31 大会の当日6
じゃいの家の車は良い匂いがした。
外では木々や花に雪化粧がされている。
少しの沈黙の間が流れている。
「……茂丸の親は来たのかな?」
「何も言ってなかったけど、もっと早くに来たんじゃないか? お母さんが帰ったら聞いてみる」
「雪の日にここまで来るのは大変そうだな」
僕は帰る中高生を度々見る。皆、危なげだ。
「道路や歩道は雪かきされてるね」と葉阿戸はぼんやりと喋った。
「葉阿戸ちゃん、明日は7時30分に迎えに行くだ。たいは7時40分だ」
「分かったけど、葉阿戸ちゃんって……」
「別に良いだろ」
葉阿戸はほっぺたを膨らませる。
僕はその顔をずっと眺めていたかった。
「たい、着いただ」
「あ、……もう? ありがとう。じゃあまた明日。運転手も気をつけて下さい」
僕はハッとした後、お礼を言って降りた。本当は葉阿戸に24日の予定を聞きたかったが、臆病風に吹かれた。
「じゃあな」
「また明日だ」
「宜しく!」
僕は家に入った。
「たいちゃん、おかえりなさい」
「ただいま」
「角力さんに送ってもらったんだよね? 今度なにかお礼しないと」
「適当に用意しておくよ」
「大会はどうだった?」
「僕が優勝した」
「ええ〜? すごーい! 今更だけど何の大会なの?」
「母さんは知らなくて良い!」
「自慢しちゃおう」
「やめて!」
「どうして?」
「あれだ、そんなに自慢できることじゃないから! 2年はあそこを骨折してるし」
「あそこ?」
「だから……! おちんちんのことだよ!」
がらら。
ちょうどその時、玄関が開いた。
「ただいまー」
「あなた、聞いて、たいちゃん、優勝だって!」
「おー! そりゃすごいな! 今夜は出前でもとるか?」
「僕、ピザが良い」
「で、おちんちん骨折って何?」
母は僕がうまくそらせた話を忘れてはいなかった。
「…………色々あるんだよ! 男には!」
「お父さん、何の大会なの? ちんぷんかんぷんなんだけど」
「性的なことだ」
「え?」
「もうその話は終了! 早く出前とって。僕お腹ペコペコだよ」
「しょうがないなあ」
母が電話で注文する。
僕は2階に行き、30分ほど悩み、恐る恐る葉阿戸に電話をかけた。
『もしもし』
『たい、なんか用?』
『あのさ、24日、部活の後って空いてる?』
『ごめん。19時から予定がある。25日なら暇だよ』
『じゃあ、25日、映画でも見にいかないか?』
『いいよ』
『ちなみに24日は何があるの?』
僕は葉阿戸に恋人が出来たんじゃないかと気が気でなかった。
『ナンパ企画があるんだー』
『え? それはやめたほうが良いんじゃない?』
『なんでだよ。皆が待ってるんだよ』
『変な人に連れて行かれないように気をつけるんだよ』
『分かってるよ。そこまでバカじゃないから』
『じゃあ25日は放課後、駅の改札口で待ってるから』
『楽しみにしとくね』
『僕も、じゃあまたね』
僕は無言で風呂へ向かう。
(良かった、なんとか約束を取り付けた)
制服をハンガーにかけて、全裸になる。風呂に入り、シャワーを浴びると、湯船に浸かった。
「あちーー!」
冬だからかなおさらお湯が熱い気がした。血行が広くなり、脳内の血圧が上がっている。
「葉阿戸のクリスマスイブ、僕もマネージャーに扮して仲間に入ればよかったかな? いやでも、そしたら僕が孤独になりそうだし」
僕は葉阿戸のことを考えながら、風呂から上がった。
「たいちゃん、明日は何時に来るって?」
「7時40分だって」
「そう。これでなにか買ってあげて」
母は3万円を僕に渡した。
「後、僕、クリスマスに遊ぶんだよね」
「じゃあ、お小遣いね」と母は1万円を追加で僕の手に握らせた。
「こんなにいいの?」
「色々使うでしょ?」
「あー、食事代なんかだね」
僕は目の端にピザが見えた。
「マルゲリータとカニかな?」
「シャンベリーとケーキもあるぞ!」
父は嬉しそうに僕の手を掴んだ。
僕はぎこちなく笑った。
家族で夕食を囲んだ。
ピザの味はよく覚えていないが、美味しかったことは確かだ。
そして、勉強して就寝した。