22 いつもと違う日
「皆、おはよう、それじゃあ、後ろの人、ズボンとトランクスを集めてきて」
「「「はい」」」
僕らはそれに従った。
なんかいつもの空気じゃないような気がする。
僕は何かがおかしいといち早く気づく。
バサーーーーーーーーーーーーン
教室の横の窓に人影が上から下に映った。
「うわああ、うわああああああああああ」
担任が窓の外を見て悲鳴を上げた。
そして、走って出ていった。
「先生、待って下さい、皆動けないんですけど!」
僕の顔がドアップで窺える。
空間が歪んでいる。
「これは夢?」
再び、明晰夢を見ているのである事が分かった。
時間を戻そう。
がらら
担任が職員室から出ていく。階段を登ろうと、手すりを掴んだ。
その前に階段を上がっていく男子、3人が見えた。3年生の学年カラーだ。
この校舎は3階の上は屋上となっている。
「目隠ししたまま、反対にいるモブの手に触れたら、もういじめないでやるよ。くくく」
背の低く、タレ目の小太りの男子が偉そうに言ってのけた。
僕は、ただただ様子を見るしかなかった。
(いじめ?)
「けけけ、途中で止めたり、逃げたりしたら、罰金3万だからな、なかったら体で払えよ」
もう1人のマッシュボブの男が悪そうにしている。
「ほ、ほほ、本当に止めてくれるんですね?」
「本当だ。これからいじめないでやるよ」
3人は静かに上がっていった。屋上に通じるドアには鍵がかかっているはずだ。
しかし、頼みの綱の鍵はいとも簡単に針金でいじめっ子に開けられた。
「おい……たい?」
「うーん。茂丸?」
朝礼には5分早い。
「本当に寝てたのか? わりい、狸寝入りだと思って起こしちゃった」
「大変だ、人が! いじめで! 飛び降りる!」
僕は必死で茂丸に伝えようとした。
「何を言ってるんだ? 厨二病なのか?」
「人が死ぬ! 誰か、教卓のボタンを押してくれ。足が囚われてる!」
「満、押してやってくれるか? 俺のも」
「えー、いいけど、先生に怒られても、責任は負わないぞ」
ちょうど、目の前で突っ立っていた満は素直に言うことを聞いてくれた。
ウイィーン
「ありがとう」
僕は立って、トランクスとズボンを履きながら、礼を言う。
茂丸は僕にくっつき虫のように、ついてきた。
僕らは空き教室の家庭科室に立ち寄った。デッキブラシを掃除用具入れから取り出した。走って目的地までついた。屋上に通じるドアを押し開けた。
「やめるんだ! いじめっ子!」
僕はガナリ声を出しながら介入した。
「た、助けて!」
「あんたを助けにきた! もういいんだ、目隠しをとってくれ! 一緒にいじめっ子を倒そう!」
僕は1音1音、はっきりと言い放った。
「♪〜、正義のヒーローの出番か? かっこいいね。おい、モブ、リャンドを突き落とせ!」
意地の悪そうな低身長のタレ目の男子が口笛をふいたかと思ったら、怒鳴った。
世界が止まったかのように誰も動かない。
間の悪いことに突風が僕らの身に降り掛かった。
「うぉおおおおおお」
僕はデッキブラシをいじめっ子にぶつけて、校舎のから落ちそうなリャンドの手をとった。思い切り引っ張る。
「なんだ、1年じゃねえか。この野郎、死ね! 死ね」
いじめっ子は丸くなる僕らを蹴る。しばらく疲れるまで蹴っていると、茂丸がケータイで僕らを撮影しているのに気がつく。
「テメーーー! そのデータ消しやがれ!」
「やべ!」
「早く、職員室へ!」
僕は口の中が切れて、血の味のする中、そのいじめっ子のふくらはぎを握る。
「おいモブ、あの男を捕まえろ!」
「は、はい!」
「テメーは離せ! ボケ!」
その男子のズボンが次第に脱げる。
僕は脱がせたズボンを屋上から落っことした。
「ああああああ! 後で覚えてろ! 俺の名は軽場南波。テメーは?」
「僕の名前は蟻音たい、だ! このドクロパンツ野郎!」
僕はそういった。
南波はドクロのマークのトランクスを履いていた。そして、僕から逃げていった。
「勝ったのか?」
「た、助けてくれてありがとうございます」
妙に早口で、リャンドは言った。自信のなさが声にでている。
「僕は蟻音たい。あんたの名前は?」
「リャンド・ケイです。あ、蟻音、って、新聞に載っていた、蟻音たい君ですか?」
「そうだよ。年上だから敬語使うか。リャンドさんに死相が見えていたんです」
「死相ですか? 占い師なのですか?」
僕は戸惑った。
(夢でみた)などと言ったら、それが広まって、僕が寝るのに皆が期待するかもしれない。目の前で人が死んだ時、がっかりされたり、責められたりされたくない。
「ごく稀にわかるんです。さっきの人はクラスメートですか?」
「そう。私のクラスメートです」
「今のやつ、大会に出るとかっていうのはないですよね?」
僕は嫌な予感がした。
「そう言えば、南波は飛距離大会に出ます。モブと一緒に」
「モブって名前なんすか?」
僕の予感は的中した。
「はい。守府たけし、です」
「大会、本気出さねえといけないですね」
「蟻音君も出るんですか?」
「はい。さっき一緒にいた茂丸と!」
「茂丸君か」
「そろそろ授業に戻りましょう。立てます?」
僕は砂を払って、リャンドに手を貸した。
ブーブー
メールの音がする。
僕はケータイを出して、メールを開く。
「おっ、噂をすれば!」
『先生に動画提供したが、例の大会が終るまで校長には報告しないんだと。全国ネットで顔晒してもいいが……どうする?』
『大会で負かしてから、謝らせよう。もしまだリャンドをいじめるようだったらPTAに送ろう。しかし、全国ネットだとあいつらの家族まで巻き込まれて忍びないよ』
『そうだな、じゃあ、俺ん家に保存しておくよ』
『ありがとう、茂丸』
僕はリャンドにメールを打ち明けた。
「ということです。もしまたいじめられそうになったら、僕の名前と大会のことを話しておいて下さい」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃ」
僕は校舎内に入って、階段を降りていく。
恐れることなく、教室に入った。
「はい、蟻音、減点〜!」
「いや、僕、人助けしてきたんですが」
「冗談だー、後でケイ君のお母様が来るから心の準備しておけー。じゃあ、下半身脱げー」
「はあ」
僕は心付けなどほしいわけでもなかった。ズボンとトランクスを担任の持つ袋に入れた。