行ったと思うぞ。家庭科室から窓からあれを出すと、裏庭の木に伝って落ちていくって聞いたことがあるぞ」
茂丸は得意げに話した。
「次はたいの得意の数学か!」
「大声で言うなよ、いち」
キンコンカンコーン
がらら
チャイムが鳴り終わる前に竹刀が戻ってきた。その後に担任が入ってきた。
「じゃ、トランクスを集めてくれ」
担任は5つのゴミ袋にトランクスを集めて、そのまま去っていった。
入れ替わりに数学の先生が入ってきた。
「授業を始める」
「深呼吸、礼!」
「「「お願いします」」」
先生はいきなりテストの範囲を書き示す。
「ここの範囲を出すので、自習!」
先生は太い声で言い放った。
僕は気楽に数学1の問題を解く。時間も忘れて勉強した。誰かの糞尿の音がしても気にならなかった。
この後は音楽だ。
キンコンカンコーン
がらら
数学の先生と担任が教卓の前で入れ替わる。
「えー非常にめんどくさいので、ズボンも返すー、終礼もやるからそのまま帰るなよー」
担任は前の席の人にズボンとトランクスの入ったゴミ袋を渡して、後ろに回らせた。
「音楽と美術、頑張れー」
担任は出ていった。
僕らは全体、制服姿になった。
「行きますか、試験までのラストの時間割」
「音楽も期末テストあるんだっけ?」
茂丸は今になって僕を動転させるようなことを言う。
「あるよ。プリントから出るから読んでおきな」
僕は教材とファイルを持って、音楽室に到達する。
キンコンカンコーン
「はい、今日は今学期最後の音楽ですね、前に渡したプリントの中から問題を出すのでよく読んでおくこと。前のプリントを返します。前に取りに来て下さい。倉子〜〜〜〜」
僕は先生の言ったことをメモしているいちのノートを借り、勉強する。
時間は進み、授業が終る。
キンコンカンコーン
「それではよく勉強しておくこと」
「気をつけ、礼!」
「「「ありがとうございました」」」
◇
それからまもなくのこと。
「あ!」
教室についた僕は思わず飛び上がりたい衝動にかられる。
「え? どうした?」
「葉阿戸から電話かかってきた!」
『もしもし』
『もしもし、たい? 茂丸いる? ヤキがパテラになってるけどさ、あの時ひょっとして、茂丸の意識が入っていたの? 痛くなかった?』
『フランス料理の肉とパイ生地のやつか?』
『それはパテだな。違うよ、パテラとは犬の膝蓋骨脱臼のこと。膝の脱臼だよ』
『治るのか?』
『まあ、グレードは高く無さそうで手術するからかなりの確率で治ると思うけど、早めに気づいたおかげで関節炎はならなそうだから不幸中の幸いだった』
間をおく。
『痛かった?』
葉阿戸はとても賢いのを失念していた。
「おい、茂丸、痛くないって言え、後で購買で奢るから……」
僕はケータイを遠ざけ茂丸にささやく。
「わかったから、射るような目で見ないでくれ」
『茂丸だけどそんなに痛くはなかったよー』
『そっか。びっこ引いてたから、心配だったんだ。このお礼は必ずするから』
『ん!』
「ん、じゃないでしょ。何も借りは作るな。礼はいらないって言え」
『年末にたいも呼んで、俺ん家で年越しパーティしようよ』
『了解、たいも来たいと思うよ』
『まあ、どうしてもって言うなら仕方ないんだからね!』
僕は茂丸に先読みされて、引っ込みがつかなくなった。
『じゃあ、その時はヤキはいないけど宜しく!』
『おう』
『分かった』
ツーツー。
電話が切られた。
「あんた、葉阿戸に甘んじて物とか色々もらうなよ」
「まあ細けえことはいいんだよ。それより明日、☓○神社でよしえを供養することになったから、9時に現地集合な」
☓○神社はこの学校からかなり近いところにある。それは茂丸の家からも近いことを意味する。
「分かったよ」
「なんか夢見たら教えろよ」
「あんたもな」
がらら
「えーそれじゃ、月曜日から期末テストー、カンニングー、ダメー、絶対ー。だからなー、部活もないからなー、じゃあ気をつけて帰れよー」
僕は担任の話に耳を傾けた。
(部活動がしばらく休みになるのか。葉阿戸の事が心配だな)
茂丸も何やら、修行僧のような顔つきだった。
帰りは途中まで茂丸と一緒に帰った。
「ただいま」
「おかえり、たいちゃん! 新聞見たよ! たいちゃん、すごいじゃない」
「別にすごくなんて」
「風子ちゃんの時もあの家を守ったんだね、今日はたいちゃんの好きな肉じゃがだよ。ししゃももあるよ!」
「ありがとう」
僕はいっぱい食べて、夜もぐっすりと眠ることが出来た。