113 生徒会へ
月曜日の朝。
僕はモンに早朝の7時から呼び出されていた。
「アルキメデスのポンプって45°とかにしないと上がらなくないか? 45°にしても汲み取りの場所が3つは必要かと思うよ」
僕は教室でモンへ生真面目に聞く。
「真面目に調べたのは脱帽するが、そんなことも発想できないのか? 3つか、4つの歯車が噛み合って、平行で、回すことが出来てるのだよ?」
「3階建てでどこにそんな暑苦しい場所があるっていうんだい?」
「1階に1つ、2階に1つ、3階に1つ、だ。会長がお前を認めても私はお前を認めないからな。絶対に。なにかやらかしたら即クビだ」
「どこにあるんだよ」
「それを今から紹介しようとしてたところだ」
モンの足は3階にあがる階段の前で止まった。
男子トイレがあったところは半分ほど壁で埋まっているようだ。
僕は(まさか)と思ったが、モンは冷静に壁を3回叩いた。
ウィイイイン。
1人分が入れるほどの壁が上がっていく。
「検討はついただろう。ポンプがある場所は男子トイレのあった場所だ。それ以外にも階段の下も有効活用している」
世界は暖かくなりトイレの電気とキャンドルのような照明がそこら中にあり明るい。中ではパンツ一丁になりながら棒を押して回す、細マッチョの男子が6人いた。全員もれなく汗だくだ。
「このままでいいの?」と僕が聞くと、モンが壁にある”閉”のボタンを押した。入口は上から閉まった。ボタンのには”閉”と”開”のボタンがある。
「3階叩くと開く仕組みになっている。というか誰かが開ける。1年生、新しく生徒会に入った、2年の蟻音だ」
「おはようございます。蟻音たいです、よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
「副会長。もう今日はいいのですか? 休んでも良いですか?」
「後2分で15分になる。生徒会員は15分間、朝からポンプを稼働させるのだ。1階2年生と、3階3年生も6人体制でやっている。休んだら罰金が発生するし、他の人が苦しくなる」
「罰金っていくら?」
「一律7千円」
「高」
「私と会長に1000円ずつ、後、残りは棒を回す人たちに分配される。……ちんたら回すな、ペースを保て!」
「「「はい!」」」
「朝と放課後やるんですか?」
「昼休みもな。駐在員もいる」
「駐在員の井下陵です、よろしく」
陵は気配なく近づき、僕の肩を叩いた。
30代後半から40代前半くらいだ。ひげはきれいに剃ってあるが、クマのできた目元で睡眠不足をうかがえる。髪の毛はパーマをかけて遊ばせている。きちんとして見える。
「ひゃ! ……僕は、蟻音たいです」
僕は半歩下がって、陵の手をどかす。
「警戒しないでくれ」
「あ、いえいえ」
「1階と3階は休憩してる会員もいるから、今日の放課後の30分後に全員での顔合わせを生徒会室にてしよう。お前の入会祝を含めてな」
「祝い?」
「嫌か?」
「嬉しいよ」
「後のことは今日の放課後決めれば良い。そういえば2年生になったらバイトもしたいって言っていたろ?」
「なんでその事を……?」
「このポンプ稼働は15分間で500円、1日45分で1500円もらえる。学校からな」
「45分で1500円? それって結構良いな」
「ということでもうすぐ15分だ」
ピピピッ!
『終わりだよ』
いきなり空から音声が聞こえてきた。
僕は見上げて、奥の方に大きな筒が若干斜めに天井に続いているのに気がついた。
「さて、終わりだ、皆クラスの方へ!」
「「「はい!」」」
1年生は回すのをやめて、出入り口から出ていく。
「筋肉痛になりそうだな」
「賃金は毎回1ヶ月後に支払われる。私達も行こう」
モンと僕も退室した。
「知ってる人いるかな?」
「元1の3だった、浜辺川唯盛、石島さんぽ、真田といと、常夏牙終硫は全員、生徒会員だ」
「へー、そうだったんだ」
「アホ面下げないでくれ、会長の気まぐれにも困ったものだ」
「なんだよ? 僕に喧嘩売ってるのか?」
「売る価値もない」
「嫌味なやつだな? とりあえず、放課後な?」
「そのとおりだ、帰るなよ」
僕らは2年3組に入っていった。
「おはよう、たい、モン君」
「いち、おはよう」
「おはようございます」
「珍しい組み合わせだね……、後ろ見て!」
「あ!」
僕は後ろに飾られたトロフィーと陰茎のオブジェと賞状を発見した。
「金一封はどうなったんだ?」
「皆で山分けしたよ。はい、これたいの分」
いちは僕に5000円をよこした。
「ありがとう」
僕は大切に財布にしまった。
「「おはよう」」
葉阿戸と竹刀は話しながら教室に入ってきた。
「ボッキマン、葉阿戸、おはよう」
「竹刀君、葉阿戸様、おはようございます」
「それから僕、生徒会に入ったんだ」
「えー、似合わねえ」
ゲラの竹刀は僕を馬鹿にするように指を指した。
「人に指を指すな」
僕は竹刀に怖い顔をした。
「そっかー、頑張ってね。でさ、竹刀君〜〜〜〜」
葉阿戸はそれだけ言うと竹刀とまたなにか言い始める。
「はあ、いつの間に仲良くなったんだよ」
「たい、大丈夫だよ。で、放課後活動するんだっけ?」
いちは僕を慰める。
「朝、昼、夕と活動するよ」
「そうなんだ、大変だね」
「火、木は休んでいいらしいけど」」
「じゃあいいね」
「放課後だけだ」
モンが冷たく言い放つ。
がらら
クラスの残りのオールスターズが来た。
「「「おはよう」」」
「「「おはよう」」」
3組はガヤガヤとうるさくなった。
キンコンカンコーン
がらら
「おはようー」
「「「おはようございます」」」
「たー君ー、もう良いのかー?」
「ご心配おかけしました」
「それじゃー、今日は特に言う事無しー、たー君ー、ヒニネニヒ君はどうするー」
「先生の家でお留守番していてくださいー」
「じゃー。俺からは以上ー。気を引き締めて学校生活を過ごせー」
橋本は僕を見て、にやりと笑うと出ていった。
「何なんだ?」
「多分、大会で勝てて嬉しいんだよ」
いちはいつも通り優しく言う。
僕は放課後まで緊張の糸が張り詰めていた。
◇
放課後、30分後。
「はい、新しく入った、蟻音たい君です。たー君って呼んであげてください」
拓哉が僕を紹介した。
「よろしくお願いします」
僕は背筋をピンとして挨拶する。
「「「知ってるぞ! 飛距離大会の連覇者だろ?」」」
「先輩と後輩の名前は今日の歓迎会で覚えろよ。名前はガムテに書いて胸に貼るから」
「歓迎会?」
「ちょっと失礼するぞー、俺のことも紹介してくれー」
橋本は平然と生徒会室に入ってきた。
「ええ?」
僕は橋本が笑っていた意味がわかった。
「生徒会の顧問の橋本先生。よく知ってんべ? たー君の担任だろ?」
「なんで?」
「なんではないだろー。今日の歓迎会は近くの居酒屋だがー、お前たちは飲むなよー? 俺は奥さんに迎え頼んでるから飲むけどー」
「ええ?」
「なんだよー」
「いえいえ、飲みすぎないでくださいね」
「じゃあ行くぞー!」
「「「おおー」」」
◇
15分後。
「未成年は20時以降退店となってます」
居酒屋の店員はそう言って、僕らに座席を用意してくれた。6つの部屋だ。
「ここは橋本先生の行きつけのお店なんだ」
拓哉が僕の隣を占領してきた。
モン、終硫、さんぽ、といと、がいる。
「そうなんですね、僕は先輩の名前覚えなきゃ」
「松野、宮根、新井、渡辺、木下、春木、石山、土井、関口、金井、蛭下……」
「いきなり言われても、忘れそうです」
「少しずつ覚えていけばいいよ。それよりノンアルのカクテル飲まない?」
「飲んだことないんですけど」
「お姉さんお願いします、ノンアルのカシオレ5つー」
「はいー、少々お待ちください」
店員に言いつけて、僕は拓哉と些細なことを話した。
「ポンプ稼働はいつからやってるんですか?」
「去年からだよ。小部屋のトイレがなくなったのは去年だろ」
「皆、嫌がらなかったんですか?」
「最初はきつかったけど、慣れてしまえばこっちのもんさ」
「へえ」
「ノンアルカシオレ、お待たせしました!」
店員がジュースを持ってきた。
「乾杯するか? じゃあ、新しい生徒会員を祝って、乾杯!」
「「「乾杯ー!」」」
僕らはノンアルカシオレを飲む。
柑橘系の味がするとともに、僕はある人を思い浮かべた。
「僕が寝てた時、賞状などの授与ってどうなっていたんですか?」
「葉阿戸様と竹刀君といち君がもらうもんもらっていたよ」
モンが語りかけてきた。
「おかずは?」
「生徒会室の中にある、明日返すが昼休み、手伝えよ?」
「分かったよ」
「全然食べてないじゃないか。食えよ、先輩と先生の奢りなんだから」
拓哉は僕の皿にチキン、ピザなどを盛る。
「先輩の顔に泥塗るなよ」
「モンだって食べてないじゃん」
「私は良いんだよ」
モンは涼しい顔をしている。
僕はその夜は一生懸命喰らい尽くした。
「「「ご馳走様でした!」」」
3年生の下級生は皆、先輩に頭を下げた。
「良いんだよ、明日からよろしくな?」
「言い忘れたけど、明日も7時集合な」
モンに言われて唐揚げについていた酸っぱいレモンの味を思い出した。