23 写真部のメイド
昼休み。
茂丸はいちに呪いの人形を見せていた。いちは怖がることなく目を向けている。
そのせいでクラスのほとんどが窓際に避難して、お弁当を食べたり雑談したりしていた。
いきなりのことだった。大きな段ボール持っている、3年生が僕らの教室の前まできた。
おかずに名前を貼るため、マスキングテープにマジックで名前を書くように言われ、そうした。そして、区切られた隅におかずを置いた。その後、あみだくじに1人1本横線を引いた。
『1年3組、蟻音たい君、園恋茂丸君、職員室まで来なさい』
教室に放送が流れた。
「ちっ、ふけようぜ、エスケープだ、エスケープ!」
茂丸はだるそうにしていた。
「行こうよ。なんかいいものくれそうだぞ?」
「めんどくせーな、どうせうんことかだろ」
「そんなもの進呈できるわけないって」
「茂丸君、行ってきなよ」
そういういちの後ろ盾の竹刀も、怖い目線を投げかけている。
「いちが言うなら仕方ねえな」
「いち、ありがとう! よし、茂丸行くぞ!」
「どういたしまして」
いちの声が遠くなる。
僕と茂丸は無言でお互いを見て、牽制する。
「「あの後、どうなった?」」
お互いが沈黙を一緒に破った。
「僕は、リャンド・ケイ先輩の無事を確認して戻ったけど?」
「俺はモブってやつから撒くのに視聴覚準備室に全力疾走したよ。家のパソコンにもデータ送っといたし、このUSBメモリにも入ってるから。伊祖先生に職員室にいる先生に電話してもらって。モブが担任を足止めしてくれたから逆に助かったよ」
「ひひっ! よくやったな、茂丸!」
「どうってことないって」
話していると、前にリャンドがいるのが分かり、手を降る。リャンドは気まずそうに目線を下に向けた。隣にいる南波とモブに気を使っている様子だ。伊祖先生と担任も職員室の前にいる。その隣には太った色白の中年女性がいる。ギラギラしているピアス、ネックレス、服装をしている。香水の匂いがする。水商売に関わる人だと一目見てわかる。
「さあ、役者は全員揃ったわね! リャンドから聞いてるわ。あなた達、ありがとう。いじめからリャンドを救ってくれて。あたしの名前はコン」
コンは子どもが日本語を話しているのように喋る。
「こちらへどうぞ」
全員は理事長室に入る。
「おたくのお子さんが無事で良かったです」
僕は波風を立てないように無難に返す。
「それでお礼ってなんですか?」
茂丸は直球で聞く。ワクワクといった様子だ。
「これよ」
薄くて四角い箱の入った物を渡される2人。
「さて、軽場君とモブ君はケイ君に謝罪の握手をしてくれ」
伊祖先生はそんなことで仲直りさせようというのだ。
モブがそれに従い、手を伸ばす。
リャンドも手を繋いだ。
その後、南波も手を出した。
リャンドは遠慮がちに手を握った。
「さあ、これで仲直りだ」
「じゃあ、僕らもこれで」
「大会頑張れよ」
担任の声に僕らはギクッとする。
(余計なことを!)
「飛距離大会?」
「ああ、そうだ。いいライバルになったな」
「そうですね」
南波の刺々しい声が僕らの背中に刺さった。
「やばいな」
「まあでも、あいつが生徒会でもない限り何もできないよ」
僕と茂丸は箱を開ける。
中身はハンカチだ。
「あのおばさん、もっと稼いでるならいいもんくれよな」
「まあまあ、分不相応だよ」
「難しい言葉を使うな」
「ふさわしくないから」
「なんだと?」
「なんだよ? ほしいもんがあるなら、バイトでもすれば?」
「正論いうなよ!」
僕らは話しながら教室へ足を向けた。
「よう、茂丸、たい! 何もらってきたんだ?」
竹刀に話かけられた。
「ハンケチだよ、ハ・ン・ケ・チ」
ハンカチをくるくるとピザのように回す茂丸。
「なんだー」
キンコンカンコーン
全員がトランクスを脱いで机に置いた。そして着席した。
担任がやってきてトランクスを回収した。
僕は数1の授業の用意をした。
がらら
数学の先生がやってきた。
「深呼吸、礼!」
「「「お願いします」」」
勉強は捗った。
◇
そうしているうちに、いつの間にか放課後になった。
「部活行くか!」
「おう!」
写真部はまたもや、葉阿戸をモデルにしている。
今日は葉阿戸のコスチュームはメイド服だ。青を基調とした服に、白いエプロンそして、短いスカートだ。
「「可愛い」」
僕らは目が合う。
(今日は茂丸と声がよく被る)
「たい! 茂丸! おかえりなさいませ、御主人様」
葉阿戸はステージから外れる。軽く頭を下げる。
「日余さーん」
「もう十分撮っただろう。外行くか」
葉阿戸はメイドらしからぬ声で諭した。
「は、はい」
「たい、これ、ミラーレス一眼」
葉阿戸は近くにいた、男子から借りて、たいに渡した。
「ありがとう」
「行くぞお前ら!」
「「「おー!」」」
その図はまるで暴走族の総長と手下のようだった。2年と3年の先輩も葉阿戸のタメ口を許している。
「輦台はもう乗らないのか?」
「学校で乗って注目を集める趣向は一区切りついたから乗らないよ。大体、じゃい君も車で来てから教室の前まで輦台に乗っている程度だったし……、今は騎馬戦のなりでやってるみたいだけど」
葉阿戸は斜めに結んだ髪をなびかせて、外に出る。
僕らも続いた。
「風が強いなぁ。今日の俺、だめな日かもしれないな」
「そんな事ない、可愛いよ」
「まあなー」
「すみません、日余さんから離れてもらえますか? 撮れないので」
「「あ、ごめんなさい」」
ヒュォォ!
風で葉阿戸のスカートがめくれる。
ピンク色でふわふわの、温かいパンツを履いていた。トランクスではない。
「下着まで可愛いかよ!」
「また僕の言おうとしたことを!」
僕らが話していると、葉阿戸にゴミを見るような目を向けられた。
「怒ってるじゃん!」
「すみませんでした」
僕はカメラを構える。
すると、葉阿戸はニコッと笑った。
「さすが、インフルエンサー」
茂丸が横で何か言っている。
ピピッカシャ!
葉阿戸の全身をカメラで撮る。
「パンチラはやめろよ。たい」
「あんたじゃないんだから」
しばらく撮って、外を一周してきた。
葉阿戸は1番に視聴覚室に入り、素早く学ランに着替えた。
「寒かったな」
「ほんと!」
写真部全員が視聴覚室に集合した。葉阿戸の写真を各々決める。葉阿戸の写真は印刷機で大きく印刷された。ホワイトボードに並べられる。
「はいじゃあ、今日の日余さんの1枚を決めよう!」
「「「はい」」」
「1番がいい人挙手! 2番……、3番……、4番……、5番……。2番が1番多いので2番に決定! 先生一言ありますか?」
「えー寒い中集まってくれてありがとう。最近は皆腕が上がってきてる。それでな、来週の木曜日にコンテストがあるんだが、全員1枚を来週の火曜日までに持ってきてくれ。それと全員でコンテストに出す日余さん1枚を今日、決めていこうと思う。今まで撮った日余さん今日の1枚は50枚くらいあるんだが、秋のコンテストだから、9月から11月までの12枚の内から決めよう」
伊祖先生はところ狭しとホワイトボードに貼っていく。
「近づいていいので、このクリップを1人1個良いと思った写真に貼ってくれ」
ざわざわ。
「僕はこの、紅葉とセットの葉阿戸にしよう」
「こっちの日余さん笑っていて可愛い」
「俺はこの挑発的な葉阿戸にする」
写真は3つに絞られた。
「それでは挙手をとります!」
「1番の日余さんが良い人! 2番……、3番……。それでは1番の日余さんをコンテストに出します。皆さんの写真もお待ちしているのでコンテスト用で日余さん以外の写真があったらお願いします。それでは、今日の部活を終わりにします」
パチパチパチパチ!
皆は防寒対策をしっかりして帰り支度をした。
「すみません、この猫の写真、コンテストに応募したいんですけど」
「書類書いていきな! 後ろにテープで貼って」
部長は茂丸に優しく説明した。
「はい。どうも」
茂丸は言われたとおりにする。
僕は写真を覗き込む。
(可愛い、猫の眠っている写真だ)
「マリコだよ」
「人の名前っぽい名前つけるの好きだな。じゃあ、帰るぞ」
「待てよ、相棒」
「あんたみたいな変態を相棒にした覚えはないんだけど」
「先生、お願いします!」
「はいはい。ありがとうね」
「「お疲れ様でした」」
「「「お疲れ様でした」」」
先輩方は満足げに挨拶を返した。
「葉阿戸は?」
茂丸が聞く。
「1人で走って帰っていったけど?」
「ほう」
「おい、また変なこと考えてんじゃないよな?」
「別にー」
「明日、あれだよな、予行演習」
「全員出すのかな?」
「一旦、フェアにするために出すんじゃないか?」
「おかずは?」
「僕が知るか」
「じゃあ、俺、コンビニ寄るから」
「葉阿戸に会ったら宜しく言っといてくれ」
「オッケー」
「じゃあな」
僕らは帰り道で別れた。