18 おばあちゃんのガム
駄菓子屋は廃れているところが多いので少し不安だった。しかし、そこはしっかりした照明のある昭和風の店だった。
「ピーピー笛買って!」
「300円以内な」
「これとー、これとー。お兄ちゃんは買わないの?」
「じゃあこのあたりめでも買おうかな」
「ピストルは?」
「いらないでしょ」
「これでオッケー!」
「貸して、払ってくる」
「ありがとう」
僕はおばあちゃんの店主に会計してもらった。
「風子ちゃんのお兄ちゃんかい?」
「従兄妹です」
「しっかりしてるね、ガムを2個おまけしとくよ」
「ありがとうございます」
「ばあば、ありがとう」
「こら、風子ちゃん。すみません、口調が悪くて」
「いいのよー、この子が5歳の頃からここに通ってるし、もう5年もたつのね」
「ははは、それじゃあ」
僕達は店を出る。
「この後はどこ行く?」
「公園に行こう、そこでいつも駄菓子食べてるから」
「今の時期寒いだろう」
僕が言うと、風子は頭に手をやった。
「風子ちゃん?」
「じゃあウチの家来る?」
「え?」
「行こうよ」
風子は僕の腕をグイグイ引っ張る。
僕は根負けして、風子について行った。
「ピー! ピー!」
風子はピーピー笛を吹いている。
僕は微笑ましい気持ちになった。
道を曲がり、坂を登って、今度は降りる。
「どの辺に家があるの?」
「ピー!」
風子は指を指す。
目の前には民家があった。
ワン!
隣の家のフェンス越しに柴犬がいた。尻尾を振っている。
「わんわん! ただいま」
風子は首にかけたストラップから家の鍵を取り出した。
「どうぞ」
「お邪魔します」
僕はしおらしく挨拶する。
「ピー! 気を使わなくても、ウチしかおらんし平気だよ」
風子はピーピー笛を鳴らしている。
「リビングで食べよう」
「うん」
僕と風子は1階にある、リビングへ足を運んだ。
「お菓子パーティーだ!」
風子は律儀に駄菓子をテーブルに並べる。そして、椅子に座った。端から順に食べ始めた。
僕はあたりめをかじりだす。
「美味えー」
「美味しいね」
風子も僕もすぐに駄菓子を食べ尽くした。
「お兄ちゃん、あの棚にある煎餅とって!」
「そりゃ怒られちゃうよ。だめ!」
「来客用だからいいの」
「そういう問題じゃないよ」
「後で、ママに言っとくから」
「わかったよ、けど1枚だけだからな」
「わーい」
隣で喜ぶ風子を流し目で見てから、煎餅をとる。
「いただきます、お兄ちゃんは?」
「僕はいいよ、あんまり食べたら無くなっちゃう」
「半分こしよう?」
「いいよ、全部食べな」
「それはだめ」
風子は煎餅を半分に割ると、僕に渡してきた。
「じゃあ、いただきます」
その醤油煎餅は最近のお菓子の中で格別に美味しかった。
「もうこんな時間! 早く戻ろう」
風子はバリバリ食べると、時計を見た。
「道はわかるの?」
「この辺のことならわかるよ」
「お邪魔しました」
「早く!」
風子に急かされて僕は家を出る。
来た道を折り返した。
「風子、遅かったね」
「お兄ちゃんと家で1枚だけ煎餅食べた!」
「そうかい。それじゃ、たい君もさようなら」
「お兄ちゃん、ばいばい!」
「風子ちゃん、じゃあね」
僕達は車に乗り込み、帰路についた。
「たい、楽しかった? 風子ちゃん、お転婆だったでしょう? 大変じゃなかった?」
「別に特段変わったことはなかったよ」
「そう、スーパーに寄りましょうか。たいの好きなししゃもでも買っていこう」
「ありがとう」
僕は眠たくて目を閉じた。
世界はキラキラしていた。
(ここ夢だ)と気づいたのは紛れもなく、眠ってすぐのことだった。
轟々と家が燃えている。さっきまでいた風子の家だ。
(これは明晰夢だ)と思った。
時間を逆再生してみる。
燃えている火がみるみるうちに小さくなっていく。点火する前に戻っていく。
怪しい黒い全身タイツの男達が何か燃料を撒いていて、火をつけていた。
赤外線カメラを片手に、家の中を漁っていく。
男組の2人が家の中に入っていく様子が見えた。ワンロックの鍵を開ける機械で開けた。家はまっさら元通りになった。0時過ぎのことだった。日めくりカレンダーは今日を示している。
男達の行方を知ろうとした時、肩を揺らされ起こされた。
「うーん。っは! 母さん、父さん。大変だ、風子ちゃんの家、狙われている! 今日放火犯が忍び込む!」
「何言ってるんだ?」
「怖い夢でも見たんでしょ?」
「正夢になりでもしたら」
「考え過ぎだよ」
父は僕の頭を撫でた。
「リアルな夢だった……」
「なんなら風子ちゃんの家にでも泊まる?」
「それが出来るならそうしたい」
「風子ちゃん家に相談してみるわ」
「でも、どうやって戦えば……」
「戦える道具、ピストル? そうだ!」
僕は家に着くと、自分なりに考えたものを用意した。
「風子ちゃん家だめだって。泊まるの」
「そう、わかった。じゃあ、夜僕1人で行く」
「そんなに気になるんなら、送っていくよ」
「いや危ないよ。僕が行く」
「遠くで見ていればいいだろ?」
「わかった、父さんと僕だけで行く。相手は放火魔だ。これを使ってくれ」
「これは?」
「隙を見てまいてくれ。僕は靴だから」
それを父は大切に預かってくれた。
「0時までには近くにいよう」
◇
僕らは0時前にあの家の近くに来ていた。
「何にも起こらなければいいんだけど。そろそろ入られる時間だ」
僕らは風子の家の窓を見る。開いていた。靴もある。
「父さん、警察へ通報してくれ」
「オッケー。すぐ戻る」
父は靴を持っていく。物わかりよく俊敏に動いた。
僕は暗闇に動いている者を夢の中、同様、探り当てることに成功した。
ビャッ! ビャッ!
「うおっ!?」
「なんだ?」
「ガソリン!?」
驚く男達を尻目に僕は水鉄砲を噴射させた。中にガソリンを入れていた。
「殺すぞ、ガキ!」
2人組はガソリンまみれになった。
計画通りだった。
バン! バン!
「いってぇ!」
次にエアガンで攻撃する。
「この野郎!」
1人の放火魔はコンパクトナイフを取り出した。
僕は逃げ出した。
「待てこのクソガキ!」
すぐ追いつかれそうだった。だが、それだけで終えるわけにいかない。
「喰らえ、クソだ!」
僕は腹に力を込めて、肛門からひねり出したうんこを投げつけた。
最後の悪あがきだ。
「くっせええ、うんこ投げてきやがった」
2人は放心状態になった。
「おい、逃げるぞ!」
「……おう!」
ウウーー! ウウーー!
「警察だ! なんで分かったんだ」
「誰だ、通報したやつ!?」
「靴もねえ! しかも、画鋲がばらまかれている!」
放火魔はあたふたしているのが見つかり、御用となった。
次の日の新聞にも載ることになった。
「ありがとう。お兄ちゃん」
「どういたしまして」
僕は抱きついてくる風子の背中を抱きしめた。
「あの夢を見れて本当に良かった」
僕は見るべくして見たのだと心から誇りに思った。
「お兄ちゃん、これ内緒で食べようかと思ったんだけど」
風子は駄菓子屋のおばあちゃんのくれたガムを僕に手渡した。
「別にいいのに。ありがとう」
僕は久しぶりにガムをもぐもぐと食べた。そして次の日の日曜日は、警察に行き、ことの顛末を話した。家に着くと眠かったのでほとんど寝て過ごした。