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12 不可避な作戦

それは”角力じゃいをはめる”事だった。

先ずは輦台の端を誰がどのように持っているかの確認と葉阿戸とじゃいの座る位置が日によって変わらないかの確認をしなくてはならない。今日はビデオカメラを写真部から1台拝借することにした。伊祖先生には『撮りたいものが見つかった』と説明した。

今日は金曜日。明日は休みだ。

茂丸の父は土方の仕事をしている。つまり工具は揃っている。


「早速、放課後になったら、輦台の材質確認しに行くぞ」

「うまくいくかな?」

「どうにかなるって俺のカンが言っている。それにお前にも良いことなんだぞ。じゃいがいなければ、その分葉阿戸にも近づきやすくなる」


そういう茂丸の賭けに、僕はのるしかなかった。

僕が月曜日、廊下のつきあたりにある無造作にたくさん置いてある花瓶の間に、ビデオカメラを仕込むことになった。昼休みにとるのだ。


放課後、僕らはこっそりと体育館の横にある倉庫へ輦台を見に行った。中に入るがこれまた寒い。


「これが輦台か」


僕らの目の前には木で作られた、ハートマークのあしらわれた輦台があった。


「金具は外せるな。この材質はケヤキか、先ずはよし、うちにある木の皮でカモフラージュできる」

「ビデオカメラはどうするんだ?」

「俺の家にいる猫でも撮っておこう」

「あんた、猫なんて飼ってたっけ?」

「野良猫だよ。朝、いっぱい集まるんだ」

「餌あげなんてするなよ」

「母ちゃんがあげてるんだよ。俺は見てるだけ」

「それはやめさせるべきだ」

「わかったよ、だんだんフェードアウトするように頼んでみる」


茂丸は舌打ち混じりだ。


「機が熟すのは水曜日になってからだな」

「まったく恐ろしいやつだな」



月、火ときたものだ。

学校に早く来る僕はビデオカメラをセットする。昼休みにとった。

父からのメールは返ってこない。

何の毛無しに葉阿戸と挨拶をして、カメラのフィルムに葉阿戸の可愛らしい笑顔を吹き込んだ。




そして水曜日。

僕らは輦台の木の乗るところの工作をした。じゃいが座る部分を金具を外して茂丸の家に持ち帰り、反り台鉋と彫刻刀で抉って桐をはめ込む。そして金具にもひと工夫している。裂けた木片で股間を痛めようというのだ。

いつもなら、右に葉阿戸が乗り、左にじゃいが乗る。そう、ビデオカメラで様子は見た。左の木の板を、柔らかい桐の板を鉋がけして、ケヤキの丸太のような木皮でコーティングする。

僕らはいつから非人道的になったのだろう。

(さあ、これで後はじゃいの体重が加われば天国から地獄に早変わりだ)

暗い中、バレー部が居残って練習をしている。僕らはこっそりと体育館の横の倉庫に入り、細工した担ぎ棒を取り付けた。




次の日。


登校してドキドキしていると、朝礼5分前に葉阿戸が現れた。1人でトボトボと歩いてきている。


「あれ? 今日は1人?」


茂丸は何事もなかったかのように葉阿戸に話しかけた。

「1人じゃないけど?」


葉阿戸は憤っている。


「じゃいの怪我大丈夫?」

「なんで君ら知ってんだよ? 何かしたのかい?」

「俺らは違う、輦台に何もしてない」


肩るに落ちていく茂丸。


「それでじゃいの容体は?」

「「どっこらしょ、うんこらしょ」」


小さないつもの掛け声を耳にする。

葉阿戸は廊下の階段を見つめた。

じゃいが今度は胴上げされたまま、騎馬戦のように出陣し教室の前で降ろされた。


「おいら、肉が厚くて助かっただ。一般人じゃあれを切断せねばならんかただろう?」


じゃいは両の腕も後ろで組めないほどの短い手で尻をさする。打撲で済んだようだ。


「あの輦台が簡単に壊れるはずがないと思ってたんだよね。君らか。……軽蔑だよ」

「あれは茂丸が言うから……」

「なんで俺のせいにするんだよ。お前もノリノリだっただろう」

「じゃいはお尻だけじゃないよ、もちろんお尻も痛いって言ってたけど、大事なところも強打して痛いって言ってたぞ? きっと試合に出ることも……。君らの不戦勝だよ、良かったな」

「そ、そうなのか、悪かったな」


茂丸は反省したように頭を垂れる。


「じゃい君、どう思う?」

「おいらは、痩せないといけないなと思てるぞ」

「じゃい君、そうじゃないだろ」

「大会までに回復しないのか?」

「あの腫れは万が一引いても、出せるコンディションじゃない。君らもう部活来ないでくれるか? 話もしたくないんだけど」

「僕が悪かったよ、機嫌治してくれよ、葉阿戸」


僕は申し訳なくなった。


「じゃい君、行こうぜ」

「うむ!」


2人とその取り巻きは2組に入っていった。


「この作戦、うまくいったのか?」


茂丸は小声で訊ねる。


「うまくいっているわけ無いだろ。葉阿戸に嫌われて当然だ」

「最悪だな」

「ああ、もう」


ブーブー。


ケータイが鳴る音がした。

僕はポケットからケータイを出す。


「葉阿戸からか?」

「父から」


僕はメールを開く。


『何事もズルして勝とうとしちゃだめだ。包茎を気にしてる人はお前だけじゃない。何も恥ずかしがることじゃない。何も困ることはない。頑張れ! 何かあれば相談しろな? では』

「父さん、分かってるんだ。僕らがズルして勝とうとしたこと」

「しょうがねえじゃねえか? 他の組は蹴落とさなければならないんだ。食うか食われるかの社会なんだから」


茂丸は荒々しい口調で諭す。


「今日は部活いけないな」

「そうだな。まあまあ、来週の大会に備えて、オナ禁しよう」

「こんな気持ちで迎えるとはな」

「悪かったな。俺が言い出さなければ」

「僕もその言葉に乗ったのが悪いよ」


僕は後悔の念に苛まれる。

キンコンカンコーン。

チャイムがなった。

僕らは急いで準備をする。

乱雑に紙類が入った机は僕の心のようであった。

担任は朝礼を行う。


「おはようございます、宿題のプリントを後ろから回してきて、後ろの人はズボンとトランクスを集めてもってきて」

「「「はい」」」


僕らは衣類を集めて袋に入れた。


『実はズルして勝とうとしてたんだ。それも僕の仕業だとバレて、どうしたらいい? 好きな人に謝ったけど許してもらえない』

『その人の心は時間の経過とともに和らいでいくよ。反省して余計なことは言わずに慎めよ』


父の言葉に涙が流れる。


「うぐっ」

「たい、どうしたんだ?」

「なんでもない」


僕は心配してくれる茂丸へ余計な言葉を口走りそうになったが、抑えた。喉まで出かかった言葉を胸にしまう。

(あんたが小細工しなければ、楽しい大会になったよな?)


「泣いてるのか?」

「泣いてないよ」


僕は目を擦ると前を向いた。


「それでは生物の授業を始める」


その授業にも身が入らなかった。どんなに時間が去ろうともあの顔を忘れられない。

僕はどうしたのだろうか。不謹慎にもほどがある。

(怒った葉阿戸も可愛かった)


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