20 魔のドッヂボール
「はードキドキした」
茂丸は独り言を言う。
「あんたは別にドキドキする必要ないだろ」
「たいになにかあったらと思うとな」
「思ってないだろ」
「バレたか」
「ん? なんだ? 妙に騒がしいぞ」
僕は出入り口付近に目線を送る。
「すみませーん」
3年生の学年カラーの男子校生が数人、1年3組の出入り口に集まっている。
「園恋君と蟻音君いますか?」
「はい、なんですか?」
僕は学ランにトランクス姿で向かい合った。
「飛距離大会の、おかずのあみだくじに名前と、おかずの名前を書いてもらえますか?」
そのあみだくじには、2人分の空欄しか空いてなかった。残りはマスキングテープが貼られている。
残されたのは茂丸と僕だけだったようだ。
「園恋茂丸…………よしえ(日本人形)……っと」
「よしえって名前つけるな! 怖くなってきた。僕は、蟻音たい…………日余葉阿戸の写真集っと」
上にマスキングテープを貼られた。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
「よろしくお願いします」
僕と茂丸は頭を下げる。
「明後日の水曜日の放課後、予行演習がございます。つきましては、明日再び出向くので、おかずの用意をしていて下さい」
「「はい」」
僕は何枚も印刷しておいた葉阿戸の写真を思い浮かべる。
「おーい」
「……」
僕の脳内は葉阿戸でいっぱいだった。
「あっ葉阿戸だ」
「え? どこ?」
「嘘だよ。いい加減にしとけよ」
茂丸は複雑そうな顔をした。
「お前さ」
「みなまで言うな! あーあー! 聞こえない。何も聞こえない、うんこ、うんこ」
「小学生か! 言わないけどさ、重症じゃない?」
「大丈夫、何がきても!」
「まあ、ある意味心強いけどな」
茂丸の表情はぱっと明るくなって、首の裏に手を持っていく。
僕はホッとして息を吐く。
「何が来るんだろう。俺、変なもの来たらどうしよう」
「それは、その時にならないとわからないでしょ」
僕は昼休みが後5分で終わりそうなので、用意をする。次は体育の時間だ。皆はジャージに着替えている。
「寒いな」
「寒いよー」
「いち、俺が暖めてやる、おいで」
「たいー、キモいのがいるよー助けて」
「勃起マン、いちをいじめるなよ」
「転んでちんこ骨折したら、いちのせいだからな!」
「うち何もしてないよー」などと話しながら、1年3組は外の校門前に集まった。
「皆、お揃いで! 準備がいいな」
体育の先生が半袖半ズボンで校舎から出てきた。
「よおし、じゃあ、このまま集団で一周しよう。サボったら成績に影響するぞ。先生が1番前を走るから、合わせて走れよ。スタート!」
先生は御年50歳というのになかなか速い。元気いっぱいだ。
いちが辛そうに横っ腹をおさえている。
「先生、倉子いち君がきつそうです」
「皆ゆっくり行くぞ、倉子は根性見せろ!」
全員は一丸となって再び校門前に行き着いた。
「ぜえぜえ、ありがとう、たい」
「いやいや、礼には及ばんよ」
僕は息を切らすほどではなかったが、皆疲れて、横たわったり、座り込んだりしている。
「なにかやりたいことはあるか?」
「はいはい! ドッヂボール」
「いいよ、じゃあ外でするか?」
「寒いです」
「温まったろ」
この脳筋先生は一度決めたら絶対に覆させないと有名だった。
「やりましょう! このクラスも3月まで、いい思い出を作りましょうよ」
僕はクラスの皆を勇気づける。
「仕方ないな!」
「皆、頑張るぞ」
「あっ、先生も入るからね」
その脳筋先生の発言に皆は死刑宣告を受けた顔をする。
僕は顔を手で覆う。
(ああ、終わった……本気のボール痛いだろうな。2分の1で運命が決まる)
「グッパの文句なしで決めようぜ」
「そうだな」
満と竹刀が決める。
「いち、どうする? 僕はグーを出す」
「うちもグー出すよ」
いちと僕は話し合い出す手を決めた。
「「「せーの、グッパの文句なし」」」
ちょうど10人対10人で分かれた。先生はグーだ。
「「「しゃあああ!」」」
僕は心の底からグッパの神様に感謝した。
そして試合は始まったのである。
開始数秒で先生に配給される玉が生徒達をなぎ倒していった。
「ぐぇー、折れた! 腰!」
「そう簡単に折れるか!」
脳筋先生の投げる豪速球は見ものだった。
「ぎゃん!」
「ぐは!」
「じゃい!」
各々悲鳴を上げて、外野に出ていく。
パー組残ったのは竹刀と鳴代だけだ。
グー組はいちと僕と都零、他4名。
豪速球は外野でとる方も大変そうだった。
「簿月はメインディッシュだ」
脳筋先生はそう言い残してスパートをかける。
「うおおおおお」
「りゃあああああ」
脳筋先生から鳴代が避けた玉を、竹刀がとった。
「うおおおおおお! さすが! 勃起マン! 勃起マン! 勃起マン!」
”勃起マンコール”が勃発した!
「よくぞ取った。戦いがいがある」
「お前ら挟んでぶつけろ! こっちに投げてくんなよ!」
「「「はい!」」」
パー組の挟み連携攻撃は侮れなかった。
ドン!
「うわあ!」
僕は当たってしまった。
そのおかげで、グー組にまた玉が回ってきた。
「どりゃあ」
「うおおお」
脳筋先生の投げた玉を再度止める竹刀。
「頼むぞ!」
「喰らえ、いち!」
「いち!」
僕はしくじったと思った。
いちは顔面でボールを受け止めた。そのままぶっ倒れる。
「人工呼吸が必要か?」
「いや、竹刀は黙ってろ」
都零は突き放すように言った。
キンコンカンコーン
「ちょうどチャイムなったから終わりだ!」
「僕が保健室につれていきます」
「たい、うちは大丈夫」
いちは鼻血を出しながら起き上がった。
「保健室で鼻血を止めなくちゃ」
僕はポケットティッシュでいちの鼻をおさえた。
「そのうち収まるよ。ありがとう、たい」
「おい、満、お前よくもいちに怪我させたな」
竹刀は怒っているときの口調だ。
「いや、まさか顔に当たるとは、ご、ごめん」
「うち、鈍臭くて、逆にごめん」
「「「いい子!」」」
「じゃあ、僕、箱ティッシュを保健室からもらってくるから、教室にいな」
僕はいちにポケットティッシュを押し付けた後、ひた走った。
「すみません! 倉子君が鼻血を出して! ティッシュ下さい」
僕は俊足で保健室まで移動した。
「はいはい、じゃあ、1箱持ってていいよ」
優しいおじいちゃんを思わせるような白衣の先生だった。
「ありがとうございます」
「廊下は走っちゃだめだよ」
「はーい」
僕は見られていたのかと恥じて、速歩きで移動した。
「いち、大丈夫?」
心配されている声が廊下からでも聞こえる。
「いち、これ!」
僕はいちに箱ティッシュを届ける。
「あ、ありがとう」
「次の授業、世界史探求だから、ゴミ箱も移動させとくね」
「何から何まで、ありがとう」
「クラス委員なんだし、頼っていいよ」
「ごめん、うち、泣きそう」
「泣かせるつもりじゃ」
「おいお前、何、いち泣かせてんだ?」
「ええ? いじめてないよ」
「竹刀君、違うんだ、うちのこと大事にしてくれて、嬉しくて」
キンコンカンコーン
「やべ、着替えてないや!」
僕は慌てて服を脱ぐ。学ランに着替える。
がらら
「はい、蟻音、減点〜!」
担任は僕を一目見て、鼻につく声を出す。
「先生、うちが鼻血出して、保健室まで行ってくれてたんです! 減点するならうちにしてください」
「冗談だよー、体育の山田先生から聞いたよー。蟻音は特別に着替えを許可するー」
担任はそう言うと、僕が着替えるまでジロジロ見てきた。
「それじゃ、トランクス回収ー」
担任は僕らを使ってトランクスを回収する。
僕は慌てて、筆箱を落とす。
(最悪だ)
「大丈夫か?」
茂丸は足の施錠が外れていたので、消しゴムなどを拾ってくれた。
「サンキュ」
僕はなんとか、筆箱の中身を拾い集めた。そして椅子に座った。
「じゃあ39ページ、1行目から、小運、読んでくれ」
授業を普通に始めた。
「諸地域の歴史的特質の形成(1)諸地域の歴史的特質への問い〜〜〜〜」
そこから、長い授業が始まった。
板書も大変だった。
キンコンカンコーン
しばらくしてチャイムという救いの手が差し伸べられた。
「それじゃあ、トランクスとズボンを返すー、前から回すから順々にとっていけー」
「「「はい」」」
僕らは足かせがとれて、ズボンとトランクスを受け取った。
「このまま終礼に入るー。インフルエンザが流行っているので手指消毒を徹底してくれー。あと大会に出る2人に応援するぞ、先生に合わせて呼びかけてくれー」
「え?」
「フレーフレー! たいと茂丸!」
「「「フレーフレー! たいと茂丸!」」」
「「「フレフレたい! フレフレ茂丸!」」」
「良かったな、応援してもらえて。えー以上で終礼を終わりにする。気をつけて帰れよー」
担任は教室から出ていった。
「いやどんな反応すればいいんだよ」
僕は皆から注目されて穴があったら入りたくなった。
「明日はおかず忘れないで持ってこいよ!」
「大きな声で言うな。内容まで言ったら口を縫うからな」
「分かった分かった。帰るか?」
「伊祖先生に言って、写真印刷したい」
「この間してたじゃねえか?」
「まだ、あん時は本人がいたから本人の写真印刷出来なかったんだ。僕に構わなくていいよ」
「面白そうだからついていく」
「そうか」
僕は相槌をうち、教室の外に出ると、なるだけ大足で職員室まで歩いた。