39 いじらしい彼らの持久走大会
次の日。
僕は朝起きると、伸び上がる。
「持久走大会、1位とるぞ!」
「たいちゃん、頑張れー」
母がノックもなしに部屋に入ってきた。
「勝手に部屋に入らんといて!」
「朝ご飯できたよ。今日は遅いからどうしたのかと思って!」
時計の針は7時50分をさしている。
「やばい、遅刻する」
8時10分に校門が閉められるのだ。
「送っていってもいいけど自転車のほうが早いかも。通勤ラッシュと被るからねー」
僕は髭を剃ると、急いで鍋の残りを食べる。
(今日は昼飯以外はいらないよな?)
「行ってきます」
僕はお弁当を片手に、自転車に飛び乗った。
「いってらっしゃい!」
母の声が遠くなる。
ズボンのポケットに入った小銭がチャリンチャリンとうるさい。
僕は遅刻5分前に自転車置き場についた。なんとか遅刻は防いだ。
がらら
後ろの教室のドアから入った。
「「「おはよう、たい」」」
「おはよう、皆」
皆は椅子に座らず机の前に立っていた。皆ジャージ姿だ。黒板に座らないでジャージに着替える旨が書いてあった。
「遅かったね」
「ちょっとっつうか、かなり寝坊して」
僕はロッカーからジャージとお弁当を入れ替えた。
「持久走大会だぞ。お前が1番〜〜〜〜」
キンコンカンコーン
茂丸の声はチャイムに遮られる。
僕は気にせず、急いで着替える。
がらら
担任が来た。今日はジャージ姿だ。
「今日は持久走大会だー。トイレは職員室トイレを借りることー、まだ着替えてないのかー。はい、蟻音減点〜!」
「今着替え終わったんで大目に見て下さい」
「冗談だー。期待のルーキーなんだから、さっさと行動することー。それでは欠席はいつものメンバーねー、それでは校庭に集まることー、学年順に並ぶことなー」
がらら
担任が平静に出ていった。
「危なかったな、たい」
「本当な! おい、いち、大丈夫か?」
「落ち着くんだ。素数を数えて落ち着くんだ。2、3、5〜〜〜〜」
「頑張れ! 今日はお日柄もいいから」
「友引か。朝晩は吉で、お昼から午後は凶になるんだな」
「茂丸、詳しいな」
「行こうぜ」
「茂丸、いちと一緒に走ってやってくれよ」
「はえ? やだよ、遅えじゃん」
「たい、気にしなくていいよ。ありがとう!」
「僕があんたらの分まで頑張るよ」
僕らは校舎の外にでて、グラウンドに集まった。
「ええーお集まりいただけましたことを極上のほまれとし〜〜〜〜」
校長が長々とスピーチをしている。
「寒いな」
僕らは皆、校庭の1箇所に集う。
「それでは皆さん、準備は良いですか? ピストルが鳴りましたらスタートとなります。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0」
パーーン!
静寂がけたたましいピストルとともに、慌ただしくなった。
僕は周りを見ずに、自分のペースで行こうという走りをする。
たったったった。
僕はメガネを持ち上げると、ペースを少しあげる。
(今の順位は30位くらいか。このペースでいけば、20人は抜けるな)
少し走っていると意外な展開になる。
「おーい」
呼びかけられた僕は後ろを見る。
真後ろにいたのは葉阿戸だった。
「たい、話しながら行こうよ?」
「葉阿戸、あんた、僕に合わせると息切れするよ」
「そんなわけないよ」
「クリスマスは何の映画見る?」
「ライオンキングとか、動物の感動系がいいな。てかさ、DVD借りて、ネカフェで見ない? その方が好きな映画見れるし? 映画館は混むからさぁ」
「そうだね、そうしよう!」
「それか、ホラーがいいなあ」
「僕、怖いの苦手なんだよな」
「俺は割と好きだよ」
「好きとか言うなよ。無責任に」
「はあ? 君のことじゃないから」
「わ。分かってるけど! じゃあ25日、放課後、駅前の改札に集合な。僕は先を急ぐから」
「俺も合わせて走るよ。1人じゃつまらないし」
「冬休みは27日からだっけ?」
「そうだな。その前に期末テストがあるね。16日から4日間」
「19日に終わって返せるのかな?」
「一週間もあれば余裕よ」
「そう? まあ、僕は成績いいし委員長だし、普段の勉強でテストなんて余裕なんだけど」
「俺、数学で赤点とる自信ある」
「何をおっしゃいますか? 葉阿戸とあろう者が」
「マジでやばいよ。クリスマスがとか言ってる場合じゃないよ」
「教えようか?」
「うん、じゃあ放課後、俺の家で勉強教えてくれないか? 今日は親いないから」
「それは……」
「だめなのか?」
「だめっていうか」
「なんで?」
「ムラムラすんねん!」
僕は照れ隠しに叫ぶと、前を走っている人が振り向いて僕を見た。
「あー、そういう事言うんだー。まあ確かに俺可愛いからわからなくないけど? じゃあ、ハンバーガー屋行こうよ」
「それならいいよ」
「やったー!」
「その代わり、勉強はスパルタだからな。じゃあ、教室で待ってるな」
僕は葉阿戸を目視する。
葉阿戸ははあはあと息が上がっている。
何人もの人を追い越しているので当然と言えば当然だ。
ゴールまで200メートルだ。
「俺に気にせず、先に行ってくれ」
「あ、ありがとう」
僕は最後のラッシュで何人もの人を抜いた。
結果は11位。そこそこの結果は出せたので、満足だった。
学校の行事はどんどん終わっていく。
年の瀬が迫ってくる。
僕は11位という札をもらうと、応援席についた。
葉阿戸もフィニッシュして、僕の隣に来た。
20分ほど経って、最後尾の団体が近づいてくる。じゃいといちはその中に紛れている。
「頑張れー!」
僕は同情や蔑みの目を向けられる彼らを慮った。
パチパチパチパチ
やっと走り終えた彼らに拍手が送られた。
「たい、速いね」
少ししていちが僕の近くに来る。
「そりゃ速いよ、かけっこして育ったから」
「いつも一周速いからね。たいはうちの目標だよ」
「いいから、そういうの!」
「あ、また照れてる」
葉阿戸は冷やかしてくる。
「でも11位か。惜しかったね、10位までの人に賞状配られるんだよ?」
いちは呼吸を整えながらそう言った。
「いいのいいの! 僕にとってはやりきったほうだから」
「そういえば、茂丸は?」
「うちより先に走っていったから、多分、トイレじゃ?」
「あ、いた!」
葉阿戸は遠くにいる茂丸を捉える。
茂丸はこちらを見据えている。
「茂丸ー、どうしたん?」
僕らは手を降る。
茂丸は元気がなさ気だ。バケツを持っている。
「まさか、茂丸、あんたまた漏らしたのか?」
「いや、すぐそこで立ちションしてたら担任に見つかって、怒られた」
「あははは。何やってんだよ」
「男子校なんだし、いいじゃんと思うんだけど」
「じゃあ、そのバケツで洗い流したのか」
「そういう事」
「茂丸、女性の教師もいるんだから気をつけてね!」
「細けえことはいいんだよ」
「立ちションは細かくないから」
「小便漏らすよりかはマシだろ。ま、校長の石像にぶっかけてやったわけだが」
「バカって怖い」
「同感」
葉阿戸は僕に合わせて言う。
「園恋ー! 後で、親御さん呼んで話し合いなー!」
担任はタコのように紅潮させて叫ぶ。
「……ちっ、うるせーな……。はい! わかりました!」
茂丸は小さくいい舌打ちすると、大声で返事をした。
「教室戻ろうぜ、さみーから」
茂丸は今度は痛くも痒くも無さそうに言ってのける。
皆で教室に戻る。
「葉阿戸、じゃな」
「教室で待っててくれな」
僕は廊下で葉阿戸と別れた。
「何何? デート?」
「違うよ、テスト勉強! 教えてほしいみたいだから」
「それ、いいな」
「茂丸には教えないよ?」
「ずりー!」
「ずるくないよ。そんな事言って、あんた、進学できるのか? それとも留年するのか?」
「俺にも教えろ!」
「こないだ一緒に勉強しただろ、多分、今回であの山が当たるから、それでいいだろ?」
「けっ俺の知らないところで愛を育みやがって」
「ばっばか、そんなつもりはないぞ!」
「みなさーん、この人、ひ」
茂丸は葉阿戸との関係を暴露しようとする。
僕は茂丸の口をおさえた。
ペロペロ。ペロペロ。
茂丸に僕の手が舐められる。
「ぎゃあああ、汚いー!!!」
「今日は俺も行くからな?」
「分かったって」
僕は廊下の水道で手をゴシゴシ洗った。
「皆、今日はお疲れー、来週から期末テスト頑張れー。園恋は校長室に来るようにー」
そして、終礼が行われた。