115 生徒会の仕事1
そして、次の日。雨天だった。
僕はカッパを着て、7時に学校についた。
校門の前でモンが傘をさして待っていた。
「よ! 今日はどうするんだ?」
「ああ、ポンプ組はゆっくり回ってる。それより持久走大会の準備をしなくては。持久走大会の順位の紙とゴールテープなど。当日、私は応援部隊に行くが、お前はどうする?」
「ええ? あんた持久走大会、サボりか?」
「そんなわけあるか。私は持病の喘息があるんだよ」
「僕はもちろん走るに決まってるよ」
「しまった、持久走関連の具材は生徒会室だ。鍵を会長が持っているから見つけなくては。大方、3年のポンプ組の見物でもしてるだろう。蟻音、ポンプ組の雨天時の速さを見るか?」
「うん、頼んだ」
3階のポンプ室前まで歩いていると、橋本がのこのことやってきた。
「「おはようございます」」
「おうー、お前らも会長探しかー?」
「はい、先生、今日は飲んだくれてませんね?」
「失礼だなー、俺だってたまには酒におぼれたいさー」
「行きましょう」
「あ、待って! 僕がやりたい」
「どうぞ」
モンが優等生の皮を被っている。
僕は不慣れに壁を3階叩く。
ドンドンドン!
少し間がある。
ウィイイイン。
僕の前の壁が上がっていく。
「ゴラ! もっと優しく叩かんかい! って、たー君! こんなとこに、どしたの?」
「先輩、おはようございます」
「会長、おはようございます。生徒会室の鍵をください」
「いやー! モン君、ごめんごめんご! ほい、……ナイキャ!」
拓哉はモンに鍵の束を投げた。そして回る木の棒をよろめきながら押す。一回りに30秒はかかっている。とても軽い様子だ。普通6人のところ、3人で回している。
モンがとると拓哉が笑う。
「それでは、私達は今日は雨なので、1日を使い、生徒会室で少し名簿などの整理、持久走大会の準備などの活動をします」
「モン君、後、宜しく!」
「後で会長も手伝ってください」
「分かってるって、今日は雨だから、俺がポンプ作業をする日なんだよ。晴れたらやるよ、晴れたらな。……でさ、新井君さ、熊に会ったんだって?」
「そうなんすよ。自分、咄嗟に大きなビニール袋に空気をいっぱい入れまして、追い払ったんすよ」
「山岳部スゲー」
「そうっすね」
3年生の2人は回る棒を押しながら盛り上がっている。
「えー、雷神会長ー、今度のテスト順位を張り出すのでー、生徒会に手伝ってほしいんだがー?」
橋本の決断と言うか、先生の決断に僕は雷を受けたように驚いた。
「若い衆たちに頼んでおきます」
ピシャーーン! ゴロゴロ。
同時に外で雷が鳴っている。
「ひゃああわわ」
僕はお腹を丸めた。
「行こう。蟻音」
「うん、すぐ行こう」
僕はモンの影を踏んだ。
◇
僕は生徒会室で、大きな紙を切って、小さな紙に200位までマジックペンで数字を書いていく大変な作業をしていた。
モンは画用紙いっぱいに『持久走大会』と1文字ずつ紙に書いていく。
僕は(達筆だな)と思った。
朝礼20分前まで活動をすると、「じゃい君が来るから終了」と理不尽な終わり方で生徒会活動が終わった。
「雨の日でも騎馬戦ごっこするんだな?」
「騎馬戦ごっこ? 品性は金で買えないぞ?」
「ごっこじゃないか? なんで1階の2年の教室まで騎馬戦してくるんだよ」
「葉阿戸様が守れと言ったから守るんだよ。葉阿戸様に聞けば良い。葉阿戸様の初めての友達はじゃい君、そして次が私なのだ」
モンはハート隊と書かれた赤い法被を着る。
「葉阿戸は騎馬戦なんかしてないぞ?」
「それは彼の方の仰せの通りだ。さっさと生徒会室から出ろ」
「はいはい」
僕は生徒会室から出た。
ピシャーン
「おおおおおい、も、モン、平気なのか?」
「別に平気だが。雷が怖いのか?」
「ゴム人間になりたいよ」
「アニメや漫画の見すぎだな、私は下だから、じゃあな」
「1人にしないでくれ」
「じゃい君の迎え一緒に来れば良い」
「お言葉に甘えてー、あ!」
僕はいきなりダッシュするモンを見た。
「待ってー」
僕も走る。足の速さには自信があったので、階段のところですぐに追いついた。
モンは無言で僕を一目見ると、玄関まで加速する。
「はあはあ、振り切れない」
「僕、足速いもん、モンだけに」
僕は深呼吸する。
外は雨が降っている。
「おはようだ」
「おはようございます、じゃい君」
「おはよう、じゃい」
周りに赤い法被の人達が数人集まってきた。
じゃいの付き添いの人たちだ。
「昨日は君がやったから、今度は私の番だ」
モンはじゃいを左から支えて、他の人ともに騎馬戦の様に運んでいった。
僕も混じってついて行った。
「こちら、上履きです」
モンはじゃいを2組の教室の前まで運ぶと、上履きを差し出した。
「ありがとうだ」
「なんのなんの! 明日もお連れします」
モンはそう言うと、3組の方へ行ってしまった。
他のハート隊も皆四方八方へ消えていく。
僕はやむを得ず3組に入った。
「「「たい、おはよう!」」」
「おはよう」
ピシャー! ゴロゴロ
雷鳴が聞こえる。僕は叫ぶ。
「きゃあ!」
「お前が悲鳴あげても可愛くねーんだよ」
竹刀に言われる。
「いや、怖いんだよ。ブリッコしてないから」
「大丈夫?」
いちは僕の顔色をうかがう。
「元気! ありがとう」
「学校に落ちることはないから、安心して」
葉阿戸も冷淡だ。
「朝雷なんて珍しいね」
「大雨だって、でも夕方にはやむらしいよ」
「良かったー」
「蟻音は19時まで生徒会の仕事をしてもらうからな」
「ええ!?」
「正式に入会したんだから当たり前な」
「あー」
僕は勉強に占める時間の少なさに身震いした。
(茂丸に負けるかもしれない)
◇
そして昼休み。
僕はモンに連れられて生徒会室に来た。多くの生徒会員が室外で待っていた。
「遅くなって申し訳ないです、鍵開けます」
「モンちゃん、皆いま来たとこだから。真面目すぎんなよ」
「そうですか、ははは」
モンは新井に絆されてまんざらでもないと言った様子だ。
「新聞は3年の担当、広報誌は1年、持久走大会の準備は2年です。終わった人は終わっていない人を手伝うことです、後クラスの順位を紙に貼り出すそうです。その作業も橋本先生の指示で行ってください」
モンは指示を出す。
おそらく、会長の命によるところだろう。
「「「はい」」」
皆のやる気の伝わる大きな声が響く。
僕は朝の続きで大きな紙をハサミで切っていった。
ピシャーーン! ゴロゴロ!
「ひい!」
僕は手元が狂って、人差し指を軽く切ってしまった。舐めようとするとモンに腕を取られる。
「おい、雑菌が入るからきちんと消毒、止血! 舐めたらいけない。いま救急箱を出すからな」
モンは僕の指を白い手で手当してくれた。
「私が切るから、数字を振っていく作業を頼む」
「はい、すみません」
「ありがとうだな?」
「あ、ありがとう」
僕はペンで小さな紙に数字を書いていく。
「そろそろ15分前です。このままでいいので、皆急いで昼食をとるようにしてください」
「「「はい!」」」
皆は各クラスに戻るので、僕らも戻った。
「45分の休憩が、30分もとられたのか」
「生徒会を舐めるんじゃねえ! 好き勝手したいならやめても良いんだぞ? このタコ!」
「いや、辞めるつもりはないんだけど」
「じゃあ、従え」
「はい」
僕は説教されてモチベーションが上がらない。教室でご飯を食べても食べているものが砂のように感じた。結局、半分くらい残して、弁当をしまった。
「たい、大丈夫?」
「うん」
「そんな泣きそうな顔で言われても、もう大丈夫、空明るいよ!?」
「天気のことじゃ」
僕は(葉阿戸は僕が雷を恐れてテンションがガタ落ちだと思っているのだろうな)と思った。
「晴れてよかったね」
いちも同意だ。
「良かったよ」
僕は次の授業の準備をした。
ぶりり!
便座に座った満がうんこをする。
「おい、満! やりやがったな!」
「ボッキマン、しょうがないだろ? 急に腹が痛くなったんだから」
「今日はもう移動教室ないんだぞ? 一番うしろでもない限り、終礼で衣類返しにならないとトイレ流れないんだぞ」
「そんなに臭くないだろ?」
「くっせーよ!」
竹刀の言う通り排出物の匂いがきつくなっていく。
「後、2時間、頑張ろう」
「いちは良いよな、一番うしろで」
「いちに当たるなよ。ヒニネニヒ君よりはマシだろ」
「同じようなもんだよ!」
キンコンカンコーン
チャイムは僕らを黙らせた。
がらら
橋本がトランクスを集めてでていった。
「はいぃ。授業を始めてくだはいぃ」
古典の授業が行われた。古典は自習で、先生は匂いから逃げたのか、教室を出ていった。
満に「ウンコマン」と言い合って消しカスを飛ばす純と結。
「しょうもねーことすんなよ」
僕は頭にきて小さく言うと、それはなくなった。
宮内は帰ってきて授業を終えた。
次に英語の授業。和矢は苦い顔をしながら授業を進めた。
僕らはなんとか匂いに耐えた。
がらら。
「終礼ー、お知らせー、今度の期末テストでは試験結果を発表することにしたー。最下位まで出すからしっかり勉強しておけー。全員いるなー。来週の持久走大会は気合い入れて頑張れよー。優関椎先生はご褒美を3位以内にあげるそうだー、それじゃあ今日は気をつけて帰ることー、以上ー、トランクスとズボンを返すー」
橋本は僕らに衣類を返した。
「ご褒美って何かな?」
「あの女の先生だ、ド変態な事だろ」
「授業内容は攻めてるけど、真面目なことだと思うなー」
「たい、足速いんだから、いけるっしょ」
「どうだろうねー」
僕といちと葉阿戸と竹刀が話していると、僕は襟足を掴まれた。
「蟻音、生徒会!」
「びっくりした、モンか!」
「何、井戸端会議的なことしてるんだよ。行くぞ」
「分かったから、離せ」
僕はモンから逃れて、首をブルブル振った。
「「「モン君、たい、頑張ってねー」」」
「「はーい」」
僕はモンに連れられ生徒会室まで渋々来た。
「100位まで終わったな、101位から頼む。私はテスト張り出しの準備、後は名前を書くだけの状態にしておく」
「はいはい」
僕はモンに命令されてペンを取る。終えるまで30分かかった。
モンもちょうど終わった様子だった。
「他の生徒会員は?」
「外でコースの確認や、私が来るまで開かないから、ポンプ室でくっちゃべってるのではないか?」
「「「すみません、遅れました」」」
噂をすれば生徒会員が来た。ポンプ室で回していた人たちも来た。20人程だ。
「各自、生徒会の運営を任せます。テスト期間は生徒会の仕事は出来ないので宜しくお願いします。じゃあ、2年生はコースの確認に行きます、ついてきてください」
モンは2年生の7人を見回すと、すたすた歩き出した。靴を履き替え校庭に出る。
「ここは三角コーンを置くべきですね」
モンは何気ないところも配慮している。
「給水所は必要でじゃないんですか?」
さんぽが言う。
「いりません、毎年水飲みすぎて、トイレが混み合う、また立ちションするという事例があるので」
「そうですか」
さんぽが返事する中、僕は去年の茂丸の事を思い出していた。
「仮設トイレの設置は?」
「はい、毎年、2つしてます、持久走大会の前の日に設置します」
「持久走大会は来週の火曜日ですよね、月曜日にするんですね」
「はい。放課後皆でやります。他に質問は?」
モンは校外に出ながら聞く。
僕らの横をすり抜け運動部が走る。
「はい! はい! 優関椎先生のご褒美は?」と唯盛。
「先生に自分でお願いします」
モンは苦笑いで返すと、歩幅を広める。
暫くの間、誰も喋らなかった。
「会長?」
学校内に戻ってくると校舎の前に拓哉が立っていた。
「モン君、屋上の貯水タンクがいっぱいだから、明日の朝のポンプ作業は無しで。俺は体調不良でもう帰るから。1年と3年には言っといた。来てない人には言ってない。じゃあな」
「会長お疲れ様です。お大事に。皆さん、明日の朝のポンプ作業は無しということになりました。よろしくお願いします」
「「「はい」」」
こころなしか皆嬉しそうだ。
「会長も帰りましたので今日はこれにて解散。朝も遅くて結構です」
「「「おー」」」
「モン、明日早く来なくてもいいんだな?」
「は? お前は早く来いよ? やることがあるんだから」
モンはにっこり笑いながら、逆の感情の言葉を出した。
「は、はい」
「3位の人までゴールテープを切らせるからな」
「え?」
「だから、ゴールテープに労いだとかお祝いの言葉を書くんだよ! うちわも配布するから、その用意もする」
「分かりました」
「明日も7時に集合で」
「はい」
僕はモンの策略の深みにはまっていってる気がした。
そして、生徒会室に荷物を取りに帰る。
「お疲れ様でしたー」
「「「たー君、お疲れー」」」
信じられないことに1年生の後輩にもタメ口を聞かれ、たー君呼ばわりにされた。
「まあ、気にするな、会長の意向だから、たー君」
唯盛にも言われて、しょげかえる僕。
空には虹がかかっていた。