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19 ちょっとした朝食

さらに次の日の月曜日。


「おはよう、たい。昨日は大手柄だったね」


いちが教室で1人、本を読んでいた。下半身は脱いでいた。


「いちー。おはヨーグルト。ありがとう」

「大会もその調子で頑張って!」

「うん」


僕はなんとなく気まずくなって、窓から自転車置き場を見下ろした。約30分も早く来てしまったので人はまばらだ。教室のいちの机の前に戻った。


「何の本読んでるの?」

「安部公房。”砂の女”」

「本の虫だね」

「うち、文系だからね」

「僕も本は好きだよ。東野圭吾の”ナミヤ雑貨店の奇跡”が好きだよ」

「有名どころだね」

「うん、面白いよ、漫画は読まないの?」

「うん」

「そう?」

「うん」

「ゲームもしないの?」

「うん」

「そう。邪魔してごめんね。僕は勉強でもしてるかな」

「うん」


いちは本に集中しているようだ。

僕は教材を机に入れて、使わない物と弁当はロッカーに入れた。ズボンとトランクスを脱ぎ、拘束椅子に座り、勉強を始めた。

(僕って理数系なんだな)

数学1は完璧だ。応用問題もいきなり横からきたとしても解ける。


「選択科目の生物も理系なのかな?」

「お前、そりゃ理系だよ」


いつの間にか茂丸が忍び寄ってた。


「挨拶くらいしろよ」

「挨拶したけど?」

「え? 聞いてなかった! ごめん。おはよう」


僕は聞き逃してしまったようだ。


「たい、抜いてないよな?」

「オナ禁ってあんたが言ったんだろう」

「……てへっ!」

「何だお前? まさか出しちゃったのか? ふざけんなよ?」

「待て待て! 抜いたと言えば抜いたけど。本望じゃなかったんだ。親父がグラビアの写真集隠し持ってて、つい!」

「それなら僕も出すぞ?」

「やめろ、勝敗はたいにかかってるんだ」

「なんで僕に大役を任せるんだよ」


僕はもうどうにでもなれと言った面持ちだ。


「大会終わったら死ぬほど抜いていいから。グラビアの写真集貸すから、な?」

「はあ。なんかどっと疲れた。怒る気にもならないよ」

「俺も今日から本気出して出さないようにするから」

「どっちだよ」

「オナらないって言ってんだろ」


今からオナ禁すると、茂丸の勝率は五分五分と言った塩梅だ。

僕はそれくらい期待している。最も早く終わってほしいが。

(皆の前で包茎、披露するのやだな)

しかし、飛距離大会が終われば、持久走大会と写真部のコンテストとクリスマスと楽しい行事が目白押しだ。


キンコンカンコーン


チャイムの音に我に返る僕。

いつの間にか皆が来ていた。


「はいそれでは、ズボンとトランクス集めてきて」


担任に言われて、衣類を回収した。

担任が出ていく。

1時限目は宮内の古典の授業だ。

宮内は時間通りに教室に入ってきた。何も持ってきてない。


「はぁい! それでは授業を始めてくらはいぃ」

「深呼吸、礼!」

「「「お願いします!」」」

「じゃ、今日も自習ぅ!」


宮内がズボンのポケットから小さな文庫本を取り出した。

茂丸はフックにかかったリュックから何かを取り出した。

それは500ミリリットルくらいの入れ物にちょっとだけ入ったごま塩だ。商品名はちょっと入ったごま塩だ。それにプラスして、食パンを出した。その食パンの名前はちょっとかじった食パンだ。本当に一口分くらいかじられている。そしてちょっと入ったごま塩を、ちょっとかじった食パンにふりかけて食べている。そしてちょっと入った瓶の牛乳を蓋を開けて飲んでいる。


「早弁するなよ。早すぎだし。なんだよそのラインナップは」


僕は茂丸に小声で注意した。


「ちょっとした朝飯だよ」

「なんだよ、ちょっと入ったって……、面積にもっと優しくしろよ」

「細けえことはいいんだよ」


そういう茂丸のことはほっとくことにした。

僕は再び、勉強の暗闇を、勇気というライトを持って進めることにした。わからなくなったら、振り出しに戻る。ルーズリーフが黒く染まっていく。思うに勉強とは一種の没入体験だ。


キンコンカンコーン


チャイムが僕の頭の中で暴れまわった。


「それでは、授業は終わりぃ」

「深呼吸、礼」

「「「ありがとうございました」」」


この時間には排泄物を出した人はいなかった。

僕は茂丸を盗み見る。

(バカって怖い……)

茂丸は朝食を食べ終わっている。何事もなかったかのようにゴミを片付けている。といっても、リュックに押し込むだけだ。


「ブリブリされなくて良かったー、食欲なくすもんな」


ブーーー!

ゲエエ!

茂丸は言いながら屁をこき、ゲップをした。


「あんたが今1番汚いぞ?」

「細けえことはいいんだよ」

「さて、次は英語かー」


僕は気合を込めて、次々に行われる授業を乗り切った。

英語、現代文、選択科目の音楽、そして昼休みがやってきた。


「昼休みだ。飯にしようぜ?」

「いいけど。あんたまだ食えるのかよ?」

「なんだ。ちょっとした朝食のことを言ってるのか?」

「そうだよ。ちょっとした朝食ってなんだよ?」

「そりゃ、お前、ちょっとした朝食以外の説明は出来ないよ」


茂丸はお弁当を開けて、隠すように食べる。


「で、今日もキャラ弁なのな」

「見るな」

「別にどうでもいいんだけど」


僕もお弁当を開けた。

至って普通のお弁当だ。

僕や皆はガツガツ食べている。

例外はあるが、各々グループが出来ている。


「いち、今日もパンなのか」


例外のいちに竹刀が話しかける。


「そ、そうだけど何?」

「泣かせるねぇ、片親だと」

「気にしなくていいよ」

「ほら、卵焼きやるよ」

「いらないし、あんまり近くにこないで」

「遠慮するなって」

「だからいらないってば!」

「そんな態度でいいのか? 俺に逆らうと怖いぞ」

「うぅ、わかった、卵焼きだけもらうね」


いちは竹刀の箸ではさんである卵焼きを手づかみでとる。


「お、美味しい」

「洲瑠夜が作ってくれたんだからまずいわけないんだわ。これが。じゃあ、等価交換ってことで、その焼きそばパンもらうな」


竹刀は残り半分くらいの焼きそばパンを、いちから奪い取り、パクついた。


「あぁ、ひどい。割に合わないよ」

「なんだと?」

「うちにひどいことしたら、たいが黙ってないよ」


いちの言うには僕が委員長で怒ってくれるというのだ。完全に僕に飛び火した。


「確かに、喧嘩したけど、もう仲直りしたから! なんか食欲なくしたから返すぜ」


効果はてきめんだった。


「うちの焼きそばパン!」


いちは丁重に焼きそばパンを受け取ると、口いっぱいに頬張った。


「ごめんなさいが、聞こえなーい」


竹刀は立ち上がり、言いながら教室を後にした。

裏庭に行くのだろうと誰もが暗黙の了解で思った。


「たい、ありがとう。白羽の矢を立ててごめんなさい」

「いやいいんだけど。勃起マンのことはなんとかなるから、僕の名前出していいよ」


僕は久々に満足感があった。

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