41 新たな家族
夕日が照らす中、僕は足の短い生き物になっていた。
(ここはどこだろう)
『誰か! ここはどこですか?』
「ワン! くううん?」
僕は言葉がうまく発声できないどころか、犬の吠える声に変わる。不意に知っている匂いがする。
「ワン!」
目の前の家から求めていた人がいた。
「ミックスだ! こんなとこでどうしたの? 迷い犬? 捨て犬?」
僕の眼前に葉阿戸がいた。よく見るとここは日余と書かれた表札の前だ。車がないので物寂しい。外から見ると広くて豪華な家だ。3階までありそうな高さで、茶色い壁の天窓のある家だ。
僕は段ボールの中にいた。
(これは生まれ変わりなのだろうか? 僕は死んだのか?)
『葉阿戸! 気づいてくれ!』
「キャン! キャン!」
「何かご飯……ちょうどいい、あれがある。君、俺の家来る?」
葉阿戸に抱きかかえられて、自然と家に立ち入ることが出来た。
やはり、中は広い。
葉阿戸は僕の手足をアルコールティッシュで拭く。
僕は降ろされて、家の中を走り回ることが出来た。流石に階段を登るのは怖かった。
そして、ドックフードと鰹節が皿にのせられて出てきた。次に水もだ。
僕はドッグフードをバクバクと食べた。とても美味しく感じられた。
『なんでドッグフードが家にあるの?』
「ワンワンワン、クーーーン?」
声は伝わらなかった。
「よしよし、名前はどうしようかな」
『僕はたいだよ』
「ワンワン」
「なんかこの犬、たいに似てるな」
少し探ってみると姿見があった。
(何だこの間抜けそうな犬は)
黒色と白色の混ざったシーズーのような、トイプードルのような、雑種だ。目がでかく、顎はしゃくれている。汚れている小さな子犬だ。
「ヤキにしよう。たいとセットでたい焼きだ。ちょっとヤギっぽいし。おいで、ヤキ」
「ウー、ワン! ワン」
僕は身体が葉阿戸に引き寄せられて抗えない。
「身体、洗ってやる! 一緒にお風呂入ろう♡」
葉阿戸は上の階に行ったかと思うと、自分の寝間着と下着とタオルを持って2階から降りてきた。
『裸、見せてくれるの?』
「クーン」
僕は葉阿戸の裸を見るのに罪悪感を覚えるも、声は届かず葉阿戸から逃げようとするが、足の速さで負けて捕まってしまった。
風呂も広かった。ジャグジーがついている風呂だ。
「ところで、ヤキ、君はオスだよな。タマタマついてるよな?」
葉阿戸は引き締まった体をしていた。
僕は尻を触られる。びっくりして、葉阿戸に噛みつく。あまがみだった。
「良かった、オスで♡」
葉阿戸はたじろぎもせずにシャワーをつける。
僕は温かくなったシャワーを浴びせられた。
(誰かに体を洗ってもらうのはいつぶりだろうか?)
「ヤキ、俺さ、昔、ガキの頃、犬買ってたんだ。リョウタって柴犬。13年生きて、厨房の時に死んじゃってな、だから」
葉阿戸がそんな話している時、僕は葉阿戸の股間を見て驚く。
『葉阿戸! 勝手に見てごめん』
「くうん」
「嬉しくもあるというか。全然話聞いてないね。ヤキ、どこ見てんのよ! 君さ、なんかやっぱり、たいに似てるよ、そうだ明日たいに見せてみよう」
葉阿戸は僕をタオルで拭く。
僕はブルブルと身体の水分を水しぶきにして飛ばした。
「俺の助けはいらないのか」
葉阿戸は体を洗ったり、髪を洗ったりしている。
僕は隅っこでうずくまっていた。
葉阿戸は寝間着に着替えると、僕を持ち上げて、2階に運んだ。そこで大きな段ボールの中に入れられた。
僕は写真もとられた気もするが、眠くなって寝てしまった。
♪
「は!」
僕は人間の姿に戻っていた。
(何だったんだ今の、明晰夢?)
「葉阿戸から着信だ」
僕は時間を見る、18時9分だ。
『もしもし? 葉阿戸、あんた』
『あ、たい、体調大丈夫?』
『ミックス犬を拾ったんでしょ! しかも名前はヤキ!』
『……君、俺の家に盗聴器でもつけてるん?』
『信じられないかもしれないけど、今、犬の中に入ってたんだ』
『え? それ、マジ?』
『今寝てるでしょ?』
『起きちゃったよ、たいが大声出すから』
『僕、葉阿戸と一緒に風呂入っちゃった』
『絶対嘘だろ、何勝手に妄想してんだよ』
『葉阿戸の葉阿戸、見ちゃった』
『あー、だからたいのようなアホみたいな顔してたんだ。納得』
『親はまだ帰ってきてないんだろ、いいのか?』
『前に犬を飼ってたんだ、俺の家の前の段ボールにいい人に拾われて下さいって書いてあるから多分大丈夫』
『”リョウタ”だろ』
『君さ、俺の大事なところ見てただで済むと思ってるの?』
『それはごめんて、不可抗力だって。僕だって犬の明晰夢、視ると思わなくて』
『明日また話そう』
『はい』
『眠ったときに犬の中に入ったら、3回、まわってお手からワンしろよ』
『頭いいな!』
『うん、じゃあまた明日』
『おう』
その後、僕は温かい風呂にはいる。
(葉阿戸に洗ってもらえた時気持ちよかったな)
「たいちゃん、お風呂ー!?」
母がいつの間にか帰ってきていた。
「そうだけど、何?」
「鮭焼いたんだけど」
「食う!」
僕は風呂から出て、ドライヤーで髪を乾かした。
「たいちゃん、熱あるんじゃないの? 早くご飯食べて寝なさいよ?」
「分かったって」
僕は赤くなった頬を鏡で見た。食事を済ませ、歯を磨いて、再び眠りについた。
そして、身体が幽体離脱するように世界がぐるぐる回る。